第73話:織田弾正忠家

天文十五年(1546)7月11日:越中富山城:俺視点


 想定よりも早く駿河遠江三河に侵攻できたので、計画を大幅に変更しなければいけなくなった。


 三好長慶か織田信長に足利家を滅ぼしてもらう気だったのだが、その前に尾張を手に入れる事も考えなければいけない。


 織田信長は元服を迎えたばかりで、まだ家の実権は父親の織田信秀が握っている。 

 織田信秀は長尾為景と同じように、朝廷と幕府に上手く取り入り尾張で勢力を伸ばしている。


 織田信秀は津島湊を確保して船前料を自分の物として、織田弾正忠家を守護や両守護代家を超える家にしている。


 織田信秀を含む尾張勢を滅ぼしてしまうべきか?

 それとも、尾張には手を出さない方が良いのか?


 美濃と伊勢に手を出さない限り、畿内とは一線を引ける。

 信秀の時代に弾正忠家を臣従させて、信長を家臣にした方が良いのだろうか?


「殿様、三河に織田弾正忠の兵が攻め込んでまいりました」


 伝書鳩を管理運営してくれている近習が、手紙を手に口頭で報告する。

 戦に関係する事だから、少しでも早く報告すべきと思ったのだろう。

 近習から手紙を受け取って内容を確認した。


 駿河遠江三河に派遣している有力な侍大将は、直江大和守景綱、色部修理進勝長、柿崎和泉守景家の三人だ。

 他には公家や地下家出身の子弟が、各一万の屯田兵を指揮しているだけだ。


 直江大和守景綱は、四万の直属足軽軍と駿河河東一帯に駐屯している。

 葛山氏元を始めとした、今川義元に味方して追放された国人地侍の城砦を接収して、安心して休める場所を確保した。


 彼がいる事で、北条は伊豆に多くの兵を残さなければならない。

 小田原城に多くの兵を駐屯させて奇襲に備えなければならない。


 北条家は上野下野は勿論、俺に臣従を誓った武蔵の国人地侍にも手を出せない。

 もし熊野権現の誓詞を破って俺に臣従した国人地侍に手を出せば、河越城の攻防を超える危機を迎える事になる。


 色部修理進勝長は、四万の直属足軽軍と遠江天竜川沿いに駐屯している。

 完全に滅ぼすか追放した国人地侍の城砦を接収して、安息できる場所を確保した。


 彼が遠江にいて屯田兵を指揮する事で、今川義元に忠誠を誓っていた者が、次々と助命追放を条件に開城降伏した。


 柿崎和泉守景家は、四万の直属足軽軍と三河矢作川沿いに駐屯している。

 三河一向一揆で長尾軍と戦い、水手奴隷にされた連中の寺や城砦を接収して、安息できる場所と同時に織田信秀軍を迎え討てる拠点とした。


 柿崎和泉守には織田信秀に備える以外にも、松平広忠を見張る役目がある。

 松平氏は、九家の氏族が一族一門全員揃って水手奴隷にされている。

 松平広忠の安城松平家だけでも両家老と譜代家臣の半分が水手奴隷にされている。


 とても独りで立てる状況ではないが、油断は禁物だ。

 窮鼠猫を嚙む事はよくあり、松平広忠が織田信秀に寝返って背後から柿崎和泉守を襲う事も考えておかなければならない。


 とはいえ、油断は禁物だが、その可能性は極端に低い。

 越後越中信濃に住む、歴戦の国衆地侍勢がそこら中に駐屯している。

 一万人の奴隷屯田兵を率いる侍大将も、三河だけで三十人もいる。


 どれほど愚かな人間でも、謀叛を企むとは思えない。

 まして一向一揆の連中が、とんでもない厳罰に処せられるのを見ているのだ。

 松平広忠が裏切る事はまずないと断言できた。


 だから、織田信秀が三河に攻めてきたという知らせを受けても慌てなかった。

 必ず勝てるとは断言できないが、十中八九は勝てる。

 負けたとしても、素早く立て直す方法は伝えてある。


 俺が再検討しなければいけないのは、勝った時と負けた時、両方の方針だ。

 既に何度も考えた後だが、また考え直さないといけない。

 

 史実では、越前に逃げていた美濃の土岐頼純が、朝倉家と織田信秀の支援を受けて、美濃に攻め込んでいたはずだ。


 斎藤道三によって美濃から尾張に追放された土岐頼芸も、織田信秀の支援を受け、土岐頼純と同盟して斎藤道三から美濃を奪還しようとしていた。


 だが織田信秀は、美濃よりは混乱状態の三河を優先した。

 朝倉家も、陣頭指揮をしていた朝倉宗滴が俺の家臣になっている。

 ここで俺が圧勝したら、尾張と美濃の力関係が逆転するかもしれない。


 これまでは、内乱の激しい美濃を尾張勢や近江勢が攻めていた。

 だがこれからは、美濃の斎藤道三が尾張に攻め込むかもしれない。


 俺が織田信秀と尾張衆に壊滅的な損害を与えたら、斎藤道三が尾張を取る?

 美濃と尾張の二カ国を支配下に置いた斎藤道三はどう動くだろうか?

 伊勢や三河に兵を送るのか、或いは近江に出て京を目指すのか?


 史実では、斎藤道三は長男の斎藤義龍に殺されている。

 しかもその斎藤義龍は、父を殺してから僅か五年で病死している。

 結果、未熟な斎藤龍興が跡継ぎとなり、斎藤家を滅ぼす事になる。


 だが、斎藤道三が尾張まで支配する状態だったらどうなっていた?

 斎藤義龍は斎藤道三に勝てただろうか?

 そもそも、斎藤義龍が二人の弟を殺して道三に戦いを挑んだだろうか?


 家督継承が上手く行っても手強いし、二人の弟、斎藤孫四郎と斎藤喜平次のどちらかが跡継ぎになっていても、斉藤家は手強いと思う。


 もし俺が尾張を取ったらどうなるだろう?

 尾張よりも先には進まないと決めて、色々と知っている尾張武将を確保する。


 俺が尾張支配に乗りだしたら、まず間違いなく伊勢長島の一向一揆が暴れ出す。

 北陸と三河の本願寺一向一揆を叩き潰した長尾家の尾張侵攻を許さない。

 座して待っていたら長島に攻め込まれる事くらい理解している。


 長島は尾張三川を利用した交易の要だから、伊勢湾沿いの湊や海賊衆に圧力をかけて味方につけるだろう。


 更に斎藤道三や北畠晴具と同盟して、本願寺の利権を確保したうえで、俺以外の誰かに尾張を支配させるだろう。


 まず間違いなく勝てると思うが、佐治水軍や伊勢水軍を敵に回し、斎藤道三と北畠晴具、一向一揆と本気の戦いをするとなると、かなりの被害が出る。


 多くの奴隷を死傷させているのに、そこで侵攻を止められるだろうか?

 歴史の悪名を残す事になっても良いと、この手で足利を滅ぼす覚悟ができるか?

 俺の心はそれに耐えられるか、精神を病んだりしないか?


 やはり安全確実な方法を取るべきだ。

 木曽三川に堤防を造り、伊勢長島が水害で力を失うようにする。

 その上で、斎藤道三の首を取って美濃を支配する。


 そして俺が美濃を取ってしまったら、近江と領地を接する事になる。

 足利義晴将軍擁立の立役者で、管領代まで務めた六角定頼。

 彼と直接領地を接するような事は避けたい。


 決めた、織田信秀に大勝しても追い込まない。

 臣従すると言うのなら迎え入れるが、此方からは何も要求しない。

 三河に手を出して来たら容赦せずに叩きのめすが、尾張には攻め込まない。


 先に奥羽を完全に屈服させて支配下に置く。

 関八州にも強権を発動して、守護と国人の関係ではなく、大名と家臣の主従関係にして、俺が畿内に攻め込んでも調略されないようにする。


 これほど簡単に武田信玄と今川義元を破り、信濃甲斐、駿河遠江三河、上野下野武蔵を支配下に置けるなら、時間稼ぎをするだけ無駄な気がしてきた。


 やっぱり、後世に悪名を残そうとも室町幕府を倒して足利将軍家を滅ぼすべきか?

 実際にやるかどうかは別にして、何時でもやれるようにしておこう。

 俺が京に攻め上った時、関東や奥羽で叛乱の火の手が起きないようにする。


 まずは一番危険な北条家を滅ぼす、名将氏康であろうと勝って見せる。

 安房の里見、常陸の佐竹と小田など、関東八屋形は滅ぼすべきだろう。


「湊にいる水軍大将を全員呼び出せ」


『一万人の屯田兵を預かる地下家出身の家臣』

櫛田将監信沖

富島将曹秋綱

大島左馬尉兼定

立野右馬尉家正

河越兵庫助経兼

恵美兵庫属政智

片山武庫属元康

三崎弁侍兼家

和田弁侍善元

駒井和内元辰

伊庭帯刀篤史

神原宿衛厚元

内海舎人栄治

藤堂中内隆元

座田賀内浩司

広瀬大内達城

清水源内総司

白川平内孝蔵

荒木藤内泰興

小野佐内興康

中西吉内豊信

山口喜内慶喜

神足清内慶宗

小野伴内政宗

大石秦内輝景

石井宇内秀兼

鈴木紀内康正

小森丹内光定

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