第12話:将来への布石

天文三年(1534)12月25日:山城国近衛邸:俺視点


「ほっほっほっほっ、呼ばれて直ぐに挨拶に参るとはのう。

 最近の武士は礼儀の弁えぬ者が多いが、まだ幼いのにできた者よ」


「あまりにも身分が違い過ぎますので、こちらから御挨拶に参る訳にはいきませんでしたが、お呼びいただけるなら万難を排して参上させていただきます」


「ほっほっほっほっ、愛い奴じゃ。

 それでな、用というのは他でもない、先日話しておった酒造りについて書いた本なのだが、興福寺に問い合わせて、多聞院の日記を写本させた」


 近衛稙家は藤原氏長者だから、氏寺の興福寺にはある程度の発言権がある。

 多くの僧兵を抱える興福寺だから、実際に争いになれば兵力のない近衛家など歯牙にもかけないが、だからといって何の理由もなく正面から近衛家と争えない。


 帝が御飲みになる酒や、朝廷の行事に使う酒を再び造酒司で造る事になったから、菩提泉の造り方を教えろと言われたら、頭から断るのは難しい。


 幕府に力があり、朝廷に権威があった頃は、興福寺大乗院門跡を通して菩提泉が朝廷に献上されていたが、今ではほとんど献上されていないと聞いている。


 海千山千の近衛稙家の事だ、俺が二千以上の兵を率いて実相院にいる事を利用して、興福寺から献上酒を引き出そうとしたのだろう。


「有り難き幸せでございます。

 御礼は改めて持参させていただきます」


 酒造りに一番大切な部分は写本されていないだろうが、構わない。

 造り方は知っているから、写本などなくても造れる。

 造る方法を興福寺から手に入れたと言う評判が欲しいだけだ。


「礼は麿の紹介する者を召し抱える事で果たしてくれ」


「それは近衛家と関係がある家の方々でしょうか?」


「そうだ、近衛家と主従関係を結んでいる公家の部屋住みだ。

 他家の養子に入れる者は好いが、そうでない者は行き場がないのだ。

 寺にでも入れればいいが、中には寺にすら入れない者がいる」


「武士になる気が有る方々ですか?

 それとも公家の家職で仕えたい方々ですか?」


「青侍、北面の武士と滝口武士の部屋住みは、武士として仕える覚悟がある。

 だがそうでない者は、以前言っていたように、文を書き和歌を詠む事で扶持をもらいたいと申しており」


「武士として仕える気の有る方には、京で買った奴隷を御任せしますので、実相院の守りについていただきたいのですが、大丈夫ですか?」


「それは駄目だ、それでは実家が武士の争いに巻き込まれてしまう。

 全員越後に下向させてくれ」


「承りました、それほど多くの扶持を与える事はできませんが、京と文の遣り取りをしてくれて、私に家職の技を教えてくださるのなら、召し抱えさせていただきます」


「何人だ、何人召し抱えてくれる」


「一律十貫文で良いのでしたら、五百人でも召し抱えさせていただきます」


「なに、そんなに多く召し抱えてくれるのか?!」


「男性だけでなく、女性も召し抱えさせていただきます。

 やって頂く事は、母上や義姉上に朝廷の作法を教える事です。

 母上と義姉上が京に来ても恥ずかしくない礼儀作法を教えてもらいたいです。

 身分としては奥女中になりますが、宜しいですか?」


「それは、若い娘でなくても好いのか?

 後家や出戻りでも召し抱えてくれるのか?」


「正室や側室にするのではありません。

 夫を亡くされた方でも実家に戻られた方でも喜んで召し抱えさせていただきます。

 ですが十貫文ですよ、宜しいのですか?」


「後家になった者や出戻った者は、今の公家にはとても負担になるのだ。

 女でも家職に通じる者がいる。

 五千貫文出しても損がないようにしてやるから、約束通り五百人召し抱えよ」


「承りました、喜んで召し抱えさせていただきます。

 ただ、できましたら少々お願いしたい事がございます」


「何じゃ、何が望みじゃ?!」


 そんなに警戒しなくても良いだろう。

 五千貫文も出すのだから、それを稼ぐ手助けくらいしてくれよ。


「子弟子女を召し抱えさせていただく公家の方々が影響を持っておられる、座の上納金を免除していただきたいのです。

 越後の青苧を京で売買するのに、以前は三条西家に百五十貫文の上納金を納めさせていただいておりましたが、今では五十貫文になっております。

 それを完全に免除していただきたいのです」


「下賤な分際でつけあがりおって、無礼な事を申すな!

 子弟子女の召し抱えと座の上納金は別の話じゃ!」


「はっ、申し訳ございません。

 しかしながら私も父上や兄上に京の事を任された身でございます。

 何の手土産のなく越後に戻る事になると、召し抱えられる人の数が減ってしまうかもしれません」


「……分かった、しかたがない、五千貫文が大きな額なのは麿も分かっておる。

 だが座の上納金は駄目だ、座の上納金以外で何かないか?」


「それならば、これまで以上の後ろ盾になっていただきたいです。

 これまでよりも頻繁に越後と京の間を長尾家の船が行き来する事に成ります。

 いえ、越後と京の間だけでなく、蝦夷から博多津までを行き交っております。

 その全ての船に、帝の献上品を運んでいる事にしていただきたいのです。

 新たに召し抱えさせていただく方々に船に乗っていただき、実家の名と朝廷の御威光を使っていただきたいのです。

 そうして頂けるのなら、座の上納金はこれまで通り支払わせていただきます」


「関料と湊の船道前を踏み倒すために、我らを利用すると言うのか?!」


「はい、ですが持ちつ持たれつでございます。

 公家の方々に下向していただいた上に、京に残られる帝に何不自由のない暮らしをしていただくには、大きな利益が必要でございます」


「……危険な船に乗る者は十貫文では少なすぎる。

 二十貫文、いや、三十貫文与えよ」


 三十貫文か……麦を千石運べば千四百貫文の利益になる。

 一万貫文の宋銭と永楽銭を往復させるだけで、四万貫文の利益になる。

 船道前だけでなく海賊除けにもなると思えば安い物か。

 

「分かりました、船に乗って頂く方は三十貫文で召し抱えさせていただきます。

 ですが、実家の名前を使い印旗を船に掲げさせていただきます。

 朝廷の御用、献上船である御旗も掲げさせていただきます」


「それに見合うだけの献上品を納めてくれるのだな?」


「今年は大麦二千石でしたが、来年は四千石献上させていただきます」


 ★★★★★★交易や建造で売買された物と銭


 七十四丁櫓大型関船:永楽銭一万五千貫文支出

          : 宋銭一万五千貫文支出

 千石相当の唐船  : 宋銭一万貫文支出

 大麦四万石販売  :永楽銭九万六千貫文利益

 地侍小姓五百人費用:大麦五百石支出

 奴隷小姓二千人費用:大麦二千石支出

 大人奴隷千人費用 :大麦二千石支出

 永楽銭を宋銭に両替:二万四千貫文が七万二千貫文に

 宋銭を永楽銭に両替:七万二千貫文が二十一万六千貫文

 公家子弟子女五百人:三十貫文百人で三千貫文

          :十貫文四百人で四千貫文

 京での献上交際費 :大麦四千石

          :宋銭四千貫文

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