第35話 了



「天使」


「え?」


「てんし、っていう名前ですよ」


「本当に?」


 高梨は頷いた。そして、微笑んで言った。


「じゃあ、またいつか」


 高梨が言った。


「またいつか」


 美々が続いた。


「またいつか」


 俺も答えた。しかし、そのまたが、もう来ないことをみんな知っている


 充分な時間を置いて、彼は一歩を踏み出した。足が震えて、歩き方もぎこちなかったけれど、彼は振り返らなかった。俺たちも、声はかけなかった。


「じゃ、あたしも行くわ」


「君は、どうするの」


「じじいの所には帰らない。元々、学校も性に合ってなかったからね」


 美々は豪快に笑った。


「シスターになるよ。元々、ヤクザが嫌で教会に通ってたけど、逃げてるだけじゃ駄目なんだよ。あたしは、人を救えるような人間になりたい」


「うん。その化粧じゃ、怖いシスターになりそうだ」


 言うと、彼女は俺に向かって拳を突き出した。


「馬鹿野郎。そうだ」


 美々は思いついたように、ポケットから何かを取り出した。


「これ、あんたにやるよ」


 差し出されたものを見て、俺は驚愕した。美々が持っていたのは、俺があのとき滅茶苦茶に壊して食った、神の像だった。


「これ……」


 問いかける声は、原付のエンジンをかける音にかき消された。 原付の音が遠ざかって行く。俺は残された像を見下ろす。これが、今俺の所に巡った来たと言うことは、まさか俺に罰を与えた神というのはこれだったのだろうか。だとしたら、この才能は遺伝なんかではないはずだ。単純に、俺が呪われているだけだ。俺の大切な人が巻き添えを食っているだけなのだ。


 俺は絶望した。結局、この才能については何一つ、確かなことはわからない。だが、これが正解のような気がした。


 ふと、自分の胸に手を当てて、与えられた罰について考えてみた。俺のこの才能は、あって良かったのだろうか。少なくとも、あの時千佳が死ななくて良かったということだけは確かだ。しかし、これが未来永劫続くものなら、いつか、千佳が殺してくれと懇願してくるだろう。そうしたら、俺は千佳をエンジェルのように殺さなくてはならない。


『死ぬまで殺す』


 これは、俺の罰であり、生きて行く意味なのだ。俺は一生、最も愛しい者を殺すという使命を背負って生きて行くのだ。


 俺はもう一度、像を壊そうかと思ったがやめた。ポケットに無造作に突っ込む。


「いつかは、許してくれるだろうか」


 俺は振り返ってアパートを見た。初めて来たときは、不気味な所だと思ったが、今は長年住み慣れた我が家のように思えた。


「ありがとう」


 俺も一歩、踏み出した。


<了>

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君が死ぬまで殺すのをやめない よねり @yoneri

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