第27話 【魔界編】元太公、ガルマン=ラビュラレーダ

魔界神歴20594年(創世歴2439年)

元、イゼルデラス魔州、第五世太公ガルマン=ラビュラレーダ著、『魔人、異界より降臨す』その4



『モザリアーク皇国』の皇帝ジャルダン=ゴルメスが倒された事により、。『ドメラカル皇国』のザーラアル=ケンペルトはいきなり窮地に陥っていた。“杜の里”の大軍が押し寄せて来ただけでなく、【樹皇龍タナトス】までがやって来ていたからである。しかも、『モザリアーク皇国』のジャルダンが倒されたと言う報告が入る前だった為に、対応が完全に後手に回った事も窮地に追い込まれた一因である。

【樹皇龍タナトス】は予めドメラカルの地に根を張り巡らせて、急ぎ“杜の里”の大軍を迎え討とうとした『ドメラカル皇国軍』を、その地下から攻撃して敵を次々と殲滅していった。そのお陰で殆ど削られる事がなかった“杜の里”の大軍が、次々と主要都市を制圧して行き、ひと月もしない内に『ドメラカル皇国』の皇国府マリユアリに押し寄せた。

ザーラアルは皇国府マリユアリに迫った“杜の里”の大軍を大規模魔法を撃って全滅させようとしたが、【樹皇龍タナトス】の防御壁に阻まれて、“杜の里”の大軍を全く削る事が出来ず、そのままもつれ込んだ攻城戦も半日も持たずに大軍の侵入を許してしまった。そのまま皇国府は大軍に飲み込まれ、ザーラアルは近衛軍を連れて撤退せざるを得なかった。

【樹皇龍タナトス】は更に根を張り巡らし続けながらザーラアルを追跡した。主要な逃げ場を【樹皇龍タナトス】に潰されながらも、ザーラアルは追跡を逃れていたが、遂に【樹皇龍タナトス】が罠を張っていた領府イゼルダカンに追い込まれた。

イゼルダカンで【樹皇龍タナトス】と相対したザーラアルは街が全滅する程の抵抗を見せたが、十日目に【樹皇龍タナトス】に倒されて、その身は【樹皇龍タナトス】に吸収されたという。



『ハードリュ皇国』の皇帝アルド=ライルカールはこの事態を高みの見物とばかりに傍観していたのだが、二国が敗れ去り滅亡したと知ると、直ぐに私達に使者を立てて不可侵の条約締結に動き出した。

此方は全て【魔人】ザイードに任せると言う事で一切の交渉はしなかった。

そして【魔人】ザイードは使者に「不可侵条約の締結をしたいならさー、締結したいって一番偉い人が来ないと此方はやらないよー。いつまでも来ないなら全軍で総攻撃かけるから、早めに来るのをお勧めするよー」と言って応じなかった。使者が色々と粘って来ようとしたが、戻って来ていた【樹皇龍タナトス】が一声威嚇すると逃げるように帰って行った。


「アハハ、【タナトス】くんやり過ぎー」


などと軽口を叩きながら【魔人】ザイードはとにかくご機嫌だった。


「向こうの出方を何日くらい待ちますか?」


「そーだねー、まあ、ひと月は待ってあげても良いかなー。こっちはもう直ぐに農地を整備しちゃうし、国の皆んなには食糧を回しちゃうからねー」


「そ、それでは此方の食糧が無くなってしまいませんか?」


「二十日もあれば農地から食糧確保出来るから平気かなー。それに皇国の備蓄から先に向こうの軍師くんに出してもらうから問題無いと思うよー」


向こうの軍師と言うのは『モザリアーク皇国』ジャルダンの側近だったモンリュートという者である。平民出身だった彼は戦略立案や政治経済が全く出来ないジャルダンに変わって、全ての事を取り仕切っていた傑物である。

戦闘では毎回ジャルダンが先陣切って勝手に動く為、それを見ながら臨機応変に効率良く軍を動かして居たのだからとんでも無い能力の持ち主である。ジャルダンが【魔人】ザイードに敗北した際も一切抵抗はせずに自らの命と引き換えに、部下や民全員の命の保障の嘆願をしたのだと言う。その潔さを気に入った事と部下の魔将達からの嘆願もあり、命を取らなかったという。【魔人】ザイードの話ではモンリュート自身の武力はかなり高いのだと言っていたし、私が会った時もその様に感じた。


そして、【魔人】ザイードは私にこう言ったのだ。


「それに奴等には色々と解らせないといけない事があるからねー。アハハ」


十日も経った頃、『ハードリュ皇国』から先触れがやって来て「十日後にアルド=ライルカール皇帝陛下が此方に赴きます」との事であった。そこで準備をする訳なのだが、【魔人】ザイードは迎え入れる為の準備を全く行わない。

その内、皇帝アルド=ライルカールは到着して会見を申し込んで来た。その時初めて“杜の里”の魔将が出て来て「【魔人】ザイード様は戦敗国の視察に回っており、今は留守にしている。2、3日待たれよ」と言い出した。コレには先触れで来たバードリュの魔将が怒り出した。しかし、“杜の里”の魔将は涼しい顔でその先触れの魔将に「そもそも此方が不可侵条約を結びたいと言った訳ではない。其方が本気で締結したいのならば待つと良かろう。もし、気が変わったのであれば【魔人】ザイード様には私からお伝えして置く」と言い放った。先触れの魔将は怒り狂って“杜の里”の魔将に手を出そうとしたその時、【樹皇龍タナトス】の“龍圧”が飛んで来た。

その“龍圧”で先触れの魔将が倒れた。


その“龍圧”に驚いた『ハードリュ皇国』の一行は慌てて街の外まで出てしまった。


その後“杜の里”の魔将が先触れの魔将を担いで、皇帝陛下一行の所まで向かい、あらためて説明をして、先触れの魔将が手を出そうとした所までを話した。

此処まで来ると皇帝アルド=ライルカールも【魔人】ザイードの考えを流石に理解した。つまり、【魔人】ザイードは皇帝アルドに『対等だと思うなよ?』とあからさまに言っている事に…いつでも潰せるんだぞと脅している事に。


部下達は怒り狂って戦う事を進言したが、アルド=ライルカールは【魔人】ザイードが来るまで待つ事を選択した。彼は【魔人】との不可侵条約を締結するのに敢えて対等である事を演出しようとした。しかし、その姑息な考えを【魔人】は判っていて、使者も追い返したし、直々に来ても待たせる真似までした。あの二国を簡単に潰した力もあり、交渉毎でも全く此方のペースにならない。器の違いに気付いたのは長年の勘というものが働いたからであろう。

でも、その判断は正しかった…何故ならもう既に【樹皇龍タナトス】の根は『ハードリュ皇国』の殆どに張られていたのだから…。

そして2日後、戻って来た【魔人】ザイードはこう言った。


「へぇ、待ってたんだ。思ってた以上に思慮深いねー。アハハ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る