第24話 【魔界編】元太公、ガルマン=ラビュラレーダ

魔界神歴20594年(創世歴2439年)

元、イゼルデラス魔州、第五世太公ガルマン=ラビュラレーダ著、『魔人、異界より降臨す』その1



異界より、あの【魔人】と呼ばれるハイエルフが出現してもう200年…魔界を二分する“南の魔大陸”の様相は激変した。長きに渡り八つの魔州で分けられていたこの大陸も、二つの魔州が魔人に侵略され、ザラキュラム太公家が支配するゴルドデラス魔州とヌラーハル太公家が支配するマヤヌデラス魔州が魔人の支配下となり、歴史ある両家は滅亡した。


事の発端はゴルドデラス魔州の山岳部に“異界の亀裂”が出現、其処からザラキュラム太公家、第八世太公バラハン=ザラキュラムが異界侵攻を開始した事であった。

その侵攻軍を異界内で全滅させ、この魔界にも名が知られている古龍【樹皇龍タナトス】を率いて、“異界の亀裂から現れたのがあの魔人である。まるで子供の様な姿をしたそのハイエルフである魔人は、異界に乗り込もうとしていた太公バラハン=ザラキュラムと激しい戦闘となった。三日三晩続き、戦闘が行われた土地の様相が激変したとされるその戦いで、太公バラハン=ザラキュラムは魔人の土魔法で串刺しとなり討死した。

その戦いの最中、【樹皇龍タナトス】は二人の戦いには全く介入せず、割って入ろうとした近衛達やゴルドデラス魔軍のみと戦闘し、此れを全て殲滅した。その後、魔人と【樹皇龍タナトス】は僅か一年足らずでゴルドデラス魔州の全土を完全に制圧し、魔州の名前を“杜の里”と改変して支配下に置いた。その一年間でゴルドデラス魔軍の名だたる魔将達が、魔人に戦いを挑んだが、全員敗れてその何名かは魔人の配下となった。


その混乱に乗じてゴルドデラス魔州の切り取りを狙ったのがマヤヌデラス魔州の太公、ジルフラ=ヌラーハルである。ヌラーハル家を一代で興した太公ジルフラは“南の魔大陸”の中でも一番の高齢で最大の魔力量を誇り、その強さから“北の魔大陸”の者達から【南公】と呼ばれ、この魔界でも一目置かれる存在だった。

その【南公】ジルフラ=ヌラーハルが魔人と直接に相対したのは、魔人が出現してから約五十年後の事である。

【魔人】と【南公】ジルフラ=ヌラーハルの激しい戦いは、全く休み無しで何と二十一日間も行われた。その激しさにより二十キロ四方が別世界の様になってしまったと言う。

更に驚いた事はその戦いで【南公】ジルフラ=ヌラーハルがまさかの魔力枯渇を起こして破れ去るという衝撃的な敗北を喫した。その魔力量が“底無し”として知られていた【南公】がまさかの魔力枯渇で負けた事は“南の魔大陸”だけでなく“北の魔大陸”にまで衝撃を持って報じられた。しかもその戦いでも、古龍【樹皇龍タナトス】は一切介入せずに、他の者達を殲滅していたという。

この戦いの後、この侵略者であるハイエルフは【魔人】と言う名で呼ばれる様になった。

【南公】の部下であるマヤヌデラス魔軍の魔将達も次々と【魔人】に戦いを挑んだが、【南公】ジルフラ=ヌラーハルとの戦い終えたばかりの【魔人】に全く歯が立たなかったという。つまりはこの【魔人】は【南公】よりも魔力量が遥かに多いという事に他ならない。しかしながら相対した魔将の全員が『【魔人】の魔力量は自分よりも少なく見えた』との言葉を残しており、此れが更に【魔人】の魔力量の異常さや底無し感を際立たせる事となった。

この戦いからやはり一年程度でマヤヌデラス魔州の全ては【魔人】の支配下に置かれる事になった。


その後、各魔州の太公達は【魔人】の支配下となった二つの魔州には不可侵とする事を暗黙の了解とした。二つの魔州は【魔人】と不可侵条約を直接取り付けたという。

何故なら【魔人】の方からは他の魔州に対して積極的な侵略が全く行われなかった為である。では、何故【魔人】側からの侵略が行われなかったのかというと、【魔人】の支配地域『杜の里』は野菜栽培が大規模に行われている事が原因だと言われている。

この魔界は魔素の濃度が異常に濃い。その為に食物の栽培出来る場所が非常に少ない。その少ない栽培場所を得る為に戦いが起こるのだ。その戦いが永く続いた事と魔素の濃度による生物としての進化により魔族の強さが上がった事で完全な弱肉強食の世界となったのである。

しかしながら【魔人】の支配地域『杜の里』はどういう訳か食物…特に野菜栽培が何処でも行われている。しかも栽培された野菜は他のどの地域よりも大きく美味しいのだ。それが大量に支配地域内で流通している為、支配地域『杜の里』では食糧不足が起こらない。その為に他の地域の栽培場所を切り取る必要性が無いらしい。それどころか『杜の里』からの余剰分が周辺の魔州に大量に流れて来ており、それにより自然と流通が行われる様になった事で、二百年もの間、他の州とのいざこざも起きず安定しているのだ。

この野菜類の流通が行われる様になった結果、“南の魔大陸”において、ここ二百年は他の五つの魔州との大きな戦いどころか小競り合いも起こってはいない。【魔人】の支配地域となったゴルドデラス魔州と【南公】のマヤヌデラス魔州の地域が他の六つの魔州と接しているので、全ての魔州に野菜類が流通するのも各地の安定に貢献しているのだろう。


この“南の魔大陸”の激変による安定は、“北の魔大陸”に南方侵略の高まりを生んでしまった。

そして、その最前線になりそうなのは、タレソン連峰で隔たれてはいるが、“北の魔大陸”と接している我がイゼルデラス州なのである。

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