第72話:三河一向一揆
天文十五年(1546)6月22日:越中富山城:俺視点
二月になって、北条氏康が両山内と古河公方の連合軍を討ち破った。
連合軍が上野下野の兵を動員できなかった事で四万兵となっていたのが大きい。
北条家は、風魔衆を使って盗んだ三年五作を取り入れている。
その収穫量で水害と蝗害を乗り越えていた。
その結果兵力が二万兵余となり、史実よりも楽に戦えたのも大きい。
史実のような大差、北条軍一万二千と連合軍八万でも氏康が勝利したのだ。
兵力差が大幅に縮まっているうえに、今川義元に大勝して勢いがあった。
北条氏康の謀略に嵌った連合軍は夜襲によって瓦解した。
扇谷上杉軍は、史実と同じように当主の上杉朝定と重臣の難波田憲重が討死するほどの大敗を喫した。
当主と一番の重臣を討ち取られた扇谷上杉家は、北条家からの激しい追撃を受けて家臣団が崩壊、そのまま滅亡してしまった。
山内上杉家の当主、上杉憲政は何とか本拠の平井城に逃げ延びた。
だが上杉憲政を逃すために重臣の本間江州と倉賀野行政が討ち死にした。
不屈の闘志を持つ上杉憲政は、この敗戦では打ちのめされなかった。
次は常陸の佐竹や安房の里見と手を組んで挽回しようとした。
だが、失った信頼を取り戻す事ができなかった。
予てから俺に誼を通じていた上野と下野の国人地侍が、河越城の大敗を機に、一斉に上杉憲政から離れた。
俺とは誼を通じていなかった国人地侍も、当主や嫡男が討死した事で、もう十分恩義は果たしたと落ち目の上杉憲政から離れた。
その流れを早めたのは、忠勇兼備の長野業正が上杉憲政を見限り、俺に仕官したからだろう。
「これまで敵対してきた身でこのような事を申し上げるのは恥ずかしいのですが、どうか私の忠誠を信じてください、配下に御加え下さい」
「良く俺を頼ってくれた、心から嬉しく思う。
信濃守の忠義と武勇は常に感じ入っていた、これからは私のために働いてくれ」
長野業正の調略は、真田幸隆が活躍してくれた。
業正には、四十歳になってようやく授かった長男の吉業がいる。
忠義のためとはいえ、歳を取ってから得た可愛い嫡男を、愚かな主君に預ける事などできない。
長野吉業の妻は、俺と同じ長尾一族の出なのだ。
白井長尾景英の娘だから、業正が新たな主人を三条長尾家にするのは当然だ。
平井城の周りが敵だけだと知った上杉憲政は、俺との関係を改善しようとした。
内心では不倶戴天の仇敵だと思っているのだろうが、同盟を提案してきた。
軍略のために表向き仇を水に流すと言ってきたが、信用できる訳がない。
景虎なら喜んで飛びついて諱をもらうのだろうが、俺は卑屈な性格じゃない。
戦国乱世に下剋上は当たり前、殺されるような隙を作った方が悪い。
新たに臣従してきた国人地侍が、言動に困るような事はしない。
俺が上杉憲政と手を結んだら、上杉憲政を裏切った国人地侍が立場を失う。
関東管領山内上杉家は滅ぼすべき敵、上杉憲政も必要なら殺す!
だができる事ならもう少し利用したい。
北条家と佐竹家が争うように、上杉憲政を常陸に追い払う。
扇谷上杉家に仕えていた大石定久、成田長泰、藤田康邦、太田資正、上田朝直らは北条家から家を守るため、俺に臣従してきた。
その御陰で、北条家との約定を破る事無く武蔵にも拠点を手に入れられた。
俺に臣従してきた上野、下野、武蔵の国人地侍には本領安堵の書状を送った。
北条氏康にも、彼らを家臣に迎えたから手出し無用と使者を送った。
氏康が腹を立てて戦にするなら受けて立つだけの事だ。
北条家も、俺とは圧倒的な戦力差がある事を知っている。
先に決めた同盟条件も、国人地侍の去就は本人が望む通りにする決まりだ。
だから武蔵や相模の国人地侍でも、俺に臣従したい者がいたら邪魔できない。
とはいえ、戦国の武家なら熊野権現の誓詞であろうと平気で嘘を書く。
北条幻庵が越後に来て結んだ条約であろうと、平気で反故にするのが武家だ。
だがそんな事を重ねていると、誰からも信用されなくなる。
敵だけなら良いが、家臣にまで信用されなくなったら終わりだ。
家臣との約束も平気で破ると思われたら、何時寝首を掻かれるか分からない。
北条も今川も同じで、中核を担う家臣は大切にするが、降伏してきた者には徹底して絶対服従を求める。
猜疑心の強い主君だと、新参者を騙し討ちにして領地を奪う事もある。
だから新参の国人地侍はころころと去就を変える。
特に有力な大名の境目にいる弱小国人地侍は生き残るのに必死だ。
主君に忠誠心を疑われた者は素早く裏切り、少しでも有利な主人の所に行く。
しかたがない事とはいえ、ころころと主人を変える国人地侍も信用されない。
特に厚遇してくれていた濃い血縁を裏切った者は全く信用されなくなる。
今回の戦いでその代表は葛山氏元だ。
駿河駿東郡の葛山氏元を降伏させたが、最初から家臣にする気はなかった。
本領は安堵せず、奴隷にもせず、一族一門全員を領内から追放した。
我が家の場合は、犯罪者奴隷以外は立身出世の機会があるから、追放にした。
裏切った北条家には戻れないし、国を失った今川義元も頼れない。
葛山衆は尾張の織田家を頼って西に落ちて行った。
家臣達には安全に逃がしてやれと命じた。
降伏開城したら命だけは助かるのだと、未だに籠城を続ける駿河遠江三河の今川残党が知ったら、安心して降伏開城すると思ったからだ。
早期に籠城兵を降伏させられたら、七十万余の兵力を屯田に使えるから。
圧倒的な戦力差があるから、被害を考えない我攻めを行えば全て落城させられる。
だがそれでは、得る物よりも失う者が多過ぎる。
死んだ者は生き返らないし、子供が生まれたとしても、死んだ者と同じだけの仕事をさせるには同じ年齢までかかる。
付城を設けて逃げられないようにすれば、必ず降伏するのだ。
無理をするのは、馬鹿か虚栄心の強い奴だけだ。
俺は馬鹿ではないから、虚栄心を満たすために味方を無駄死にさせたりしない。
予定していた通り、三河で本願寺一向衆が一揆を起こした。
本願寺が命じたら蜂起するであろう者は、随分と前から調べてあった。
何と言っても、俺は実質本願寺が持っていた加賀国を奪っている。
これから奪おうとしていた越中と能登を、信徒を排除して直轄領にしている。
証如と蓮淳なら、俺が三河の本願寺一向衆を改宗させるか追放すると分かる。
二人が信者の命や自由意思を優先しないのは分かっていた。
三河での利権と虚栄心のために、信者を命懸けで戦わせる。
俺が三河を手に入れたら必ず一揆を起こすと分かっていたから調べていた。
だから寺だけでなく、本願寺の教えを信じる国人地侍の城も素早く包囲できた。
腐れ外道の一向一揆と直接干戈を交えるのは、越後越中信濃の国人地侍だ。
実戦経験豊かな彼らが、足軽軍を率いて一向一揆を叩いてくれる。
だがそれは寺や城砦から討って出てきた一向一揆だけだ。
城砦や寺に籠っている連中は、無理に叩く必要などない。
今川家の残党と同じように、付城を築いて人も兵糧も出入りできないようにする。
一年も包囲していたら、飢えに耐えきれなくなり降伏してくる。
忠勇兼備の名将なら耐えられるが、普通の国人地侍では耐えられない。
まして相手が復権の機会を与える事で有名な俺なのだ。
降伏して奴隷兵になった方が立身出世の機会がある。
狂信者は別だが、国人地侍に無理矢理戦わされている領民は降伏臣従を選ぶ。
奴隷兵となって武功を稼ぐか、今川義元を追うか好きな方を選べと言われたら、家臣領民を道連れに討死はできない。
そんな事を命じたら、圧倒的多数の領民が主人に武器を向ける。
三河一向一揆が次々と降伏した。
本山の命令に従って蜂起したが一切支援がなく、全く歯が立たなかったからだ。
俺は、本願寺系一向衆に売られて奴隷達に成った者達に復讐の許可を与えた。
他宗派の信者を襲い奪い殺し、奴隷として売って私利私欲を得ていた一向一揆。
そんな連中が見事に復讐された。
彼らが奴隷にした者達に、自分達がやってきたのと同じ生き地獄を与えられた。
一向一揆の奴隷にされた者達は、最後は殺してしまいたかっただろう。
だが俺の普段の言動を考えて、殺さずに奴隷にするだけで我慢してくれた。
彼らの想いを踏み躙る訳にはいかないので、一向一揆奴隷には再起の機会を絶対に与えない。
一向一揆奴隷は、大型関船の底に鎖でつながれる。
死ぬまで艪を漕ぎ続ける、犯罪者奴隷にする。
絶対に逃がさないように、食事も排便も鎖につながれたままだ。
排便は男女関係なく、艪を出す小さな窓から尻を出してしなければならない。
一年も掛からず、三河の一向一揆は全員奴隷にできた。
史実の徳川家康のように、味方してくれた家臣に配慮して許す必要などない。
史実で有名な、今後どれほど武功を立てる者であろうと、狂信者は必要ない。
酒井も石川も渡辺も、死ぬまで船底で艪を漕ぎ続けさせる。
軍の侵攻は、五十万の屯田兵に信濃甲斐で冬小麦の種蒔きをさせてから、国人勢と足軽軍を先陣に駿河遠江三河に侵攻させた。
単に侵攻させて領地を奪い、籠城する城砦を包囲させただけではない。
間に合うかどうかはわかなかったが、駿河遠江三河でも、放棄されていた田畑に大麦の種を蒔かせた。
甲斐信濃での収穫は、残っている屯田兵や賦役で動員した領民にやらせた。
屯田兵が残していった大麦だけで、七百五十万石の収穫量があった。
貧しく限られた甲斐や信濃の田畑でなければ、千五百万石はあっただろう。
幸いな事に、駿河遠江三河に蒔いた大麦も見事に育った。
種を蒔いた季節は遅かったが、甲斐信濃、越中越後よりも温暖なのが幸いした。
夏の大豆作りを諦めたら、大きく実った大麦が収穫できそうだった。
北陸や奥羽に比べて温暖な駿河遠江三河でも、これまでは肥料が確保できず、二毛作ができる場所が限られていた。
大半の田畑が冬の間は何もされずに放置されていた。
そこで新参の国人地侍に命じて、畑を貸し出させた。
種を蒔かないのは勿体ないと思ったからだ。
それを知った国人地侍の中に、三年五作の噂を知っている者がいて、奴隷兵に辞を低くして教えを乞うたそうだ。
誰かが始めれば必ず追従する者が現れる。
屯田兵だけでなく、降伏臣従した駿河遠江三河の国人地侍も冬麦に挑戦した。
予定したいた以上の田畑で三年五作を始める事ができた。
肥料の確保が問題だったが、七十万もの大軍が駐屯している。
堆肥は作れるし、太平洋の魚を獲って魚肥にもできる。
今川の忠臣と三河一向一揆を城に押し込めてからは、屯田に力を入れさせた。
俺に降伏臣従してきた駿河遠江三河の国人地侍だけで、百十二万石の大麦が収穫できそうで、屯田兵が蒔いた分だけで七百五十万石の大麦が収穫できそうだった。
たぶんだが、これだけでも国人地侍領民の心を掴めると思う。
確実に掴めるように、密偵部隊に俺を褒め称える噂を流させる。
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