第22話



「見ていたぞ。柊の連れだろう」


 男はこちらに銃を向けた。


「お、俺は組の人間じゃ……」


「うるっせえ」


 男は発砲した。幸い、弾は壁にめり込んだだけだった。


「発言して良いのは俺だけだ」


 男が部屋に入ってきた。


「おいおい、この店じゃあ、こんなガキまで接客してくれるってのかよう」


 男が千佳を見て言った。先程キャストの子の服を借り、メイクして遊んでいたせいか、キャストに見えなくも無い。それでも、どう見たって子供だ。


「この子は関係無い」


 再び、男が発砲した。


「おーっと、馬鹿が一人ぃー。発言するなと言ったはずだけどなあ」


 ホールの方から、人のうめき声が聞こえた。柊だ。太った方の犯人に殴られているのだ。


「俺の分もとっとけよ」


 男は振り返ってホールに声を掛ける。


「ちっ、柊の野郎がよう。俺たちをこんなにしちまったってのに、自分だけ良い思いしやがって。おい、お前こっち来い」


 男が千佳の手を引っ張る。しかし、俺は彼女を放さない。


「おい、放せ」


 男が俺の頭に銃を向ける。しかし、俺は怯まなかった。きっと、俺の死なない才能とやらはこの時のために与えられたものだったのだ。今、この手を放してしまったら、あの時と同じになる。もう二度と、この手を放したくない。この手を放したら、俺の心まで放してしまう気がする。


「放せってんだよ!」


 男が銃の底で俺の頭を殴った。目の前に火花が散ったが、それでも俺は彼女を放さなかった。


「お父さん怖い……」


 千佳が涙を浮かべた。


「おい、発言するなと言ったはずだぜ」


 男が千佳の頭に銃を向けた。千佳は声を上げて泣き出した。


「やめろ。撃つなら俺を撃て。この子はまだ子供なんだ」


「黙ってろって言っただろ」


 男が俺の方へ銃を向けた。


 そのとき、店の入り口から人の声がした。柊の援軍だ。


 男は舌打ちして、ホールの方に転がっていた柊に銃を向けた。


「おい、こいつがどうなっても良いのかよ」


 柊の顔はボコボコに腫れ上がっていた。いつの間にか、太った男は消えていた。柊は死んでいるかと思ったが、呼吸をしているようだった。


 援軍は十人ほどいた。それぞれが銃を構え、少しずつ近付いてくる。


「撃て」


 柊が言った。援軍が顔を見合わせる。


「馬鹿野郎、俺が撃てって言ってんだ。撃て!」


 ワンテンポ置いて、彼らは一斉に犯人に向かって発砲した。犯人は撃たれた反動でVIPルームの中に転がり込んできた。


「く……そ……」


 男は憎しみのこもった目で、こちらを見た。俺は千佳を抱え込み、犯人から隠すように背を向けた。


 犯人は銃を握っていたが、結局事切れる間に撃つことは無かった。もう片方の手は服の下に入れたままだった。何かを取り出そうとしたのだろうか。


 ホッとしたと同時に、柊のことが頭を過ぎった。


「痛いよ」


 千佳が呟く。俺は彼女を抱くのに力を入れすぎてしまっていたらしい。同じことをエンジェルに言われたことを思いだした。


 部屋の外では柊の部下達が、柊に向かって何か叫んでいた。


 俺は安堵の息をついた。柊が死んでしまったことは哀しいが、千佳が無事だったのは不幸中の幸いだった。


 千佳は犯人が死んだことを知ると、涙を拭き、気丈にも犯人の亡骸を蹴り始めた。


「おい、やめろ」


 言っても、彼女はやめなかった。


「こんにゃろ」


 千佳が男を蹴ると、男の手が服の下から落ちた。手に握られていたのは、手榴弾だった。彼は最初から心中するつもりだったのだ。


 やばい——俺は彼女に駆け寄ろうとしたが、急に緊張が解けたので、体が上手く動かなかった。


 千佳はそれが何かわからなかったのか、それを拾い上げようとした。


 無情にも、千佳はもろに爆発を食らって吹っ飛んだ。


 皮肉なことに、千佳が爆発に近いところにいたせいか、俺は火傷と怪我を負っただけで済んだ。爆弾そのものに威力が無かったようだ。しかし、千佳はボロぞうきんのように宙を舞い、頭の一部が吹き飛び、焼けただれた顔はもはや、彼女とは判別がつかないほどだった。


 俺は声を上げて泣いた。俺の叫びを聞いて、柊の部下がやってきた。千佳の様子を見て、首を振る。しかし、俺は納得できず、救急車を呼べと叫んだ。


 どれくらいそうしていただろう。ずっと抱きかかえていた千佳の様子がおかしいことに気付いた。見ると、エンジェルと同様に、皮膚の一部が盛り上がり始めている。


 もしや……。


 あのおぞましい才能が、彼女にもあるというのか。あれが千佳に備わっているという事実は俺を恐怖させたが、同時に期待も抱かせた。


 生き返るかも知れない。


 俺は元々の彼女の服と共に、急いで彼女を抱えて外へ飛びだした。柊の部下は俺を止めなかった。気が狂ったと思っただろう。もしくは、俺のことなんてどうでも良かったのかも知れない。


 急いでタクシーを拾う。彼女には俺の服を掛けてあった。タクシーに俺の部屋の住所を告げる。運転手は訝しげにこちらを見たが、何も言っては来なかった。


 部屋につくと、急いで彼女を布団に寝かせた。この時には、すでに頭の形は出来かけていた。


 ここでようやく、俺は少しだけ冷静になることが出来た。


 この才能は遺伝するのだろうか。だとしたら、エンジェルは俺の子供? そんなはずは無い。彼女の親は——父親はいない、母親は死んでいる。まさかあの時の。年齢的には合っている。だが、あの動画の男はどうだ。そんな子供を持った覚えは無い。


 確かめに行かねばならない。


 しかし、今夜は無理だろう。彼女の様子を見ていなくはならない。


 エンジェルが、何故あんなに俺を慕っていたのかわかった。俺が父親であることを、本能が察知して、親しみを抱いたのだ。本人はそれを恋だと勘違いしたようだが。


 しばらくすると、彼女は目を覚ました。再生は速かった。


 目が覚めると、彼女はキャバクラに行った辺りからの記憶を失っていた。俺もあえて説明しなかった。眠ってしまったのだと言った。


「お父さん、勝手に私の服脱がしたの」


 彼女は怒った。確かに俺は彼女の服を脱がして、ゴミ袋に入れた。何せ、下着まで真っ黒に焦げていたのだ。俺のパンツをはかせ、元々の服を着せた。


 彼女は烈火の如く怒った。


「信じられない。変態」


 それから、口を利いてくれなくなった。それでも良かった。余計なことを言って、記憶を蘇らせては困る。絶対に、あんなことを思い出させてはならないのだ。


 俺が何でも好きな服を買ってやることを約束すると、彼女は少し機嫌をよくした。


 今日は千佳と一緒にいてやらなくては。もし、思い出してしまったら、彼女はパニックになってしまうだろう。エンジェルに話を聞くのは明日でも良い。今日は彼女と一緒に……。




 翌朝になっても、千佳は昨夜のことを思い出していないようだった。また柊と遊びたいなんて言って、楽しそうに昨日のことを話した。柊の名前を聞くと、少し涙ぐんでしまう。年の所為だろうか。


「今日はどうするんだ? 帰らなくて良いのか?」


「帰って欲しいの?」


「いや……お母さんが心配するだろう」


「しないよ……あの人は」


 千佳の楽しげな表情に陰が差した。


「どうした?」


 千佳は首を振るばかりだった。


 柊だったら、もっと上手く話を聞けるのだろうか。自分の不甲斐なさに腹が立つ。


「じゃあ、今日はどこかに遊びに行こうか」


 千佳の顔がパッと輝いた。彼女が笑うと、俺も自然と笑顔になる。


「その前に、約束果たして貰わなくっちゃね」

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