第9話:策謀

天文三年(1534)11月25日:山城国愛宕郡南禅寺:俺視点


「今年は麦ではなくちゃんと米を献上したとの事、殊勝である」


「上様が京での穀物売買を許可してくださったおかげで、麦を売った銭で信濃と上野の米を買う事ができました。

 これからも毎年米の兵糧を献上させていただきたいので、引き続き京で穀物や大豆の売買の許可をお願いしたします」


「おお、構わぬぞ、余にできぬ事などない」


 ようやく近江から京に乗り込む事ができて、南禅寺に幕府を開く事ができたので、有頂天になっているのが見ただけで分かる。


 京都雑掌の神余隼人佑が、油断する事なく進物のやり取りを続けてくれた事で、座を無視して越後の産物を通年で売買できた。


 船の手配ができる限り、直江津と若狭の小浜を往復させた。

 越後の大麦を京で売るのだが、代金は永楽銭限定にしている。


 六万石の大麦を全部京に運べれば、永楽銭十四万四千貫文になる。

 既に四万石の大麦が永楽銭九万六千貫文になっている。


 先年手に入れた永楽銭二万四千貫文は、信濃で宋銭に両替した分が七万二千貫文になっていた。


 それを京に持ち込んで、義晴将軍、細川晴元管領、幕府、帝、朝廷の力を背景に、船大工の力量で建造できる最大の関船を依頼した。


 西国での建造させた関船の代金は宋銭で支払った。

 東国で建造させた関船の代金は永楽銭で支払った。


 既に永楽銭一万貫文で十隻の大型関船が完成している。

 宋銭一万貫文でも、十隻の大型関船が完成している。


 江戸時代では、千石積みの北前船を建造するのに三カ月から四カ月だったが、戦国時代の関船も四カ月で建造できた。


 今も関船の建造を頼んでいるが、その為の永楽銭二万貫文と宋銭二万貫文を別枠で置いている。


 かなりの大金だが、関船が増えるほど沢山の産物と銭を運ぶ事ができるので、交易による為替利益を手に入れる事ができる!


 今は銭相場を主体にした交易だが、直ぐに蝦夷で俵物、干鮑、干海鼠、鯣、昆布を明国に売る国際交易にしてやる!


「上様、上様の御力を持ちまして、粗銅を全て買い取らせていただけませんか?

 この願いが叶いましたら、来年には四千石の米を献上できます」


「ほう、粗銅はそれほど利が得られるのか?」


「いえ、粗銅自体に利はありません。

 ですが銅を薄く延ばして関船に張ると、腐り難くなるのです。

 直江津を訪れた南蛮船の船頭が教えてくれました」


 大嘘だ、本当は莫大な利益がある。

 今の日本には灰吹き法がなく、粗銅の中に結構な量の金銀が残っている。

 いや、生野銀山にわ伝わっていたか、まあいい、どうにでもなる。


 俺は灰吹き法を知っているから、日本中の粗銅を集められたら、莫大な利益を手に入れられるのだ。


 既に鉱山職人は集めてある。

 後は幕府と朝廷の力を使って粗銅を手に入れるだけだ。


「ほう、関船が丈夫になるのか……」


「関船が丈夫になれば、越後から少しでも早く上様の元に駆け付けられます。

 今はまだ上様に逆らう国衆が力を持っておりますので、二千余の兵しか連れて来れませんが、越後を統一した暁には、五千の兵を連れて参ります」


「どう思うか?」


 義晴将軍が左右に控えた阿諛追従の輩に聞く。

 連中の嫌味な話など聞きたくない。

 どうせ自分達に都合の良い事しか言わない。


 まあ、いい、義晴将軍が命じても言う通りにする大名も国人もほとんどいない。

 実際には、三条長尾家の武力に物を言わして手に入れるしかない。

 問題は、実力で手に入れても、後で幕府や朝廷が文句を言って来る事だ。

 

 俺の場合は、これからも幕府と朝廷の権威を利用する心算だから、ある程度は言う事を聞いてやらなければいけない。


 後で文句を言われないように、事前に許可、言質を取っておく。

 ここで許可を貰っておけば、海賊行為で粗銅を奪っても、最低限の銭を渡せば幕府の命に従って集めた事になる。


「許可して宜しいかと思います」

「私も許可して問題ないと思います」

「万千代殿、本当に五千の兵を率いてくるのだな?」


「はい、越後の統一を成し遂げ、私が元服した暁には、五千の兵を連れて馳せ参じますので、何卒よろしくお願い申し上げます」


「そうだった、万千代殿はまだ元服していなかったのだな」

「上様、万千代殿は二年に渡って著しい働きをしておられます。

 ここは諱を与えて元服させてあげてはいかがでしょうか?」


 ほう、俺の心を取りに来ているのか?

 それとも、何時でも兄上と戦わせる事ができるようにしておいて、邪魔になったら内乱をさせようというのか?


 足利の何時もの遣り口には反吐が出る!

 簡単に操れる愚か者だと思われているのにも腹が立つ!


「恐れながら申しあげます。

 私は五男で、越後には母を同じくする年の離れた長兄がおります。

 上様から越後守護の御役目を頂いております養父から、定の諱を頂く兄でございますが、上様から諱を頂ければ、それに勝る喜びはございません」


「幼い身で兄を立てる謙譲の心があるとは立派でございますな、上様」


 胡麻すりが!


「その通りで、長幼の序を知る事はとても大切だ。

 とはいえ、働きに見合う褒美を与えないと、余が吝嗇だと思われる」


 可哀想に、元々がケチなのかもしれないが、大名に領地を奪われて金がないから、褒美を与えたくても与えられないのだろう。


「ではこうされてはいかがでしょうか?

 諱を与えるのは越後にいる長兄と万千代殿の両人にするのです。

 三条長尾家は長年に渡って上様に忠義を尽くしております。

 弾正左衛門殿に守護や御供衆と同じ格式の白傘袋・毛氈鞍覆・塗輿を許せば、上様を吝嗇と言う者は現れますまい」


「ふむ、どうじゃ、何か申す事はあるか?」


「あまりの御厚情にお礼の言葉もなく、感動に打ち震えております。

 上様から賜った恩は生涯忘れません。

 この命尽きる限り御奉公させていただきます」


 ああ、ちゃんと義晴将軍が死ぬまで忠誠を尽くさせてもらうよ。

 義晴将軍の寿命は長くないからな。

 それに、越後を統一するのはそう簡単じゃないんだ。


「うむ、長兄と万千代に与える諱は後程知らせる」


 やれやれ、大麦二千石に加えて更なる出費だな。

 兄上の諱と父上の御供衆待遇だけなら、これまでの献上品で十分だったが、俺まで諱をもらうとなると、追加の献上品、御礼が必要になる。


 守護代が諱をもらった場合は、宋銭だけだと三百貫が相場だ。

 それよりも、宋銭は三十貫程度にしておいて、太刀、曇金、毛氈、虎皮と言った見目の良い礼物を用意した方が喜ばれるだろう。

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