第51話:出稼ぎ

天文十一年(1542)11月7日:越中富山城:俺視点


 俺の脅迫はかなり効果が有った。

 少なくとも九条稙通と鷹司忠冬が家族揃って下向してくるくらいの効果が有った。


 鷹司忠冬は一年ほどで関白を辞任する事になっている。

 五摂家の当主五人で話し合った結果だ。

 帝にも内意をもらっているので何の問題もない。


 帝も五摂家も認めなかったが、富山城の総構え内に大内裏の造営を続ける。

 帝が譲位して上皇に成れるように、仙洞御所も造営しておく。


 その気になれば、南朝の御落胤を探し出して擁立する事もできる。

 やりたい訳ではないが、やらなければならないと思ったら断じて行う。

 俺の目的は皇室を残す事ではなく、第二次大戦で日本が負けないようにする事だ!


 その為には、あらゆる手段が採れるようにしておく。

 その中には、新たな王朝を開く事もある。

 皇室を滅ぼす気はないが、とれる手段は多い方が良い。


 京との交易は最低限にしている。

 若狭武田の小浜湊は使わなくなった。

 越前朝倉の三国湊と敦賀湊も使っていない。


 少々不便だが、丹後の舞鶴湊を使っている。

 舞鶴湊は、但馬城崎郡奈佐谷を本貫地としていた奈佐氏が支配していた。


 奈佐氏は山陰一帯に勢力を振るっていた水軍衆の棟梁だ。

 これまでは山名家に従って山陰地方に力を持っていたが、今は違う。


 山名家が力を落とし三条長尾家と尼子が力を振るっている。

 特に俺が持っている大型関船艦隊に逆らっては、日本海一帯で生きて行けない。

 奈佐水軍は滅ぼしてはいないが、長尾水軍に吸収している。


 丹後の海岸線に勢力を持つ国衆の多くが、表向きは守護の一色家に従っている。

 だが裏では、大艦隊を擁する俺の命令通りに動いている。

 俺が力を失えば直ぐに離反するだろうが、今は従っている。


 一色家は潰す予定だが、丹後の国人全てを潰す気はない。

 特に船頭や主水の技能を持つ者は味方にする心算だ。

 だから船道前と言う利を与えるのだ。


「殿、水軍と奴隷黒鍬の準備が整いました」


 山村右京亮が声をかけて来た。


「無理をさせる必要はない、確実に切り取れる無住の岬、半島を抑えろ。

 海は三条長尾家が支配している。

 何があっても後詰するから、安心して拠点を築くように命じろ」


「はっ、承りました」


 北陸が完全に雪で閉ざされ、攻める事も攻められる事も無い厳冬期。

 百万もの奴隷兵と足軽を遊ばせるのは勿体ない。

 だからといって、京に手出しする気もない。


 佐渡の金山を手に入れる事も考えたが、今どうしても金銀が必要な訳でもない。

 俺に必要なのは、敵対勢力に船道前を渡さなくてすむ独自の湊だ。

 畿内の勢力争いに影響が少ない場所にある湊だ。


 具体的には、突き出た半島にあって、大名も国人も無視している場所。

 丹後なら大浦半島と丹後半島だ。

 人も通わぬ山深い奥にある半島の先から上陸して、堅固な城砦を築く。


 出雲の島根半島や弓ヶ浜半島だと、険しい山も深い森もない。

 大名や国人がそこかしこに城館を築いており、必ず争いになる。

 だが大浦半島と丹後半島なら争いにならない。


 少なくとも丹後の国人は、これまで通り舞鶴湊を使う事を条件に認めている。

 俺が落とす莫大な船道前が欲しくてたまらないのだ。


 もし拒否したら、百万の兵が攻め込んで来るかもしれない。

 攻め込んでこないとしても、俺が別の湊を使うのは間違いない。

 二十万貫文もの船道前が他人の者になるのだ。


 海岸線の国人衆が絶対に逆らえない鞭と飴を用意したのだ。

 そこまでしてから、大浦半島と丹後半島に秘密の拠点を築く。

 これで支配領内の木々を使わず大型関船を建造できる。


 後は但馬の伊笹岬周辺を確保する。

 険しい山と深い森とまではいかないが、確実に切り取れる場所だった。

 但馬の内部抗争で、支配者のいない空白地帯になっている。


 南には比叡山延暦寺の末寺、相応峰寺が僧兵を擁して国人のように支配している。

 北には山名四天王の一人、八木直信の代官が支配する釣鐘尾城などがある。

 両者とも直接争うのを嫌って、手出ししない地になっている。


 一五四〇年までは長信行の勢力下にあったが、信行は山名祐豊に命じられた塩冶綱高に此隅山城内で謀殺された。


 息子の長高連は、捲土重来を期して城を捨てて逃げた。

 垣屋宗時などの支援を取り付けて仇討ちをしようとしていた。


 だが、勢力が拮抗しているうえに、やらせたのは主君の山名祐豊だ。

 垣屋宗時もそう簡単には動けない。

 将来使えるかもしれないと捨扶持を与えているだけだった。


 だから密偵達に接触させて配下に取り込んだ。

 これで但馬に攻め込む大義名分ができた。


 とはいえ、今はまだ大々的に動く気はない。

 百万兵が農業を離れても数年戦えるだけに兵糧を蓄えておく予定だからだ。

 畿内を征服する前に奥羽と蝦夷を安定させる予定だからだ。


 それと、奴隷兵と足軽の胃袋を掴んでおく。

 麦が主食のままでも奴隷兵と足軽がよろこぶようにする。


 その為に支配領域内に多数の水車を築く。

 人力に頼らず麦を製粉できるようにする。

 麦飯はそれほど美味しくないが、料理法で美味しく食べられるようにする。


 代表的なのはとろろ御飯だが、パウンドケーキやパンケーキにもできる。

 麺も試作したが、大麦だけでは繋がらず麺にならなかった。

 蕎麦を思い出して、小麦粉、自然薯、海藻、卵などを繋ぎに使う事を考え試した。


 卵は貴重品だから直ぐに考えから外した。

 長芋は、砂地で大量栽培できないか奴隷農民に試作させている。

 小麦は明国の華北から冬小麦を手に入れて、三年五作に使えないか試している。


 ただ、美味しい事も大切だが、安全確実に収穫できる事が最優先だ。

 何十年に一度でも、冷害で収穫できない年があってはならない!


 だから最優先に考えている繋ぎは海藻だ。

 海藻を繋ぎにつかう蕎麦は、へぎそばと言う。

 前世では新潟県の魚沼地方発祥の蕎麦だと言われていた。


 布海苔と呼ばれる海藻を繋ぎに使っていて、独特のつるつるした喉越しだった。

 無名だったが、布海苔を繋ぎに使ったへぎうどんもあった。


 西国に領地を手に入れられたら、冬小麦を使った三年五作がやれる。

 そうすれば小麦と大麦をブレンドした麺が作れる。

 美味しい麺が作れたら、米の代わりに使える。


 当面は銭で小麦を買って大麦と合わせて麺にする。

 小麦だけの麺ほど美味しくならないかもしれないが、飢えるよりはましだ。

 米の飯よりは不味くても、麦飯より美味しければいい。


 幸いな事に、奴隷兵や足軽の大半は麦飯でも美味しそうに食べている。

 白米が食べられるのは直接合戦に参加した者だけだと思っている。

 だが、この状態が何時までも続くとは思っていない。


 人間は環境に慣れる者だ。

 三条長尾家の領民が豊かな生活をしていたら、羨ましくなる。

 百万の兵が妬みを持ち叛旗を翻したら、勝ち目がない。


 本願寺が唆した一向一揆を忘れてはいけない。

 少なくとも、本願寺の一向一揆が手に入れている生活以上の豊かさを与える。

 まずは、大麦麺、次に小麦麺、最終的に米を常食できるようにする。


 今から何年かかるか分からないが、寒冷地でも冷害にならない品種を開発する。

 収穫量が多くなるようにも品種改良する。


 伊勢神社には、初穂料として全国各地から米が納められる。

 その種を使って試作し、実る時期、寒暖の耐性、収穫量を確認する。

 その中で一番寒冷体制があり、収穫量の多い米をかけ合わせていく。


 家臣領民を飢えさせない満足な生活をさせるのが最優先だが、それだけじゃない。

 同時に、出稼ぎではないが、厳冬期には西国で戦う。

 農閑期と農繁期で戦える時期を分ける気はないが、極寒期と農業期は分ける。


 長尾水軍の勢力圏内で、畿内の影響を与えず、確実に勝てる土地。

 但馬の領地を切り取る!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る