第6話:奴隷が安すぎる
天文三年(1534)4月1日:越後春日山城:俺視点
「ふむ、何人かは死ぬと思っていたが、全く誰も死ななかったな。
これなら定景にやっても良いか?」
「大人は危険かもしれません。
やるなら私と同じ子供にしましょう」
「そうか、だったら桃子たちにやらせる。
儂が自分の子供にやらせたら、家臣も領民も安心してやるだろう」
長尾為景は度胸があるのか?
それとも自分の子供など物の数に入っていないのか?
俺の事を崇め奉っている地侍と百姓でも、自分の子供に人痘法を行ったのは三割以下だったのだぞ。
「それは父上の判断に御任せます。
それよりも春に植える作物をどうするかです。
これまで通り稲を植えても良いですが、麦なら三倍の収穫があります。
八割の価値しかありませんが、それでも二倍と四割の価値があります」
「うむ、麦を植える利は良く分かった。
春と秋の両方で麦を植えると、二度収穫できるが、それぞれ例年の二倍しか収穫できなくても、合わせて四倍の収穫になるのだな?」
「はい、ですが麦を続けて植えると病気になります。
秋に麦を蒔いて春に大豆を蒔いた方が良いでしょう。
それに、三年作ったら秋にれんげを植えるか、一年水田にした方が良いです」
「ふむ、それが成功すれば、年二度の収穫で例年の五倍の価値があるか……
春秋に麦を育てるよりも、麦と大豆の方が良さそうだ。
だが、兵を集める時には一升の白米を与えなければならない。
麦ばかり植えていたら、白米が与えられずに兵が不平不満を持つ」
「ならば米は買いましょう。
京で手に入れた永楽銭を使えば、一貫文で一石の米が買えます。
麦を京まで運べば、一石で二貫四百文の永楽銭になります」
「ふむ、越後と京の間を運ぶだけで、一石の麦が二石四斗の米になるとは、まるで狐に化かされたようだが、実際にやって見せられては信じるしかない」
「ですがこれが使えるのは最初の間だけです。
それも、帝や将軍家への献上品だと言って運んでいるから、関所の税や湊の船道前を払わずにすんでいるからです」
「分かっておる、今の内に大きな利を得て越後を手に入れろと言いたいのであろう」
「越後だけではありません。
何も守護の座を狙わなくても良いのです。
父上がやられたように、分郡守護代の座でも良いのです。
力のない守護など飾っておけばいいのです」
「頼もしい奴よ、お前が長男なら良かったのだが……」
「父上、定景兄上は母を同じくする大切な方です。
それに、母系とはいえ上杉家の血が流れているのです。
兄上には越後上杉家を継いでいただき、私が三条長尾家を継げば、兄弟で争う事もありません」
「そうだな、兄弟で争わないのが一番だ。
それに、定景が三条長尾家を継ぎ万千代が越後上杉家を継いでも良いのだ」
「何を言われているのですか?
定景兄上は、殿の御息女を正室に迎えられておられます。
越後守護上杉家を継ぐのは、定景兄上の方が収まりが良いです。
それに、定景兄上と義姉上の間に嫡男が生まれられたら、誰に非難される事も邪魔される事もなく、越後守護職の継承がすんなりと行えるでしょう」
「万千代は本当にそれで良いのか?」
「守護職を手に入れられるのは越後だけではありません。
父上が新河郡守護代職を手に入れられたように、越中守護職を手に入れる事も不可能ではありません。
畠山との関係を重視するなら、越中は守護代職で満足しておいて、一向一揆が支配している加賀の守護職を狙う事もできます」
「……兄弟で争って無駄な血を流して力を弱めるくらいなら、最初から越後と越中加賀と分け持つと決めておく方が良いか?」
「少なくとも私に定景兄上と争う気はありません。
それに、心から信頼できる両親を同じくする兄弟に背中を預けられるなら、兄上も私も他の敵に集中する事ができます」
「そうか、万千代にそこまでの兄弟愛と覚悟があるのなら、もう何も言わん。
定景も交えてこれからの事を話し合おう」
「はい、それが良いです。
定景兄上を交えて話し合うのは望むところですが、その前に春に植える田畑がどれほどになるか教えてください」
「そうだな、その方が先だな。
昨年植えた田畑に加えて、新たに二万石程度の田畑を預ける」
「秋植えの時に一万石ほど増えていますから、合計四万石ですね?」
「ああ、そうだ、譜代の家臣は全員指導を希望した。
噂を聞いた上田や古志も指導を望んだが、断った」
流石父上だ、敵対している上田長尾だけでなく、古くからの同盟者である古志長尾もちゃんと警戒している。
「父上、上田と古志に指導するのは、両家の譜代を調略してからにしましょう。
それと、三条長尾家も他家に入り込む忍びを育てましょう」
「忍びを雇うのではなく自ら育てると言うのか?」
「単に他家の動きを知るだけなら、高野山金剛峰寺と園城寺、両方に出入りしている修験者で十分です。
私が育てたいのは、蔵田五郎左衛門殿のように、伊勢御師や商人として他家に入り込んで秘密を聞き出す者です。
後は、白拍子や歩き巫女に見せかけて秘密を聞き出す者たちです」
「なるほど、あらゆる所から秘密を暴くと言うのだな。
分かった、新たに手に入れた利は全て好きに使え」
「では、もっと奴隷を買い集めたいので、春日山城の郭を増やさせてください」
二月に長尾為景に許可を貰った奴隷購入がとても順調だ。
買った奴隷でも優秀な者は小姓に取立てると言ったのが良かったようで、越後中の貧しい百姓はもちろん、地侍も子供を送ってきた。
当然だが、刺客を送り込みかねない、敵対国人領内の地侍は要注意だ。
ただ、戦国時代の基本は恩と奉公だから、地侍の子弟を好待遇で受け入れて、親兄弟を寝返らせる事も可能だ。
地侍の忠誠心を買いたいから、奴隷として買うのではなく、最初から小姓とした。
食費はかかるが、それくらいは先行投資として割り切れる。
そんな風に集まった小姓だけでも五百人以上いる。
最底辺の地侍だと、自分の子供を喰わせるのも大変なのかもしれない。
奴隷として買った百姓の子供に至っては、二千人を超えている。
昨年の水害で餓死寸前の百姓が多かったからだろう。
大人の男女も千人くらいいるから、何か仕事を与えないといけない。
「郭だと、何に使うのだ?」
「郭があれば、普通の籠城する時でも、奴隷を兵力に使えます。
それと、神仏の加護がありますから、郭の中で銭が稼げます」
ちなみに、奴隷ではない子供を永代奉公させる場合は二貫文の値が付く。
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