第50話:副都
天文十一年(1542)9月20日:越中富山城:俺視点
俺の脅しが効いたのか、九条稙通と鷹司忠冬が慌てて越中にやって来た。
朝廷と幕府への献金の停止、小浜湊の使用停止で俺が本気だと分かったのだろう。
京と離れた加賀への駐屯とはいえ、五十万の奴隷兵がいるのも効いているはずだ。
「加賀守、いや、義弟よ、幾ら何でも無理だ。
遷都など絶対に無理だ、足利が見逃すわけがない!」
九条稙通が俺を説得しようとする。
南北朝の悪夢を繰り返したくないのだろう。
皇室と公家が二つに分かれた、血で血を洗う戦いは懲り懲りなのだろう。
「皇子や宮家を下向させて欲しいと言っている訳ではありません。
帝も皇族も公家も全て下向していただきます。
全ての方々を御守りさせていただきます。
それに、京を捨てろと言っている訳ではありません。
私が京を手に入れた暁には、京に御戻りいただきます。
それまでの間だけ、副都の富山に御移りいただきたいのです」
「副都を置くなど誰も認めんぞ!」
「何故でございます、帝や皇室が力を持っていた古には、副都が置かれていました。
孝徳天皇の御代には、難波長柄豊碕宮を都とされましたが、朝倉橘広庭宮は残されました」
俺が良く知っている事に驚いたな、遷都を考えた時に色々調べたのだ。
副都を造営して帝を遷都させるなど、並大抵の事ではない。
帝と公家を説得出来るだけの前例は調べ上げてある。
公家と地下家の子弟子女を召し抱えて抱き込んだのは、こんな時の為でもある。
「いや、それは……」
「天武天皇の御代には、難波長柄豊碕宮と飛鳥浄御原宮を並立された」
「……それは、古の話で……」
「聖武天皇の御代に至っては、平城宮と難波長柄豊埼宮に加えて、大和に恭仁京を築かれたではありませんか。
私が帝と朝廷を支えるのです、古に倣って副都を置くのに何の問題があります?
もう既に内裏は完成しております。
摂関家が日記を調べてくださるなら、大内裏も再現できるのですよ」
「何かあった時の為に、ここに内裏を造ってくれた事はうれしく思っている。
大内裏も再現してくれると言う話も、心からありがたく思っている。
だが、帝を連れてここに来いというのには頷けぬ。
先ほども言ったが、足利が兵を使って止めるに決まっている。
帝の御命を危険にさらす訳にはいかぬ!」
「まさか、今のまま京に居れば安全だと思っておられるのですか?
本気でそんな事を思っておられるなら、愚かにも程がありますぞ。
一条家の政房様が雑兵に弑逆されたのを忘れられたのですか?
畿内の戦乱は年々激しくなり、朝廷の衰微も目を覆う状況です。
このままでは、畏れ多い事ながら、帝が凶刃に……」
「義弟よ、お前がこれまで通り支援してくれれば、そのような事は起こらぬ。
実相院に五万の兵がいてくれれば、誰も手を出せぬ。
加賀に百万の兵がいてくれれば、全国の武家が従うのではないか?」
「禅定太閤殿下、武家が武力だけで簡単に従うのなら応仁の乱は起きておりません。
応仁の乱では、京の街が焼き払われ多くの民が巻き込まれて殺されているのです。
もし、内裏に飛び火していたら、帝の御命も危うかったのです。
嘉吉の乱を思い出してください。
正親町三条家の実雅様が巻き込まれて死んでいるのです。
将軍と管領が内裏の中で殺し合いを始める事もありえるのですぞ!」
「分かっている、京が危ない事は分かっている。
分かってはいるが、皇族の方々を全て京から御逃がしするのは難しい。
お独りでも御逃がしし損ねたら、足利は必ず新たな帝に擁立する。
その時には、南北朝の悪夢が繰り返されてしまうのだ!」
「禅定太閤殿下の心配が絶対に無いとは申しませんが、信じてください。
三条長尾家百万の兵が、帝も皇族の方々も守り切って見せます」
「信じている、信じてはいるのだ、義弟よ。
だが無理なのだ、相手は義晴と晴元なのだ。
僅かでも皇室の血が流れる者がいたら、どのような下賤な者でも祭り上げる。
出家した方が残っておられたら、無理矢理還俗させて擁立するだろう。
いや、あいつらなら、皇室の血が流れていない者を帝に擁立しかねぬのだ」
残念だが、これ以上無理強いはできないな。
拒否される事も計算して多くの策を考えてある。
遷都も副都もできなかった場合の策に切り替えれば良いだけだ。
それに、誰が何と言おうと、既に富山城の総構えの中には内裏がある。
大内裏まで完成させたら、京よりも帝の御座所に相応しくなる。
天台座主の尊鎮法親王を連れてきて擁立する事もできる。
「確かに、あの将軍と管領ならやりかねませんね」
「そうか、分かってくれるか、分かってくれるならこれまで通り……」
おい、おい、俺がやるかもしれないとは思わないのか?
こちらの要望に応えない奴を支援する訳がないだろう。
「残念ですが、これまで通りとはいきません。
私には守らなければならない家臣領民がいます。
先年の大凶作では、私財を投げ売って百万の民を救いました。
今は奴隷としていますが、いずれは解放して平民に戻す心算です。
私には彼らに衣食住を与える責任があるのです。
京の拠点を放棄して、領地に専念致します」
「待ってくれ、三条長尾家が苦しいのは分かった。
これまで通りの支援してくれとは言わぬ。
半分、いや、一割でも二割でもいい、支援を続けてくれぬか?」
「分かりました、こちらの条件を受け入れてくださるなら、朝廷、いえ、帝への支援はこれまで通り続けさせていただきます」
「……どのような条件なのだ?」
先ずは帝と皇室以外を完璧に整えよう。
今残っている公家と地下家を名乗れる子弟子女の大半は召し抱えた。
後は摂家を名乗れる者を越中城内に取り込めば準備は終わりだ。
「禅定太閤殿下と関白殿下には越中に下向していただきます。
義兄上達の御子は、私にとっても甥になります。
姉上達と甥達を、足利や細川の人質に取られる訳には参りません。
関白殿下には、関白就任早々辞任していただく事になりますが、これだけは絶対に譲れません」
九条稙通と鷹司忠冬が顔を見合わせて無言で相談している。
彼らがこの条件を受ける事は間違いない。
二人も、京に残るのが危険な事は重々承知している。
俺が支援を止めれば、義晴将軍は必ず逆恨みする。
実相院に兵がいる間は大丈夫だが、俺が兵を引いたら必ず二人を脅す。
姉上達と甥達を人質にしようとする。
細川高国は、まだ幼かった義晴将軍を赤松義村から奪って人質にしている。
義晴将軍を奪われた播磨守護の赤松義村は、守護代の浦上村宗に殺されている。
同じ細川一族の細川晴元管領が、力の無くなった九条家と鷹司家に同じことをするのは間違いない。
姉上達が素直に人質になればまだましだ。
武家の女らしく抵抗して死ねば、俺が激怒して兵を起こす事くらい分かる。
その時、怒りが将軍、管領だけで済むと思うほど二人は馬鹿ではない
九条家と鷹司家を滅ぼす程度ですめばまだましだ。
その怒りが、帝が動座と遷都に応じなかったからだと逆恨みするかもしれない。
帝を弑逆して朝廷を滅ぼす事に繋がる可能性もある。
何と言っても長尾一族は主殺しの常習犯だ。
それに、長尾家には明国の海賊が出入りしている。
明国に倣って皇帝を弑逆して新たな王朝を開く可能性も考える。
目の前にいる九条稙通と鷹司忠冬、京の帝と公家達にそう思わせられたら成功だ。
「禅定太閤殿下、関白殿下、話をしていて凄く心配になりました。
将軍家や管領家なら、帝を弑逆したり皇族を根絶やしにしたりはしないでしょう。
ですが、新たに力を持つ下賤な者はどうでしょう?
唐に見倣って、旧王朝を滅ぼして新たな王朝を開くのではありませんか?
阿波の三好が随分と力をつけておりますが、大丈夫でしょうか?」
三好を例に使って、俺が弑逆と新王朝を考えていると思わせよう。
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