第25話 【魔界編】元太公、ガルマン=ラビュラレーダ

魔界神歴20594年(創世歴2439年)

元、イゼルデラス魔州、第五世太公ガルマン=ラビュラレーダ著、『魔人、異界より降臨す』その2




私は“北の魔大陸”からな脅威に熟考した結果、【魔人】を頼る事にした。私には“北の魔大陸”の脅威に耐えきれないからである。本来なら私は太公などになれる器では無い。先代の太公が急死し、跡継ぎの弟はまだ幼かった為に暫定的措置で太公となっただけなのだ。この件を【魔人】に手紙を送り、会談の日程を詰めようと思っていたのだが、驚いた事に【魔人】は自らイゼルデラス魔州にやって来てしまった。しかも、噂に聞いた通り空を飛んで…それは恐ろしい程の速さで。太公殿にて急遽会談が行われる事になってしまった。

やって来た【魔人】は噂通りに子供の様な姿で、やはり魔力量は少なく見える。太公殿の外で待っている【樹皇龍タナトス】の方が恐ろしい程の魔力量である。


「手紙にも書いた通り、“北の魔大陸”から此方への侵攻は時間の問題であり、是非とも【魔人】殿に御助力願いたい」


「あー、ボクのことはザイードと呼んでねー。助力は構わないけど、その助力への対価は?」


「…私の命で如何だろうか?」


「ほう!そう来たか。しかし太公自らが命を差し出すとなれば配下の者達が黙って無いんじゃない?」


「太公は私の弟に譲る。そもそも私の弟が先代の後継だったのでな」


「あー、そういう事かー。だからキミより魔力量の多い者が離れにいる訳なー」


私は驚いた。万が一の事を考え、弟にはいつでも逃げられる様、離れに避難させていたからだ。魔力感知を妨害する魔導具を持たせていたのに。


「いやいや、それなら合点がいく。【タナトス】くんが外で睨みを効かせてるのは、離れを警戒したからなのさー。まあ、ボクは如何でも良かったんだけどねー。アハハ」


「そうでしたか…流石は【南公】を葬っただけはある。魔力感知の精度が高い」


「あー、あの爺ちゃんねー。本当は直ぐにでも倒せたんだけどさー、随分と魔力量に自信があったみたいだからお付き合いで魔力量比べをしてやったんだ。でも、二十日も持たなくてさー、爺ちゃんコッソリとマナポーション飲んでたからねー。笑っちゃうよねー、アハハ!」


衝撃の事実だった。いつでも倒せる【南公】を、彼が絶対的に自信のある魔力量比べを態々付き合って、その上で【南公】を降していたのだ。


「まあ、あの程度の魔力量じゃあ【タナトス】くんにも及ばないしねー」


「失礼を承知で聞くのだが…ま、いや、ザイード殿の魔力量は然程多く見えないのだが?」


「あー、ボクは相手に自分の情報を与えるほどお人好しじゃ無いからねー。この姿も然り、魔力量も然り。逆に魔力量を相手に教えて何が楽しいのやら分からないよねー」


成る程…思っていたよりずっと狡猾で用心深い。改めて【魔人】の恐ろしさを認識した。


「さて、キミの申し出は受けるけど、弟くんに太公を継がせるのはまだ待った方が良いねー。あの魔力では未だ無理だよー」


「弟はまだ幼いですが、魔力量は全く問題は無いかと…」


「あー、魔力量は問題無いのだけど、魔力制御がダメダメだねー。幼くして強大な魔力量を持っていると良くある事なんだけど、魔力を体外に出す為の魔経が細過ぎるから魔力詰まりを起こしやすいんだよねー。だから弟くんは魔経を太くする訓練が必要なのさー」


「そ、そんな事が…確かに弟は上手く魔法を扱えないが…年齢を重ねる内に問題無くなるかと…」


「それは逆だよー、今のうちに矯正しないと後からの方が大変なんだよー」


「それは…しかし…訓練と言っても…」


「あー、それならボクがやってあげよう。キミは自分の命を賭けたんだからねー、コチラもその位はお安い御用さー。ボクも幼少期に師匠にやってもらったからねー」


そう言うと【魔人】は弟に会いに行き、そのまま魔経を広げる訓練を行った。最初は弟も苦労していた様だが、慣れるにつれて魔法の扱いが段違いに上手になって来た。土属性にも資質のある弟は【魔人】に土魔法の手解きまで受けていた。他にも“纏い”と呼ばれる身体強化の一種のやり方も教えて貰った様だ。


こうして、ひと月程を弟の修行に充てている最中【魔人】は“北の魔大陸”について質問をして来た。


現在の“北の魔大陸”は『ハードリュ皇国』『モザリアーク皇国』『ドメラカル皇国』の三つの皇国に分かれており、それらをまとめて“北の三皇”と呼ばれている。元来は『ツガーラ帝国』という一国が支配していたが、四百年ほど前に国が無数に分かれて五十年ほどで現在の三国になっている。


『ハードリュ皇国』の皇帝はアルド=ライルカールといい、この男こそツガーラ滅亡の立役者である。当初はツガーラ帝国の大帝崩御時、大帝の弟に継がせる筈だったのを、宰相だったアルドが嫡男に継がせようと動いた事で混乱が起きた。それがきっかけで暗殺に次ぐ暗殺により、遂には大帝の血筋が絶えてしまったのだ。

アルドは最初からこの混乱を狙っていたと言われている。


『モザリアーク皇国』の皇帝はジャルダン=ゴルメスといい、ツガーラ帝国の将軍だった男である。その武力は北の魔大陸随一と言われ、何度も南の魔大陸に侵攻して来た。イゼルデラス魔州の先代太公が急死したのはジャルダンに敗北した際の傷が元である。但し、このジャルダンという者は頭が極端に悪く、戦う以外は何もやらないし、興味が無い。侵攻の際も暴れるだけ暴れ、満足するとそのまま勝手に帰ってしまった。その為に侵攻は失敗したと言われている。現在は腹心の軍師がおり、その者のお陰で国が保たれている。


『ドメラカル皇国』の皇帝はザーラアル=ケンペルトといい、ツガーラ帝国の帝国筆頭魔導師だった女で大帝の魔法指南役を兼務していた。冷静沈着で計算高く『奸計の魔女』と恐れられている。

そして、この魔女こそが今回の“北の魔大陸”侵攻の中心人物である。


「なるほどなるほど、じゃあその魔女とやらが今回の首謀者なのだねー」


そして【魔人】は楽しそうにこう言った。


「じゃあ、何奴からぶん殴りに行こうかなあー」

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