第35話:能登守護

天文八年(1539)5月11日:能登七尾城:俺視点


 俺は足利義晴将軍から能登守護の地位を七千貫文で買った。

 晴景兄上の越後守護と抱き合わせで一万貫文だった。

 良い買い物をしたと自負している。


 実相院を義晴将軍に奪われないように、口にした通り九条稙通に渡した。

 兵力は園城寺から僧兵二千を回してもらったが、実際には信濃善光寺の僧兵だ。

 

 僧兵を養う費用は、俺が直接僧兵達に渡している。

 畿内の拠点を維持するためだから、それくらいは安い物だ。


 それに、いずれは寺社と僧兵を切り離す心算だから、その布石でもある。

 寺社に養われ、乱暴取りで財貨を得るような暮らしを止めさせる。

 最初は分からないように徐々に、最終的には圧倒的な武力で切り離す!


 善光寺から減った兵力は、越中に駐屯させていた奴隷兵を送って補った。

 減った越中の兵は、俺と一緒に移動した実相院の奴隷兵で補った

 それがなくても、全国から買い集めた奴隷が毎日増えている。


 信濃に送っている兵、水軍の兵や水主、春日山城に配置している兵。

 全部除いても、越中に常駐させて兵は五万兵を越えている。

 三年五作の成功と交易の富が、これだけの大兵力を維持させてくれた。


 越前との国境に一万兵を置いても、四万兵の圧倒的な大兵力だ。

 相手が能登畠山なら、時間はかかっても必ず勝てる確証がある。


 能登畠山家の居城、七尾城は五大山城の一つだ。

 史実では、あの上杉謙信が攻め下すのに一年もかかった堅城だ。

 短期間に攻め落とすには事前準備も大切だし調略も必要だ。


 越後守護上杉家から正室を迎えていた畠山義元は、とうの昔に亡くなっている。

 遠慮なく滅ぼす事ができる。


 こちらの主力は奴隷兵だから、年中無休で戦える。

 包囲を解いて田畑に戻る必要がなく、蟻一匹逃がす事がない

 敵は食料の補給ができずに飢え死にするしかない。


 時間さえかければ安全確実に勝てるのは分かっていた。

 だが、できるだけ早く損害を少なく攻め落としたかった。

 だから事前準備を十分にやった。


 畠山家に仕えていた国人を調略した。

 石動山天平寺も寺領を補償する事で味方につけた。

 天平寺は院坊三百六十余、衆徒三千人を誇る大勢力だ。


 石動山天平寺の本山は山城国の山科にある勧修寺だが、肝心の勧修寺が応仁の乱の兵火で焼失している。


 その後も法華衆、本願寺一向一揆が山科で焼き討ち虐殺を繰り返している。

 門跡寺院なので何とか命脈を保っているが、他宗狂徒達が何をするか分からない。

 とてもではないが、地方の末寺を助けられる状態ではない。


 今の石動山天平寺は独立勢力と言っていい状態だ。

 自分達の力だけで、真言宗の教えと寺領はもちろん、衆徒の命と財産を守らなければならない。


 敵は酷政を行う守護や国人だけではない。

 越中と加賀から能登に逃げ込んだ狂信的な本願寺一向一揆も強敵だ。


 少しでも話が分かる一向一揆の人間は、宗旨替えして越中加賀に残って。

 能登に逃げ込んだ一向一揆は、本願寺の教えに従う者は、他宗を信じる者から奪い犯し殺しても天国に行けると狂信している連中だ。


 石動山天平寺の衆徒は、生き残りを賭けて俺に味方した。

 七尾城は石動山に築かれている。

 天平寺とは少し離れているが、天平寺の衆徒は石動山の地理にとても詳しかった。


 勧修寺の末寺になった石動山天平寺は、真言宗の教えを中心にしているが、道教系の星辰信仰や修験道の影響を受け、加賀、能登、越中の山岳信仰の拠点霊場だった。


 石動山を修行の場にしていた者達が、畠山家に忠誠を誓う領民に偽装して七尾城に入り込み、城門を開けてくれた。


「修理大夫殿、上様は私を能登守護にされた、素直に負けを求められよ」


 俺は捕らえた畠山義総に言って聞かせた。


「おのれ、成り上がりの身の程知らずが!」


「修理大夫殿、負け惜しみはやめられよ、恥になるだけですぞ」


「おのれ、おのれ、おのれ、裏切者さえ出なければ!

 恥を知れ、恥を!」


 畠山義総が俺に寝返った家臣達を罵る。

 伊丹総堅、平総知、長英連、温井総貞、三宅総広、遊佐宗円、遊佐総光など主だった家臣全員に裏切られた。


 史実では、畠山義総亡き後に力をつけ、畠山義総の息子や孫を傀儡にして、能登の国政を思いのままにした連中だ。


 だがこの時期は、史実では名君と呼ばれた畠山義総に押さえつけられていた。

 守護から戦国大名に成り代わろうとしている畠山義総は、国人達からすれば、自分達の力を奪う敵でしかない。


「修理大夫殿、家臣の忠誠心を得られなかった、自分の不徳を恥じるべきだぞ。

 民から恨まれるような苛政を行ったから、誰も命懸けで戦わなかったのだ」


「おのれ、おのれ、卑怯者!

 義晴におもねって、越中と加賀を手に入れただけでは飽き足らず、卑怯下劣な手段で能登まで奪いおって!

 余は負けたが、畠山家が負けたわけではない!

 名門畠山家は、下賤な長尾家などには負けぬ!

 紀伊と河内の守護を務める弥九郎と右衛門督が、必ず仇を取ってくれる!」


 畠山晴満と畠山在氏の事か?

 畠山家は親兄弟で当主の座を争うだけでなく、よく家臣にも下剋上されている。


 歴史小説でも多少はでてくるが、あまりにも早く当主が変わるし、二人同時に当主を主張している時期もあるので、前世では名前を覚えていなかった。


 諜報組織を整えてから、ひっきりなしに全国の情報が入るようになった。

 そのお陰で、守護だけでなく主だった国人に名前や性格も覚えられた。


「無理だな、尾州家と総州家で当主の座を争っている状態では、とても能登にまで兵は送れない。

 それくらいの事、修理大夫殿ならお分かりのはずだ」


「くそ、全ては守護を争わせるような事をした将軍家が悪いのだ!

 親兄弟で将軍の座を争い、味方が欲しくて守護家を割ったのが悪い!」


 今更そんな事を言ってもどうにもならないだろう。

 そもそも、欲に釣られて親を追い、兄を殺そうとする奴がいたからだ……


 だが、俺もそんな事を口にする資格は無いな。

 状況によったら、晴景兄上を廃嫡にする事も考えているのだから。


「修理大夫殿を紀伊までお送りしろ」


「はっ!」


 旗本衆の中から山吉孫四郎が素早く返事をして近づいてきた。

 孫四郎なら間違いなく送り届けてくれるだろう。

 ついでに私鋳した宋銭を運ばせて、兵糧を買い集めさせよう。

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