第36話:能登の治安維持と僧兵
天文八年(1539)5月21日:能登七尾城:俺視点
能登城を占領してから十日間、忠誠心を得るための論功行賞を行った。
だが、どうしようもない連中には厳しく接した。
本願寺一向一揆の連中は奴隷にした。
狂信者は手の施しようがない。
奴隷の中でも絶対に逃げられない、関船につなぐ水主にした。
心を入れ替えるなら奴隷兵するが、そうでなければ一生奴隷水主だ。
能登七人衆を始めとした、能登畠山家に仕えていた連中は本領を安堵した。
だが、他人から奪っていた領地は本領と認めなかった。
特に公家、将軍家と幕府役人の領地は強制的に返還させた。
取り戻してやった領地は、戦わなくていい奴隷農民を希望する者に任せる。
収穫できた作物の内、小作料は俺の物。
年貢の半分は俺の手数料、残る半分だけ京に送る。
能登の連中はもちろん、三条家の譜代や新参も、俺が京の方を向いて政治を行っていると思っただろう。
確かに、京の事も考えている。
ただ俺は、盲目的に朝廷や幕府に従う気はない。
日本を統一するために、利用できるモノを全て利用しているだけだ。
朝廷や幕府には、まだそれなりに利用価値がある。
京から遠国になればなるほど、未だに朝廷や幕府の威光を気にする。
畿内のように平気で公家を殺したりしない。
「俺は家臣が勝手に他国とやり取りする事を許さん!
朝廷や幕府と交渉する事も許さん!
全て俺を通じて行え、分かったな!」
「「「「「はっ、仰せのままに」」」」」
「押領していた領地は全て返せ、その代わり正式な官職を与えてやる」
「正式な官職でございますか?」
元畠山家家臣を代表して、温井総貞が聞いて来た。
「普通の守護が与えるような通称ではない。
朝廷に奏上して下賜していただく、正式な官職だ」
「「「「「おおおおおお!」」」」」
「ただその分、高い官職ではない。
小初位の上下から始まる、主水や舎人、目などの低い官職になる。
だがその代わり、朝廷の記録に名が残る
朝廷の正式な役人として名が残り、子々孫々誇る事ができる」
「「「「「おおおおおお!」」」」」
前世で調べて範囲では、武士は領地と名を遺す事に命を賭けていた。
どちらかと言えば、領地を残したい者の方が多かった。
だが、名を残す事に命を賭ける者も少なからずいた。
能登七人衆の表情だけを見ての判断だが、領地を減らされても、朝廷の記録に自分の名が残る方がうれしいようだ。
俺がこいつらに騙されている可能性も考えて、諜報部門に探らせておこう。
敵の調略にも気をつけないといけない。
目に見えている敵だけでなく、味方も油断できない。
降伏したばかりの連中に接触して、後に裏切らせる布石にする謀略家が多い。
特に本願寺や足利将軍家には警戒しなければ、思わぬところで不覚を取る。
家臣にはどのような通称を使っても良いと言ってある。
自分が勝手につけた官職名を名乗るのは自由だ。
俺の基準、美意識では、誇大な官職を私称するのは恥だ。
だがこの時代の武士は、見栄を張る事が大好きだ。
百石にも満たない国人が左兵衛門や右衛門督を平気で名乗る。
それなりの国人は、主君が朝廷の許可なく与える官職名を名乗る。
その方が、朝廷が与える正式な官職よりも遥かに高い呼び名になる。
主君の支配領内はもちろん、近隣ではそれなりに敬意を払ってもらえる。
これも私称なのだが、主君としても領地や銭を与えずにすむから助かるのだ。
便利だし領地も金も必要ないので、私称の受領名を何処の主君も与え続ける。
そこに更に正式な官職の斡旋があれば、領地や権利を与えないですむ。
豊臣秀吉ではないが、恩賞の与え過ぎは自滅につながる。
ケチと言われようが、徳川家康のようにしなければならない。
あの織田信長も、恩賞は渋かった。
領地や銭の代わりに、茶器や茶会の開催権を恩賞にしていた。
能登七人衆を始めとした畠山家家臣の論功行賞を終えてから、石動山天平寺の代表を呼び出した。
「よく来てくれた、長吏殿の協力で死傷者を減らす事ができた。
約束通り、寺領も衆徒の領地も安堵する。
だが、隣で聞いていただろうが、公家などから押領した土地は別だ」
「はい、人の物を奪ったら奪い返される、思い知りました。
ですが、先に奪って力をつけないと、奪われるだけになってしまいます。
戦国乱世では、仏に仕える者も汚れなければならないのでございます」
頭が切れるし口も上手い、何よりこの時代の事を良く分かっている。
こういう相手には本音の一部を聞かせた方が良い。
「仏に仕える者が、戦国乱世に翻弄されてしまうのは理解している。
だが中には、仏に仕えるふりをして、仏の名を私欲に利用している者もいる。
長吏殿はそのような下衆ではないようだ。
ならばはっきりとさせておこう」
「何事でございますか?」
「領民は俺が必ず守る。
どんな教えを信じている者でも関係ない、領民は全て守る。
だから寺の兵力、僧兵の大半を俺に寄こせ」
「それは、幾ら何でも酷過ぎます。
僧兵を奪われたら、長尾様が負けてしまわれると抵抗もできずに滅ぼされます!
寺領も衆徒の領地も奪わない、約束していただいたではありませんか?!」
「約束は守る、寺領も衆徒の領地も安堵する。
天平寺はこの命をかけて何があっても必ず守る!
ただ、自衛に必要な僧兵以外を俺の家臣にしたいだけだ。
僧兵に残すのは、心から教えに従う衆徒だ。
俺の家臣にするのは、天平寺の名を使って他人の土地や金を奪った者だ!
長吏殿には思い当たる者が数多くいるのではないか?」
「……本当に負けませんか?
本当に護って頂けるのですか!?」
「大丈夫だ、俺を信じろ、必ず領民を守る。
それに、能登は越中と加賀に守られている。
敵が奇襲して来ても、能登なら不意を突かれる事はない。
衆徒を天平寺に入れて守る事も、七尾城に入れる事もできる」
「兵にする僧兵を大半と言われましたが、何人でございますか?」
「三千人の衆徒の中で、他人の家屋敷、時に女房や娘まで奪った者が二千五百人。
そんな連中は、長吏殿も僧とは認められまい?」
「……分かりました、二千五百の僧兵を若様に差し出します」
俺は天平寺以外の寺院にも僧兵も差し出させた。
一度は許した越中加賀の一向一揆も、凶悪な奴は将や兵にした。
少し不利になっただけで一揆を起こす奴を、大切な農地には残せない。
何より、善良な民や気の弱い民から奪うのが当たり前と思っている奴を、農村地帯に残す訳にはいかない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます