第103話:多事多難

天文十六年(1548)7月28日:越中富山城:俺視点


 前世でマスゴミは日本を狭い小さいと言っていたが、そんな事はない。

 少なくとも交通手段が未発達の戦国時代の日本は広い。

 日本の半分を抑えたから数は減ったが、それでも毎日どこかで戦が起きている。


 小さな戦、国人地侍の領地争いや村々の食糧争奪戦までは分からないが、大名や有力国人の合戦は全部知らせが入って来るようになった。


 共に戦う事は考えから消したが、三好長慶が本願寺と戦っている。

 俺の影響で三好が集められる兵は減ったが、それでもかなりの勢力だ。


 阿波、伊予、讃岐から呼び寄せた九千兵。

 銭で集めた畿内の足軽が三千兵。

 和泉、河内、摂津で三好の味方をした国人地侍が千兵。


 長尾家が山城と大和に侵攻した事で、畿内の国人地侍が様子見している。

 三好に味方する事が、俺との敵対にならないか気にしている。


 その考えは正しいが、今更遅い。

 以前から諜報衆に国人地侍の言動を集めさせている。

 演技が上手い奴に騙されないように、事前に調べさせている。


「本願寺と三好の報告をくれ」


「此方でございます」


 俺の命令に朝倉宗太郎龍教が文の山を渡してくれる。

 多くの諜報衆に加えて、各地の侍大将や足軽大将が伝えてくれた文もある。


 北陸や三河のような一大根源地ではなくても、それなりの数の本願寺信者がいる地があり、信者を兵として集めたり、軍資金や兵糧を出させたりしているのだ。


 三好家も、少しでも味方を増やそうと、多くの国人地侍に文を送っている。

 特に、俺に一族一門譜代衆を独立させられて、力を失った者を誘っている。

 本願寺から奪った寺領を渡すとか、扶持を与えるとか、利をちらつかせている。


「宗太郎、三好孫次郎は何を考えて本願寺を襲ったと思う?」


「親の仇というのが表向きの言い分ではありますが、本心は違うと思います」


「ほう、本心はなんだ?」


「殿との同盟でございましょう。

 家臣にされるのを防ぎたい、その一心でございましょう」


「それは、三好孫次郎が俺と戦っても勝てないと思っているという事か?」


「はい、三好殿はかなりの才をお持ちなのでしょう。

 阿波を始めとした領国の弱味をよく理解されていると思われます」


 阿波は細川一族の阿波細川家が守護をしていた。

 それを三好家が実力で阿波を支配するようになった。


 だが、阿波細川家とその譜代衆は健在だ。

 そこを俺が調略すれば、三好家の阿波支配は一瞬で瓦解する。


 だが、力を失うのは三好家だけでなく、阿波細川家も今よりも力を失う。

 両派にいる有力国人も揃って今よりも力を失う。

 どちらも俺と係わりたくない、敵対したくないと思っているはずだ。


 だが中には目先の利だけを追う馬鹿がいる。

 自分も狙われていることが分からない馬鹿がいる。


 そんな連中が三好家の不忠を正してくれと文を送ってくる。

 愚かな、俺に侵攻の大義名分を与えている事に気がついていない。


 まあ、そんな馬鹿を利用する必要はない。

 攻め滅ぼすと決めたら、大義名分がなくても侵攻する。

 それに、圧倒的多数の弱小国人や地侍は、俺の支配を望んでいる。


 それは讃岐と淡路も同じだろう。

 十河家と安宅家は、三好長慶の弟達を婿に押し付けられ、家を乗っ取られた。

 俺の配下が攻め寄せたら、婿を殺して自立しようとするだろう。


 十河家と安宅家に支配されている国人地侍も同じだ。

 俺の配下が攻め寄せたら、好機と捉えて寝返るに違いない。


 そうなる前に賭けに出た三好長慶は、やはり並の才能ではない。

 追い込まれてから大失敗した、六角親子とは比べ物にならない。


「そうだな、座して待っていたら、弱小国人に成り下がるだけだ。

 一か八か、同盟者の立場を得ようとしたのだろうな」


「はい、殿が本願寺を絶対に許されない事は、これまでの言動を見れば分かります。

 本願寺と敵対する事で、属将の立場を得られれば御の字と考えているのでしょう」


「墨を用意してくれ、抜け駆けしようとする者がいては台無しになる」


「はっ」


 支配下にある国々から、耕作しないでもよい国人地侍を集めている。

 農地と武家地の両方を持ち、自ら耕作しなければいけないような弱小地侍には、領地に残って耕作するように命じた。


 厳選した国人地侍を使って三好長慶と本願寺を討つ!

 私情や興味に流される事なく、中央集権国家を創る!


 ただ、多少の損害は覚悟したが、無駄な死傷者は出したくない。

 せっかく三好と本願寺が潰し合ってくれているのだ。

 どちらかが滅ぶか和議を結ぶまでは、此方から手を出さない。


 できれば、態勢を立て直す時間を与えずに滅ぼしたい。

 だから国人地侍衆には石山本願寺の近くに集まっていてもらう。


 無駄飯を喰わせておく気はないので、堤防造りや開墾をさせる。

 石山本願寺に近く、堤防造りや開墾の余地が多い国。

 大和に国人地侍衆二十万兵を常駐させておく。


 全く耕作しなくても良い国人地侍だけで二十万兵も集められるようになった。

 これがほんの一部の軍で、その気になれば更に百万兵を集められる。


 上杉謙信に殺されるかもしれないと心配していた幼い頃には、考える事もできなかった大軍を動かせるようになったものだ。


『厳命する、俺が命じるまでは絶対に本願寺と三好一派に手を出すな!

 命令に背いた者は、本人だけでなく一族一門皆殺しにする!

 女子供も容赦しない、僧になっている者も関係なく殺す!

 どこに逃げても追て殺す!

 唐天竺南蛮どころか、地の果てまで追って殺す!

 必ず武功を立てる機会は与える、それまでは日当で我慢しろ!』


「これと同じ文を、国人地侍の数だけ書いて送れ」


「「「「「はっ!」」」」」


 祐筆衆が俺の文を手本に、同じ文を書く。

 当主以外も集まっているとはいえ、二十万も国人地侍に文を書けるか!

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