第12話 卒業そして…

 退院して動けるようになってから何日かは斉木君はクラブに顔を出した。絵を描くためって言ったら笑われるけど、それはホントの話なんだ。無事の退院を後輩みんなが喜んでくれた。試合に出れなのは残念だけどそんな時期はやってくる。強制的に早まって選手人生は終わった。そしてしばらく後輩の練習に付き合ったりして最後の先輩面を心置きなく崩していた。

 10月に入った途端。入学からのこの二年半がまるで幻だったかのように、学校の雰囲気がガラッと変わった。

 信じられないと思うだろうけれど自由な校風の工業高校には厳しい校則も無い。あるにはあるけどそれを振りかざす先生がいないから、信頼し合って折り合いをつけてともに暮らす。

 髪色がどうの、スカートの長さがどうのと喧しく言われないのが考えてみれば不思議だった。うちの担任なんて穏やかさを絵に描いたような人で、私達にも丁寧語で接する。ベタベタとくっ着くような愛情は感じられないけれど、人としては全くフラットで対等な関係…それが、どうやらここに来て試される。

 やることをやっていれば細かいことは先生も口を出さない気風。生徒も自分の身なりは自分で責任持つと言う不文律が有って、それぞれ自分のペースで自己管理して志望校や就職先を決める苦しい毎日が続き、その後堰を切ったように次なるステップへの行動が始まる。

 学校には色んな会社から求人票が届く。パソコンに有名無名な会社が名を連ねる。それを睨み先生と相談しながら自分の人生を決めていく。

 そして…あの子までがと思うほど取っ付き難いやら不良じみて近寄りがたかった子まで目を疑うほどきちんと身支度を整えて、登校する。そうだ、就職組は髪を切り、色も戻し、違反服をやめて、みんなそれを堺にパリッと就職活動を始めるんだ。

 学校の裏門の前に自動車学校の送迎バスが毎日止まるようになって、学校が終わると免許を取得する為に毎日通う生徒が目立ってきた。これが実業高校の底力なのか、大事な時には目の色が変わるすごさを、私は、他人事のように楽しんで窓から眺めていた。いや…今までクラブに撃ち込んでいた姿が変わっただけなのか…校内の空気は淀む時がなかった。

 斎木君は、大学に行く気は始めからなかったみたいで家の仕事を継ぐか公務員になるかそこは最後まで迷って、市役所の採用試験を受けてその割に余裕で合格し、春からは市の職員になることが決まった。

 私は、夏休み中にようやく決めた、家から通える美術系の大学に進むために進学塾の美術科に通い専門的な勉強もした。多分ギリギリで合格し、4年間童画を中心に勉強をして、出版会社に就職した。

 絵本を作ることになるのはもう少し年齢が高くなってからの話で入社当初は、作家先生と編集の間を駆け廻り新しい本の出版に奔走した。

 私が勝手に美大に行くと思っていた暢子は、意外にもこの街を出て愛知の山の中に移築した古民家をアトリエに活躍する陶芸家の先生の下で3年間修行し、その後海外へバックパッカーの旅に出てモロッコで定住、前衛的だけどあったかい絵を描くアーチィストになった。

 正太は普通に工業大学へ行って機械工学を学び、迷いに迷っておじさんの模型屋の後を継いで錆びれる一方のアーケイド街にカンフル剤を一発。店の一角に大きな鉄道模型のジオラマを持つ新しいお店を開いた。

 細々と続く我が家のコロッケ屋は父と母の頑張りのかいもあって今もあの頃のまま忙しく営業している。顔なじみのお客さんが相変わらず足を運んでくれている。時間のある日は妹と交代で人件費を節約するために家の仕事もできるだけ手伝った。

 その間も変わらず二人で温め合いながら長い交際は続き、紆余曲折を経て、25歳の時ついに私達は結婚をした。周りをヤキモキさせた8年。離れようと思うことは一度も無かったけど目の醒めるような進展もなく、相変わらず仲良いと馬鹿にされながらも同級会の度に冷やかされ、せっつかれながらのゴールインだった。

 彼にして見れば早い結婚で、多少回りから反対の声もあった。親が30過ぎて結婚していると20代の若造に結婚なんて簡単には許せないらしい。26でパパになった時も父親だなんて思えないほど若い、幼い。でも優しい素敵なお父さんだった。

 それから、月並みないざこざが色々ありながら早いもので20年の月日が流れて、私達の娘もついに高校生になった。

 娘はお父さんが継がなかったお祖父ちゃんの仕事を継ぎたいと私達が通った学校に入り建築家を目指している。親の卒業した高校へ行ってくれるなんてなんて親孝行なんだろう。最高に嬉しかった出来事だ。

 あとを継がなかったと攻める娘を目を細めて笑う父は、未だ現役で頑張ってるお祖父ちゃんの仕事を取り上げるのは忍びないと遠慮しているのだと私は思っている。

「そろそろ、私達が出会った頃の歳に娘が近づいて来るね」

 と私が言う度に、

「俺はもうあの歳には、お前のこと知ってたって」

 と、彼が自慢気に言う。

 私達は、あの頃のまま、少しも変わらないで大人になって、少しも変わらないで一緒にいる。こんなに人の気持ちが変わらないで続いていくものだってやってみた私達じゃないと解らないものだなって、改めてその粘り強い答えに驚いている。

 私は斎木美咲になって19年。彼のそばで泣いたり笑ったり。数え切れない思い出を今も作り続け乍ら、彼と一緒に生きてきた。思い出多きその年数を心に刻み込んで生きて行く。そんな日々がこれからもどんどん増えて、私達は益々お互いを理解しようと、他愛のないことに悩んだりして幸せになっていく。 

                             ―おわり―  

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夏色の風 @wakumo

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