第53話:遠隔地浸食

天文十一年(1542)12月21日:越中富山城:俺視点


「殿、丹後半島から使者が参っております」


 後見人の山村右京亮が、丹後半島に派遣した奴隷黒鍬勢の使者を案内してきた。

 俺を守る近習達が殺気を放ちだした。

 何時如何なる時、誰が相手でも刺客だと思えと命じている成果だ。


「どのような状況になっている?」


 型通りの挨拶が終わって質問した。

 面倒なので、間に誰も挟まず自分で質問する事にしている。

 重臣達には反対されたが、直答も許している。


「殿の御命令通り、現地の材木を使って山城を築いております。

 なだらかな場所を選び、段々畑にしております」


「麦は作れそうか?」


「国人衆の城館からは離れた山の中ですが、悪い地ではありません。

 段々畑にできそうな、なだらかな斜面も数多くあります。

 一万の黒鍬衆で開拓するのに数年かかる広さがあります」


「越後や越中の荒地や山を開墾するのとどちらが大変だ?」


「越後、越中、加賀、能登では、開拓し易い場所は少なくなっております。

 百万もの屯田兵がいますと、雪深い国では開拓地の取り合いになります。

 丹後半島も雪は降りますが、まだましでございました。

 雪深い季節でも取り合いになる事無く開拓地が得られます」


 膝まで位の雪なら、木々を伐採して根を掘り出す事くらいはできる。

 土地を耕すのは雪が融けてからでいい。


「そうか、丹後半島に送った一万、雪解け前に戻さなくても好いのだな?」


「総大将はそう申されておられました。

 私見ではございますが、臣も同じ思いでございます」


「二万の援軍を送っても開拓地の取り合いにならないか?」


「なりません、二万なら城館群を築きながらもっと多くの開拓が可能です」


「他に何か気がついた事はあるか?」


「これは総大将が申されてられた事ですが、湊を造るのは難しいそうです。

 普段は好いのですが、大波に襲われた時に逃げる場所がないそうです」


「分かった、他にはあるか?」


「ございません、今回の御報告はこれだけでございます」


「そうか、御苦労だった、飯を用意してある、食って帰れ」


「有り難き幸せでございます」


 大浦半島と丹後半島の占領は簡単に成功した。

 警戒していた丹後国人衆の裏切りはなかった。

 出来る限り事前準備をしたが、油断する事なく常に裏切りを警戒している。


 本能寺の変を忘れてはいけないのだ。

 三河一向一揆では、忠実と言われていた家臣の多くが徳川家康を裏切っている。

 密偵の半数は、外ではなく内側に向けておかなければならない。

 

「殿、使者を運んできた船大将が報告に参っております」


 後見人の山村右京亮が、次の報告者を連れて来た。

 俺を守る近習達が再び殺気を放ちだした。

 そんな部屋に船大将が堂々と入ってきた。


「どのような状況になっている?」


「国人衆の心は殿に傾いております。

 その気になれば、何時でも丹後を切り取れると思われます」


「そうか、船道前はこれまで通りか?」


「いえ、自ら値下げを申し出て参りました。

 殿が流された噂を信じているようでございます」


 丹後の国人衆を利用して、若狭武田に船道前に値下げを交渉しているという噂だ。

 思っていた通り成功した。


 京までの距離と関所の通行料を考えれば、小浜の方が便利なのは誰にでも分かる。

 若狭武田が船道前を下げれば、これまで通り小浜を使うのが普通だ。


 そうなれば、思いがけず手に入った船道前が全て消えて無くなる。

 最初に約束していた船道前を下げてでも残って欲しいと思うのが普通だ。


「それで幾らにすると言っているのだ?」


「半分にするから使い続けて欲しいとの事でございます」


「それで良い、こちらから値切るような真似は絶対にするな。

 向こうから言い出すまで何もするな。

 国人衆の忠誠心を削るよう真似は絶対に許さん。

 賄賂を受け取るような事があれば、殺す、分かったか!」


「御意」


「丹後半島の城館造りは順調か?」


「臣は船が専門ですので、陸の事は詳しくありません。

 それでも順当に築かれているように見えました」


「開拓の方はどうだ?」


「それも専門ではございませんが、奴隷主水の中に農民だった者が数多くおります。

 その者達に聞いたところ、まだまだ開拓できる場所があるそうでございます。

 ただ、見境なく木々を切り出してしまうと、崩れてしまうと言っておりました」


 確かに、ちゃんと計画せずに山を丸裸にしてしまうと崖崩れが起きる。

 木地師や炭焼きを送って、崖崩れが起きないように確認させよう。

 堤防造りの専門家にも確認させた方が良いな。


「そうか、よく見てくれた、他に何かあるか?」


「殿からよく見ておけと命じられておりました湊でございますが、何もせずに使える場所はありませんでした」


「そうか、残念だが仕方あるまい」


「ですが、人と銭を使えば大型の関船を何十隻と泊められ場所がございました」


「ほう、そのような場所があるのか、どこだ?」


「上野と言う、三十戸ばかりが住む狭い平地です。

 宇川と言う川と名も無き川に挟まれた地でございます」


「ほう、それで」


「宇川の方が広いのですが、川底を掘り川幅を広げれば、船溜まりにできます。

 名も無き川も同じようにすれば、上野を守る濠にできます。

 二つの川をつなげる横濠を築けば、なかなかに堅固な水軍城にできます」


「なるほど、水軍の城を築ければ安心できるな」


「はい、横濠を太く深くできれば、そこを船溜まりにできます。

 少々の高波に襲われようと、洪水に襲われようと、大丈夫でございます。

 ただ、かなりの銭と人が必要になります。

 国人衆を滅ぼして湊を奪えるなら、その方が簡単だと思われます」


「心配するな、遠回しに諫言しなくても大丈夫だ。

 味方すると言ってきた国人や頼ってきた国人の本貫地を奪ったりしない。

 敵になった者、裏切った者は容赦しないがな」


「はっ、余計な事を申しました」


「諫言は構わん、むしろもっと言え、遠回しが嫌いなだけだ。

 他に何かあるか、思っている事は全部言え」


「いえ、もう何もございません」


「そうか、御苦労だった、食事を用意してあるから喰って帰れ」


「はっ、有難き幸せでございます」


 さて、どうする?

 丹後半島に百万人全部を送るのは、やり過ぎだろう。

 何かあった場合に百万もの兵を失う事になる。


 俺が前世で愛読していた『日本の災害/防災年表』には、天文年間に起きた地震や津波はなかった。


 だが、俺が読んだ資料に間違いがあったら大変な事になる。

 資料の不備、俺の記憶違いがある事を前提に安全策を採るべきだ。


 丹後半島に送る人数は五万から十万にしておこう。

 大浦半島と長高連の援軍も同じだ。

 開拓する土地が取り合になろうと、効率が悪い土地であろうと関係ない。


 地震や津波が起きても死ぬ事のない場所に、優先的に送ろう。

 津波の届かない高台に城館を築かせ、段々畑を作らせる。


 厳冬期に雪に閉じ込められて何もできないのが嫌なだけだ。

 効率が悪くても何かさせられたら十分だ。

 そうだ、目に見える成果でなくても構わない。


 室内でも武芸の鍛錬はできる。

 読み書き算盤を覚えさせられたら、祐筆や勘定の役目を任せられる。

 厳冬期でも働いている職種の、見習の数をもっと増やしても好い。


「右京亮、職人町に行く、ついて参れ」

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