第13話:下準備
天文四年(1535)1月10日:越後国春日山城:俺視点
「よくやった、儂を御供衆にしただけでなく、道一丸と自分の諱を手に入れるとは、とても六歳とは思えない働きじゃ」
「お褒め頂き感謝の言葉もございません」
足利義晴将軍は約束通り定景兄上と俺に諱をくれた。
定景兄上は史実と同じ晴景になった。
俺は中二病を発症してしまったのか、どうしても龍の字が使いたくなった。
恥ずかしいと思いながらも、晴龍という名にしてしまった。
もしかしたら、上杉謙信の景虎、政虎、輝虎に対抗したかったのかもしれない。
俺が越後を離れている間、次兄三兄四兄の母方実家が動いていた。
三条長尾家譜代に見張ってもらっていたが、とんでもなく怪しい。
上田長尾家の動きが怪しいのは当然だが、古志長尾家まで怪しい動きをしている。
長尾為景に何かあったら、俺と晴景兄上を亡き者にする気だ。
俺まで義晴将軍から諱をもらったので焦っているのだろう。
これまでなら晴景兄上さえ亡き者にできたら家を継げたのに、今だと兄上の次に継承権が高いのは、義晴将軍から直々に諱をもらった俺になるからな。
「晴龍が言っていたように、古志と上田の陪臣に調略を仕掛けた。
越後に下向していた公家衆を使わせてもらった。
連歌の会や雅楽の宴を開いて、目当ての陪臣を招待してやったら、面白いくらい感激しておったぞ」
田舎国人の家臣に過ぎない身で、京の雅な公家衆から招待されたばかりか、歓待までされたのだ、感激するのも当然だ。
三条長尾家の直臣なら教えまで受ける事ができるとなると、何の恩も施してくれない主君を見捨てるのは当然だ。
憧れの公家との関係を結んでくれるのは、主家ではなく三条長尾家だ。
越後守護代である長尾為景が、陪臣に過ぎない自分を認めてくれたのだ。
敵に仕えている多くの武士や地侍が恩に感じているだろう。
利に敏い連中は、主家が不利になったら裏切る可能性が高い。
汚いやり方だが、結構効果が有る。
忠誠心の強い者や京や公家に興味のない者には効果がないが、構わない。
別に引き抜けなくても裏切らせられなくてもいいのだ。
国人が自分の家臣を信じられずに殺してくれるだけでも、確実に力を削げる。
尼子家が同じ方法を毛利元就に仕掛けられて滅んでいる。
それにしても、去年は色々あった。
これからも色々あるのが分かっている。
だからまだ幼い身だったが、できるだけ早く体制を整えたくて無理をした。
日本全体でも重大な事があった。
勢場ヶ原の戦いで大友義鑑と大内義隆が引き分けている。
尾張では織田信長が生まれている。
信長、頑張って史実通りに活躍してくれ。
俺の作戦は史実を前提にしているから、信長が桶狭間で負けたりしたら、一から作戦を考え直さないといけなくなる。
今年は後奈良天皇が即位の儀式を行われる。
酒造りの書を手に入れる前から仕込んでいる酒が完成している。
大麦とは別に、即位の御祝いに特上の日本酒を献上しよう。
去年許可頂いた錦の御旗と治罰綸旨。
御旗はこちらで作らなければいけないのだが、意匠で少々迷った。
室町幕府が、錦の御旗と武家御旗を使える者に制限をかけているのだ。
日輪と天照皇太神が入った錦の御旗を掲げる事が出来る大将は、足利氏を名乗れる将軍の一族のみ。
足利氏の家紋である二つ引両と八幡大菩薩が入った武家御旗を掲げる事が出来る大将は、足利氏の一門のみ。
今回俺が使うのは、そのどちらでもなく、単なる船の旗印だ。
関料や船道前を払わずにすむように大型関船や唐船にかかげる、足利に関係のない伊勢大神宮と八幡大菩薩の神号と鳩の意匠が入った旗だ。
それもちゃんと公家の一門が同乗して朝廷の御用を言い立ててくれるから、何の問題もないだろう。
あとは……今年中に第三代古河公方・足利高基が死ぬはずだ。
後を継ぐ第四代古河公方・足利晴氏は北条氏綱と手を組もうとする。
史実通り関東管領上杉憲政が負けてくれればいいが、そうでないと父親の敵を討ちに越後まで来るかもしれない。
越後と京を往復する時間は勿体ないが、高野山金剛峰寺の僧兵と園城寺の僧兵、日本海沿岸の湊から買い集めた奴隷で軍を編成しないといけない。
長尾為景に任せておけば大丈夫だとは思うが、心配になってしまう。
いざ戦いの場になると度胸が据わるのだが、事前準備の時間があると、石橋を叩いて壊してしまう憶病な性格が頭をもたげる。
今も金剛峰寺と園城寺の僧兵が船に乗って続々と集まっている。
雪解けの時期までに、金剛峰寺の僧兵が二千、園城寺の僧兵が五百、京で足軽に仕立てた奴隷が五千は集まるはずだ。
武器や鎧は、越後で作らせるだけでは数が揃わないので、日本海沿岸の湊で買い集めさせているが、結構な費用になってしまっている。
だが、その全てを東西の銭相場で賄った上で、兵糧まで蓄えられているのだから、俺の作戦変更は大成功だった。
最初は東西で永楽銭と宋銭を両替させるだけの心算だった。
だが想定以上に奴隷集めが順調だった事で、食糧、特に籠城用の兵糧を確保しなければいけないと、考えを改めた。
東西の交易差で儲けた銭で兵糧を買う。
信濃と上野では、永楽銭一貫文で米一石が買える。
山城、近江、丹波では宋銭一貫文で米一石が買える。
買った米を西国に運んで、代金を永楽銭に限って売れば一石四貫文になる。
信濃と上野で売れば、代金を宗銭に限って売れば一石四貫文になる。
櫓を漕ぐ水主達を酷使する事になるが、濡れ手に粟のぼろ儲けだ。
直江津に船が入って来るたびに、倉庫に米と銭が積み上がっていく。
二万の奴隷がいたとして食べ切れない米と麦が積み上がっていく。
その一部が、新しく建てられた酒蔵に運ばれていく。
米や麦のまま売るよりも高く売れる酒にするのだ。
これからもどんどん運ばれてくる米と麦と銭を蓄える蔵が建てられている。
新米ではなくなる、古米になるから価値が下がるという心配はない。
この時代の米の価値は上手い不味いではなく、飢えるか飢えないかだ。
何故なら、古米の方が新米の値段よりも二割も高いのだ。
理由は、良く乾燥しているから新米よりも二割膨らむのだ。
飢える人々には、味よりも食べられる量が値段の基準になっているのだ。
村で立場が弱い母子が、不作の年に食糧を分けてもらえず、空腹に耐えかねて備蓄の葛粉を食べて殴り殺される時代なのだ。
一年でも早く日本を統一して戦を無くす!
米中心の社会にして、冷害の年に飢饉が起きるような石高制にはしない!
その土地にあった、確実に収穫できる穀物を作る日本にしてみせる!
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