第11話:思案
天文三年(1534)12月5日:山城国実相寺:俺視点
「若様の度胸には感服致しました!」
三条長尾家の家老で、俺の後見人でもある山村若狭守が心から賞賛してくれる。
「武家伝奏一人でも相手にするのが大変なのに、あれだけ多くの公家や帝を前にしての堂々たる態度、流石三条長尾家の若様でございます」
越後守護上杉家の京都雑掌、神余隼人佑も自分の主君を褒め称えるような態度で賞賛してくれる。
「あれくらいの事ができないと、人の姿をした魑魅魍魎が跳梁跋扈する京では生きてゆけないのであろう?」
「その通りではありますが、実際にできる者は滅多におりません。
かく言う私などは、全くできておりません」
神余隼人佑が謙遜するが、ここは褒めておくところだな。
「何を言っておる、私は知っているぞ。
青苧の上納金では、三条西家と難しい交渉をしてくれているではないか。
隼人佑が京にいてくれるから、越後守護上杉家は銭の心配をせずに暮らしていられるのだ」
「過分なお褒めを頂き、御礼の言葉もありません」
今の越後守護である上杉定実は、家臣に奉仕されるのが当たり前と思っているから、失敗を責める事があっても成功を褒める事がない。
そんな態度を続けるから、忠臣の心が離れるのだ。
「隼人佑にはこれからも京で頑張ってもらわなくてはならぬ。
朝廷や幕府との交渉だけでなく、ここを拠点とした奴隷売買、西国での関船建造も差配してもらわねばならぬ。
必要な費用はもちろん、人手も遠慮なく言ってくれ」
「重ね重ねの御厚情、命ある限り誠心誠意仕えさせていただきます」
俺は、三条長尾家の京都での拠点に実相寺を選んだ。
内裏からも南禅寺からも少し若狭方面に位置している。
ここなら若狭の湊から船で越後に逃げるのに都合が良いのだ。
それに、実相院は協力関係を結んだ園城寺寺門派の寺で、門跡寺院でもある。
ここを拠点にすれば、義晴将軍も三好長慶も手を出し難い。
最初園城寺は、戦乱で荒廃した如意寺に入って再建して欲しいと言っていた。
だが俺は、如意寺の有った場所が中尾城の戦いに巻き込まれるのを知っている。
普通に再建しただけだと直ぐに燃やされてしまう。
簡単に焼かれない、城のような立派な寺にして、常時数千の足軽に守らせたりしたら、俺の知る歴史から大幅に変わってしまう。
義晴将軍には、これから起こる合戦で負けてもらわなければならない。
三好長慶に京を占拠させ、足利義輝将軍が弑逆されないと困るのだ。
悪辣非道だとは自覚しているが、この手を穢すことなく足利将軍家に滅んでもらいたいのだ。
まあ、いずれは自分の手を汚す時が来るかもしれないが、その時には、少なくとも織田信長と五分以上で戦えるくらいの領地は切り取っておきたい。
色々と考えているのだが、上洛するためには安全な道を確保しなければいけない。
どう考えても越中、能登、加賀の一向一揆が邪魔だ。
それと、越前の朝倉家も目障りだ。
朝倉宗滴殿が生きている間は理性的だろうが、亡くなられた後は信用できない。
特に主君である朝倉義景を裏切った朝倉景鏡が信用ならない。
早々に滅ぼせればいいのだが、朝倉宗滴殿が存命中は厳しいだろう。
亡くなられてからも、足利義輝将軍の信頼が厚い朝倉家とは戦い難い。
それに、朝倉義景には細川晴元の娘が嫁いでいたはずだ。
晴元は大嫌いだから無視できるが、晴元の娘が亡くなった後で、継室に近衛稙家の娘が嫁いでいくはずだから、朝廷との関係を考えても手出しし難い。
定景兄上が越後守護に成ったとしても、義姉上が元気な間は、摂関家の姫君を迎える事など不可能だ。
義姉上を密かに亡き者にするような外道な真似などする気はないし、そこまでしなくても水軍が活躍してくれたら、加賀と若狭の間に越前があっても何とかなる。
だがそうなると、若狭を攻め取るのが必須なのだが、若狭武田家の信豊には六角定頼の娘が嫁いでいるし、後継者の義統には足利義晴将軍の娘が嫁ぐことになる。
若狭武田家を攻め滅ぼすとなると、足利義晴将軍の娘が嫁ぐ前でないと色々と面倒な事になる。
三好長慶と手を結ぶのなら、六角定頼だけでなく足利義輝将軍と戦っても良いのだが、これからどう歴史が転ぶか分からないから、将軍とは敵対したくない。
本当に何をどうすれば良いのか、どこかで何を優先するか決断しなければいけないが、先が読み切れなくて頭が痛い。
水軍を増強するのは何の不利もないと思ったから、四万貫文使って江戸時代の千石船に匹敵する七十四丁櫓の大型関船を三十隻、外国との交易にも使える唐船を十隻建造して活用している。
その気になれば、一度に四千の兵士を若狭に海上輸送できる。
一度建造を依頼して、完成後に千貫文の報酬を渡した船大工は、三条長尾家の事を信用してくれるので、今も後金で大型関船を建造してくれている。
まあ、俺が買わなかったとしても、大型の関船なら日本中の海賊衆が買ってくれるから、船大工が売り先に困る事はない。
多少は叩かれるから、売値は千貫文を切るだろう。
実際俺が買い取った大型関船の中にもそんな船があった。
蔵田五郎左衛門と荒浜屋宗九郎が信用できる船頭を紹介してくれた関船は、蝦夷から博多津までを往復して交易している。
江戸時代の北前船は一年一往復しかできなかったが、それは蝦夷を支配していた蠣崎氏が入港制限をしていたからだ。
北前船が逆風を切り上げられないと言われているのも嘘だ。
それに帆に頼らず七十四丁の櫓で力強く漕ぎ進む大型関船なら、主水達は疲弊するが、風や海流に逆らって進む事もできる。
何より、唐船と言われるジャンク船は風上に切り上がって進む事ができる。
途中の湊で頻繁に交易しない限り、一年三往復も不可能じゃない。
「唐船が途中の湊で奴隷を買い取ってくれている。
京に運ばれてくる奴隷は、私が京にいない時は隼人佑が差配せよ。
ここの防備に足軽働きをさせても構わない。
ただ、毎日二食、腹一杯麦雑炊を食べさせてやれ。
満足に食べさせてやれば、厳しく見張らなくても逃げない」
「承りました、運ばれてくる奴隷、京で買い取った奴隷には、十分な飯を食わせてやります」
★★★★★★
長尾水軍:七十四丁櫓大型関船:三十隻
:大型ジャンク船 :十隻
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