第104話:一条摂関家と土佐一条家

天文十六年(1548)7月28日:越中富山城:俺視点


「土佐一条家と一条摂関家の文を取ってくれ」


「はっ、此方でございます」


 幾つかに分けられている文の山を朝倉宗太郎龍教が渡してくれる。

 先ほどよりは少ないが、それでも結構な量がある。


 土佐一条家と一条摂関家の関係は微妙だ。

 実力というか、収入と戦力を考えれば土佐一条家の方が遥かに上だ。

 だが、本家は一条摂関家だし、朝廷での官職も摂関家の方が遥かに上だ。


 一条摂関家の十代当主、一条冬良は男子に恵まれなかった。

 兄弟は掃いて捨てるほど沢山いたが、全員死ぬか僧になっていた。

 そこで土佐一条家から、初代当主一条房家の次男、一条房通を養嗣子に迎えた。


 普通に公家の常識で考えれば、長男の一条房冬が一条摂関家の養子に入るべきだと思うのだが、そうはならなかった。


 一条冬良の実娘との年齢差も考慮されたのだろう。

 長男と次男では母親が違うから、その家格を考えたのかもしれない。


 それと、長男には既に子供が生まれていたから、一条冬良の実娘との間に男子が生まれた時に、家督争いになるのを嫌ったのかもしれない。


 諸々の事情があったのだろうが、今土佐一条家の三代目当主となっている一条房基から見れば、自分が一条摂関家の当主に成れていたのにという思いがあるのだろう。

 事あるごとに、叔父で一条摂関家十一代当主の一条房通に逆らう。


 穢れを忌み嫌い、殺生しないようにする公家の分家とは思えない行動をする。

 一条房通が戦を控えるように言っても全く聞かない。


 自分に逆らう土佐国内の国人地侍を破って支配力を強める。

 土佐一国に留まらず、南伊予にまで攻め込む。


 それだけでも一条摂関家十一代当主の一条房通には頭の痛い問題だったのだろう。

 だがそれだけでは終わらず、一条房通の子供、一条兼冬に刺客を放った。

 一条兼冬を殺せば、自分の子供を一条摂関家の養嗣子にできると思ったのだろう。


 だが刺客を放ったのは土佐一条家の一条房基だけではなかった。

 一条摂関家の一条房通も、土佐一条家の一条房基を殺そうと刺客を放っていた。


 一条房基を殺せれば、土佐一条家には幼い子供しか残らない。

 自分が後見人になって、土佐一条家の財力と兵力を好き勝手に使える。


 そう考えて甥を殺そうと刺客を放ったのだ。

 公家らしい、実に身勝手極まりない考えだ!


 公家の本家と分家が殺し合っても俺の知った事ではない。

 好きにやればいいのだが、太郎達を殺そうとした者の中に、両一条家から暗殺の依頼を受けた者がいたのだ。


 太郎達を暗殺しようとした者を調べていて偶然分かった。

 分かった事は、自分の利になるように使うのが俺のやり方だ。


 暗殺者に女子供の減刑する、僧にする事を条件に証言させた。

 熊野権現と善光寺の誓詞に全て書かせて、それを帝と朝廷に突きつけ、一条摂関家の厳罰を要求した。


 身分卑しい刺客の証言が取り上げられない事は分かっていた。

 この程度の事、お家騒動など日常茶飯事で、処罰される事がないのも分かっていたが、あえて厳しく要求した。


 近衛家と二条家の力は削いだ。

 まだまだ公家の中で隠然たる力を持っているが、表立った力は奪った。


 甥っ子達の邪魔になる摂関家で、表立った力を残しているのは、一条摂関家だけなので、出来る限り力を削ぐことにした。


 だから、一条摂関家だけに厳罰を要求した。

 とはいえ、記録に残るような厳しい罰でなくてもいいのだ。

 しばらく内裏に参内できないように出来れば十分だった。


 土佐一条家とは領地を接していないので、俺が何かする事はできない。

 そもそも、独立した土佐一条家に罰を与えられる立場ではない。


 一条房基が一条摂関家を根絶やしにしてくれるのを期待している。

 その後で、戦国大名として土佐一条家を根切りにすればいい。


 一条摂関家は、松殿摂関家のように絶家に成ればいい。

 どうしても残したいのなら、甥っ子の誰かを跡継ぎにさせる。

 まあ、皇室と朝廷を滅ぼすと決めたら意味のない事だが。


 もう放置する、そう決めた直後に太郎達の顔が浮かんだ。

 また沸々と怒りが沸いて来て手が震えてしまうほどだ!

 僅かでも太郎達の暗殺に関与した者は絶対に許せない!


『一条摂関家に関しては、太郎達を殺そうとした者との関係を詮議せよ。

 一条家内での殺し合いに興味はない。

 太郎達を殺そうとした事に関係していたかどうかを厳しく詮議せよ』


「これを鳩で神余隼人佑に送れ」


「はっ」


「穴山小助と根津甚八を呼べ、諜報衆と会う部屋に移る」


「御二人共ですか?」


「そうだ、二人ともだ、急げ」


「はっ、急げ、急いで御呼びしろ!」


「「「「「はっ」」」」」


 俺の命令に驚いた朝倉宗太郎が慌てて側近使番に命じる。

 俺が影武者二人を同時に呼んだ事に驚いたのだろう。

 諜報衆が膨大な組織に成り、二人を同時に呼ぶ事がなくなっていたから。


「お前達は外で見張っていろ」


「……はっ」


 当番重臣の朝倉宗太郎にまで話を聞かせない事に、不満を感じると同時に、よほど重大な命令を下すのだと思ったのだろう、返事が遅れた。


 暫く待つだけで穴山小助と根津甚八が来た。

 何時呼び出されてもいいように、常に俺の近くにいる。

 影武者も兼ねているから、俺よりも目立つところにいる。


「大内裏の公家衆と地下家衆には、一条摂関家が太郎達の暗殺に係わっているという噂を流せ。

 京の公家衆と地下家衆も同じだ、一条摂関家が太郎達の暗殺に係わっているという噂を流せ。

 京に居る国人地侍、町衆にも同じ噂を流せ」


「一条摂関家を滅ぼすのですか?」


 穴山小助が確認してくる。


「俺が直接滅ぼすのではなく、滅ぶように誘導する!

 僅かでも太郎達を殺そうとした可能性がある者は、徹底的に追い込む」


「近衛家と二条家も同じ噂を流しますか?」


 根津甚八が誘惑してくる。


「残念だが僅かな状況証拠もない、今回は諦める。

 言っておくが、絶対に証拠の捏造はするなよ。

 捏造などしなくても、その気になれば何時でも滅ぼせる。

 今回はほんの僅かだか関係があった。

 太郎達を狙った刺客と連絡を取っていたから、この方法を使うだけだ」


「確実な証拠ではありませんから、何の処罰もないと思いますが?」


「それで構わない、俺が太郎達を狙った者を誰彼構わず狙うと広まればいい。

 俺に仕えたいと思っている馬鹿が、後先考えずに動くかもしれない。

 一条房基の刺客が上手くやるかもしれない」


「分かりました、直ぐに広めます」


「おっと、待て、俺の家臣にも馬鹿がいるかもしれない。

 家臣が一条房通を殺したら予定が狂う。

 もう一度、家臣達に手出し無用の命令をだす、噂はそれからだ」


「「はっ!」」

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