第52話:閑話1・北条左京太夫氏綱と風間出羽守
天文五年(1936)7月3日:相模小田原城:北条氏綱視点
「左京大夫様、風間出羽守が参りました」
「うむ、入れ」
思ったよりも時間がかかったな。
出羽守の配下から何度も報告を受けているが、とても信じられん。
まだ七歳に過ぎないのだぞ、幾ら何でも自分の力でなした事とは思えん。
だが、もし本当に六歳で善光寺と顕光寺を下して初陣を飾ったのなら、同盟を結んで信濃と下野から両公方と管領を牽制できる。
「戻るのが遅れました事、御詫び申しあげます」
「構わぬ、配下の者からの知らせは受け取っている。
だが、本当の事なのか、にわかに信じられぬぞ」
「臣も最初は信じられませんでした。
越後に送った配下の知らせが信じられず、自ら出向いたほどでございます」
「うむ、その事は聞いている、出羽守がその目で見ても本当の事だったのか?」
「はい、栗田を追い払って善光寺と顕光寺を手に入れたのは、長尾万千代で間違いございません。
後見人はいましたが、形だけでした。
将兵を指揮していたのは万千代本人でございました」
「……万千代は神童なのか?」
「はい、神童で間違いございません」
「本気で言ったのではないのだぞ、戯れに言っただけなのだぞ」
「何度も確かめた上で口にしております。
長尾弾正左衛門尉殿に長年付き従った、百戦錬磨の譜代衆が何も言わずに命に従っております。
栗田を破り善光寺と顕光寺を手に入れたのも、我攻めではありません。
善光寺を攻めるのに、園城寺から援軍を連れて来ていました」
「なんだと、近江から援軍を連れて来ていたと申すのか?!」
「はい、それによって、栗田を攻め善光寺を手に入れる兵力と大義名分を手に入れておりましたが、それだけではございません」
「まだあると申すのか?!」
「はい、顕光寺を攻めるのに別の援軍を連れて来ておりました」
「まさか、高野山か?!」
「はい、高野山金剛峰寺からの援軍を得ておりました」
「本当に六歳の小童がやったのか?
長尾弾正左衛門尉がやらせているのではないか?
嫡男を嫌って、廃嫡にするためにやらせているのではないか?」
「左京大夫様、嫡男と嫌って廃嫡にしたいのなら、同母弟の五男は使いません。
異母弟の次男を使いまする」
「分かっている、考えを纏めたくて口にしただけじゃ。
神童か、そのような後継者がいるなら、長尾家と手を結ぶべきか?
いや、必ず嫡男と後継争いが起こる。
出羽守、三条長尾家は嫡男と弟達の年が離れていたな?」
「はい、嫡男は三十一歳でございます」
「嫡男の子供でも可笑しくないほど年が離れているな。
長尾弾正左衛門尉が生きている間は大丈夫だろうが、亡くなれば争いが起こるか?
出羽守はどう見た、これほど長くかかったのだ、その辺も調べたのであろう?」
「はっ、長尾弾正左衛門尉の嫡男は覇気に欠けております。
とても同母弟を殺すようには見えませんでした。
それよりは、万千代が兄を殺す方がありえます。
ですが、問題はそこではありません。
万千代を神童と申し上げたのは、戦の手腕ではなく内政の手腕でございます」
「内政だと、僅か七歳で内政ができると申すのか?!」
「はい、譜代の者達があそこまで信じて従うのを不審に思い、調べました。
万千代は領地の石高を五倍にしておりました」
「……出羽守、狐狸にでも化かされたか?」
「化かされているのなら困ります。
命懸けで石高を五倍にする方法を盗んだ意味がございません」
「なに、石高を五倍にする方法を盗んで来たと申すのか?!
盗めるような方法なのか?!」
「はい、三条長尾家の直轄領と譜代衆の田畑でやっているのを盗んでまいりました。
種蒔きから収穫まで余すところなく盗んでまいりました。
そのため、これだけ長くかかったのでございます」
「……盗めると言うのなら、怪力乱神の類ではないのだな?」
「はい、万千代は神仏から授かった秘法と言っているようでございますが、人の考えた技でございます。
我らが幼い頃より修行する技と同じ類でございます」
「万千代は、そのような技を何所で手に入れたのだ?」
「そこまでは分かりませんが、何所から手に入れた技でも関係ありません。
万千代本人が何もせず、百姓どもにやらせても同じ五倍の収穫があるのです。
我らがやっても同じ収穫が得られると思われます」
「分かった、この手柄は大きい、五百貫の領地を新たに与える。
これまでの領地に加えて、その五倍法を試してみよ」
「有り難き幸せでございます、この御恩に応える結果を御見せいたします」
「出羽守、万千代を生かしておいたらどうなる?
我が家に害をなす者に育つと思うか?
殺せと申したら殺せるか?」
「残念ながら、風間の総力を使っても殺すのは難しいと思われます」
「何故だ、そなたたちの技は伊賀や甲賀にも劣るまい?」
「技は伊賀や甲賀にも負けないと自負しております。
しかしながら、万千代には全く隙がございません。
常に手練れを側に置き、顕光寺で修業する修験者を取立てております。
我ら風間のような密偵を育てる気でございます」
「出羽守と同じ者達を自らの手で育てるだと?!
殺せ、放ってはおけぬ、どれほど難しくても殺せ!
何年かかっても構わぬ、必ず殺せ!」
「やれと申されるのでしたら試みてみますが、失敗するかもしれません。
その時は、左京大夫様と新九郎様が狙われます。
相手は主殺し、管領殺しの長尾家でございます、宜しいのですね?」
「自信がないと申すのか?」
「六歳で園城寺と金剛峰寺から援軍を得た手腕を持つ者でございます。
神仏から石高を五倍にする秘術を授かったと申す小童でございます。
確実に殺せると思うまでは、手出しするのは危険でございます」
「分かった、どれほど銭と人を使っても構わぬ。
万千代の周りに人を入れよ。
慎重に、絶対に気取られないようにしろ。
動く時は、必ずやれると確信した時だけにしろ」
「承りました、他にどのような秘術を知っているか、全て調べて御覧に入れます」
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