第1話 千花と空想
「……ちか、おーい千花。聞こえてる?」
教室の窓から外を眺めていると、横から声をかけられて我に返る。
「また空想に浸ってたでしょ。ホームルーム終わったから帰ろう」
友だちが鞄を持って横に立っていた。
ホームルームが終わってから時間が経っているのか、教室には数人しか残っていない。
「だって、先生の話より外の方が面白いんだもん」
机の中を手で探り、何もないことを確認して席を立つ。
「まぁわかるけど、連絡するだけなんだし、面白くもなかなかできないでしょ」
「一発芸でも挟んでくれたら面白いのに」
「突然そんなことしたら困惑するだけでしょ」
何気ない会話をしながら、教室を出て階段を下りる。
「千花は進路とか考えてる?」
少しの沈黙を経て、落ち着いた声で友だちは言う。どこかピリついた雰囲気を纏っていた。
「うーん、どうだろう。可能性はたくさんあるし、絞れてないかな」
「空想をしている時も多いけど、千花は成績良いもんね」
「一言多くない?」
勉強は嫌いではなかった。小説に出てくる内容も多かったから、それなりに楽しかった。
靴を履き替えて学校を出る。
「あ、猫だ」
校門を出ると、茂みから黒猫が顔を出している。左右を何度も見ていて、様子を窺っているみたいだ。
「きっとあの猫さ、この町の秘密を探りに来たスパイだよ。今日はどんな情報を手に入れたのかな」
「また、そんなこと言ってる」
「えへへ……」
私は無意識に前髪を触る。
ーー小学生の頃は「スパイじゃなくて、魔女の使いじゃないの」くらいのことは言ってくれたのに。今では肩をすくめて呆れられる。ドラマや映画は観るのに、どうして空想はしないのだろう。人はいつから夢を見なくなってしまうのだろう。
黒猫は茂みから飛び出し、前を歩いていく。時々立ち止まっては後ろを振り返り、何かを気にしている。
辺りを見回すが、私たち以外に誰もいない。
「キョロキョロしてどうしたの」
友だちは怪訝な顔をしている。
「学校が終わってからそんなに時間が経っていないのに誰もいないよね。なんだか、この世界に私たちだけしかいないみたいだなって」
「確かにね。いつもならもう少し人とか車とか通るのにね」
前を歩いていた黒猫は立ち止まり、後ろを振り返る。
ーーなんだか、私を見ているみたい。
「あの黒猫、さっきから私たちのこと気にしているみたいだけど、どうしたんだろう」
「えー、そんなことないでしょ」
「あの黒猫についていくと、異世界に行けるとか、そういう感じなのかな。だから、周りに人がいないみたいな」
「また千花の妄想が始まったよ」
ーーあ、かなり呆れられている。空想から妄想に変わった。これは警告サインだ。このまま空想の話をし続けて、以前喧嘩になったことが幾度かあって私は学んだ。それに、昨年幻覚を見ているのではないかと噂になり『幻覚の千花』というあだ名まで広まってしまった。
黒猫が通学路から外れて曲がり、見えなくなってしまう。
友だちをチラリと見て、手を弄る。
「ちょっとさ、寄りたいところがあるから、今日はここで。またね」
「……うん、またね?」
突然のことだったが友だちと手を振って分かれる。
黒猫が曲がった交差点を曲がると、黒猫は曲がった少し先に座って振り返っていた。
目が合うと、また黒猫は歩き出す。
「……まさかね」
私は黒猫の後をついていく。
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