03 捨てた名前
窓ガラスに映った自分の髪が、茶色い。
だから
艶やかな黒だった髪は、昨日ホテルで適当に染めた。
髪の色を変えたのは変装目的もあるけれど、何より「ミユキ」という名前を捨てる為だった。
必要なくなったものはパッと捨てる。名前だって、その一つだ。
星羅は、ため息とともに煙草の煙を吐いた。正直ツイていなかった。瑛人、それに恭一から”集金”して、最後に勤めている雑貨屋の店長の懐からもカネをくすねてこの街を立ち去る予定だった。
ところが店長は出張中だった。それを忘れて彼の家へ寄ってしまい、うっかり時間をロスしてしまったのだ。
「はあ」
とはいえ喫煙所の中は、落ち着く。一歩外に出れば駅のアナウンス、人々の話し声、子どもの泣き声、ありとあらゆる声がうるさいが、ここは比較的静かだ。
喫煙所の角から中年の男性がこちらをチラチラと見ているのを完全に無視して、豪快に煙を吐いた。
星羅が自分の偽名に『ミユキ』という名前を選んだのは、「とにかく自分からかけ離れていたから」だった。
星羅は呟いた。
「
***
星羅がみゆきと出会ったのは、中学生の頃だった。
誰からも愛される可愛らしい女の子、それが
美幸は、美幸の可愛らしさをうらやましがる星羅のことさえ、あたたかな笑顔で包み込んだ。
親友、という言葉では生ぬるい。二人の関係を表す適切な言葉なんて、この銀河に存在しない。
だが、美幸と星羅が共に中学校を卒業することは無かった。
中学二年生の時に、美幸は転校してしまった。
沢山の人の笑顔や泣き顔に見送られる美幸。だが、星羅はその輪に加わらなかった。美幸との別れは、転校前夜の夜に電話で済ませていたからだった。
『星羅、今まで沢山ありがとう。でも私たちね、星のめぐりあわせを感じるの。きっといつか会える。だからまた会えたら、その時も仲良くしてくれると嬉しい』
その言葉は、今もまだ耳の奥に。
奮い立つ。なんだってできる。そんな気がした。
星羅はボストンバッグを肩に担ぎ直し、喫煙所を出ようとした。
だが突然、喫煙所の出入り口の引き戸が、せり出して来た肩でふさがれる。さっきからこちらを見ていた中年の男性だった。
「その荷物重そうだねぇ。運ぶの手伝おうかァ? どこまで行くの? 手、小さくて可愛いねぇ」
男の顔には下品な笑みが張り付いている。星羅は男を睨みつけた。
昨日までの“ミユキ”なら、そうはしない。適当に返事をしながら上手にかわすだろう。だが、星羅は今はもう“ミユキ”ではなかった。
「どけよおっさん。臭いブサイクがアタシに話しかける権利無いから」
星羅はそう言って強引に喫煙所の引き戸を開けようとした。
<続>
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