第33話



「それで、再生するところを見たことがあったってのか」


 本人が言っていた話と同じだ。本当に、彼はただのエンジェルファンだったのか。


「馬鹿なガキだぜ。煽ってやったら、本当に押し入り誘拐しやがって。俺も丁度、恥を掻かされたから復讐してやりたかったし。力を貸してやったんだよ。見たか? そっくりのウエブサイトなんか作ってて、気持ち悪いガキだったぜ」


 話を聞いているだけで、胸くそ悪くなる。


「エンジェルはどこだ」


 俺は足立の少ない毛髪を掴んで尋ねた。


「おい、答えろよ」


 豚が蹴りを入れる。足立は震えながら、部屋の隅に這っていった。


「逃がさねえぞ」


 豚が彼を追い詰める。


「エンジェルはどこなんだよ」


 足立は壁の方を向いたまま、後ろを指さした。


「あぁ?」


 豚が振り返る、俺もそちらを見たが、何も無い。あるのは縁側だけだ。


「おい、ふざけてっと、ぶっ殺すぞ」


 豚が足立をひねり上げる。


「う、う、う、嘘じゃ無い……あそこだ」


 足立は庭を指さした。俺たちはやっと気付いた。豚が足立を殴る。


「てめえ、埋めたってのか」


 豚が足立を投げ捨てるように放し、庭に走った。見ると、庭の一部に掘り返した後があった。


「生き返るのに、土の中ってんじゃ、あいつも可哀想だな」


 手足の震えは止まっていた。近くにあったスコップで、慎重に土を掘り返す。途中でエンジェルの体を傷つけないためだ。


 しかし、少し掘ってみてもエンジェルの体が出てくる気配はなかった。


「おい、本当にここに埋めたんだろうな」


 豚がしびれを切らして叫んだ。


 そのとき、俺のスコップの先に想像していなかった感触があった。


「何か埋まってる」


「お、やっとか」


 手で掘ってみると、壺だった。


「壺だあ?」


 古い、漬物でも入っていそうな壺だった。


「おいおい、まさか、ミンチにでもしたんじゃねえだろうな」


 慌てて壺にはまっている栓を抜くと、異臭が漏れ出した。


 腕だった。エンジェルの腕が入っていた。切断面は荒く、肉を削り取ったような跡がある。骨は何度ものこぎりを当てた跡があった。エンジェルや柊がする『掃除』とは全く違って素人の仕事だというのが見て取れた。だが当然だ。普通の人間は、人間のばらし方なんて知らない。これでも、まだ上手くやっている方だ。


「何だってんだ、畜生」


 豚が家に上がっていって、腰を抜かしている足立を締め上げた。


「バラバラにして……壺に入れたってか?」


「やめろ」


 再び殴り始めた豚を、羽交い締めにして止めた。


「俺たちが言っても、説得力が無いだろう。俺たちがやってきたことだって……」


 因果応報だ。


 豚は乱暴に俺を振り払うと、再び地面を掘り始めた。


「早く助けてやらねえと」


 まるで独り言のように、そう何度も呟いた。




 地面から出てきたのは、古い壺や、瓶(かめ)のようなものだった。予想よりも多く出てきた。


 神話や民話に出てくる悪霊退治みたいだと思った。ああいう類いの物は作り話だと思っていたが、もしかしたら本当に、再生の才能を持つ人間が昔からいて、それを悪魔に見立てて退治していたのかも知れない。


「一体、何人殺したんだ?」


「ふ、ふ、二人だ」


 足立が口の端に泡を吹きながら言う。栓を開けると、体の一部や内臓が出てきた。明らかにエンジェルでは無いものもある。


「あ……」


 俺が開けた壺に、エンジェルの頭部が入っていた。目玉がくりぬかれ、瞼と唇は縫い合わされていた。耳も削ぎ落とされている。それよりも驚いたのは、首から皮膚組織が伸び、壺と癒着していることだった。心臓もない、呼吸も出来ないのに縫い合わされた瞼や唇が震えている。


「生きているのか……」


「何てむごい……」


「ま、魔女だぞ。化け物だ。それくらいしないと、また生き返ってきてしまう」


 足立が言う。俺は静かに壺を下ろし、足立を殴った。いくらやっても仕方が無い、わかっていたが体は止められなかった。


「それ以上やったら死んじまうぞ」


 先程とは逆に、豚に止められる。


「殺させてくれ。殺させてくれ」


 豚の巨体を引きずって、俺は足立に近付いた。どうしても殺さなければ気が治まらなかった。


「お前に子供はいるか」


 足立に問いかける。彼は小刻みに首を振った。


「じゃあ覚えておけ。子供が怪我をしたら、親はその十倍痛いんだ!」


 足立に手を延ばす。爪が畳をこすった。力が入りすぎて、爪が取れて飛んでいった。それでも、その程度の痛み、何てことは無かった。エンジェルが味わわされた痛みに比べれば、そんなもの屁でもない。


「エンジェル……」


 俺はエンジェルの頭部が入った壺を抱きかかえた。他の部分はくっつけて、畳の上に並べる。壺の中の髪の毛を撫でながら、彼女の体から新しい首が生えてくるのを待った。


 豚が俺の肩に手を置く。振り返ると、豚は今まで見たことも無いくらい、哀しい顔で首を振った。


「何だ?」


「今まで、こんなに時間がかかったことは無かった」


 気がつくと、完全に日が落ちていた。かなり長い時間、俺はエンジェルに寄り添っていたらしい。エンジェルの様子は、最初と全く変わっていなかった。再生の兆候は、少しも見られない。


「きっと、今回は時間がかかるんだ」


 俺は再び彼女の髪の毛をなで始める。


「ひ、ひひひっ、成功だ! 魔女の討伐は成功だ!」


 足立が狂ったように笑った。豚が殴って黙らせる。それでも、足立は笑うのをやめなかった。


「エンジェルを返せええええ」


 突然、美々の叫び声が聞こえた。彼女は足立に走り寄り、手に持っていた包丁で彼を刺した。


「おい、お嬢ちゃん」


 豚が止める。しかし、美々は包丁を振り回して彼を遠ざけた。


「こいつを殺すのは賛成だがよお……」


 豚の話には耳を貸さず、彼女は足立にもう一度、包丁を突き立てた。だが、片手が使えない状態では、刃は深く刺さらなかった。人間の肉は思いの外強い。


 包丁が肉体に刺さって抜けなくなった。美々が焦って引き抜こうとするが、足立がその手を押さえた。突然豚が、足立の体に突き刺さった包丁を足で踏み、押し込んだ。刃が深く潜り込む。肋骨の間をすり抜けて、内臓に達したのだろう。足立は血の混じった泡を吹いて絶命した。生臭ささが、風にのって鼻を突く。


 俺はそれを見ていたが、どうでも良かった。今は、エンジェルがいつ再生してくれるのかということだけが、頭を占めていた。


 美々がエンジェルの手を握って泣き出した。それを見たら、俺も涙が溢れてきた。


「なあ、エンジェル。お前に妹が出来るんだ。想像できるか? きっと楽しいぞ。俺たち、家族になるんだ。普通の家族になって、普通の人生を生きよう。もう、血生臭い仕事なんてしなくて良いんだ。いつまでも、家族三人で楽しく暮らそう。ずっとだ。約束するよ。ずっと一緒にいような」


 俺には見える。三人で生活する情景が。千佳はきっと、エンジェルとも仲良くなれるだろう。エンジェルは人見知りだから、最初は戸惑うかも知れないが、きっと仲良くできるはずだ。


「なあ、エンジェル」


 まだ、エンジェルの体は冷たいままだ。壺の中のエンジェルは、まだ微かに震えている。


 そうか、こっちの頭部がまだ動いているから、新しい首が生えてこないのかもしれない。


 俺は庭にあったハンマーを思い切り壺に向かって振り下ろした。一度目は、壺が割れる。


「エンジェル、またすぐに会えるからな。少しの辛抱だぞ」


 もう一度、ハンマーを振り下ろす。今度は、確実に肉と骨の砕ける感触がした。エンジェルだったものは、髪の毛と、皮膚と肉に成り下がった。


 涙はもう湧いてこなかった。代わりに、笑いがこみ上げてきた。夜の闇に、俺の笑い声だけが響いた。夜の帳が震えている。


 それから、どれだけ時間が経ったろう。


 いつまでも、いつまでもエンジェルは再生しなかった。

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