第23話 元騎士団副隊長ウォーレン=ミューゼ

創世歴2164年

元ヒューランド王国、第三騎士団副隊長ウォーレン=ミューゼ著、『ヤルクロイ渓谷における“次元の裂け目”調査団回顧録』その2



そして我々はヤルクロイ渓谷に到着した。

此処に着く手前から魔素の濃度が分かるほど濃くなってた。そして遠くに見える“次元の裂け目”を見て更なる絶望感に支配される。裂け目は恐ろしく大きくなっており、向こう側が透けて見える程である。更に恐らくは魔族の先発隊らしき者達がかなりの人数で陣を構えている。

コレでは“次元の裂け目”に結界は張れない。全ては完全に後手に回ってしまったのだ。騎士団を呼んでももう既に遅く、結界も張る事も出来ない…完全に手詰まりである。


「う、ウォーレン様…アレでは…」


「旦那、ありゃあマズイですぜ…人数が足りな過ぎる」


撤退もやむなし…と思っていた我々の耳に思ってもみない言葉が聞こえてくる。


「あー、思ってたより全然弱っちいなー。アレなら本気出さなくても平気だなー」


そのハイエルフは平然と言い放った。


「全く…とんだ見込み違いだねー。どうする?【タナトス】くん。魔族の“さんぷる”が欲しいんでしょ?あんな半端なヤツでも大丈夫?」


そう言うハイエルフの裾から無数の枝が出て来たと思ったら、大きな杖に変化する…持っているハイエルフの3倍の大きさはあろうかという杖の先端はドラゴンの顔の様だ。しかも…この杖の魔力量が半端無い。見てるだけで手が震えて来る。


《ゴオオオオ!!!!》


その杖ドラゴンから発せられた“威圧”で魔族の連中が慌てだしている。


《ガオオオオオオーーーーーン!!!!!》


その後の“威圧”…いや、此れは正しく“龍圧”である…しかも間違いなく高位のだ…。流石に此れには我々も膝をつく…あのハイエルフ以外は…だ。向けられた魔族はたまった物では無いだろう…殆どが気絶してる様である。


「おや?あの裂け目から何か飛んで来たねー。ちょっと揶揄って来るかなー」


そう言うと、ハイエルフは何か球体の様な物…魔導具なのか?それを出すと魔力を込める。すると球体から濃密な風魔法が循環する様に発せられた…するとハイエルフはそのままその上に飛び乗る。すると風魔法の循環が乗ったハイエルフに纏わりつく。その瞬間、ハイエルフは一気に飛んで行ってしまった…凄い速さである。そのまま裂け目から飛んで来た何か…魔物なのか魔族なのかは不明だが…それらを飛び回りながら次々と叩き落としている。


私達は夢でも見ているのではと思う様な展開になっていた。


そして、飛んで来た魔物を全て叩き落としたハイエルフは、地上に向けてデカい岩石を次々と落として魔族を制圧して行く。


「オイオイ…何なんだアイツは…」


隣にいた冒険者の言葉が今の我々が思っている事だ。何もかもが圧倒的である。コレならばこの絶望的だった状況がひっくり返る…と思われたその時、“次元の裂け目”からとんでもない魔力が流れて来た。


姿を見ただけで震えが止まらない…正しく災厄級の魔族が目の前の次元の裂け目に立っている。


するとさっきまで突き刺さっていたハイエルフの杖が、次元の裂け目に突っ込んで行った…今よりももっと大きな姿で…アレも災厄級の魔物なんじゃ無いか?


「あー、結構良さげなのが居るね!」


あの杖…いや、アレはドラゴンに間違いない。そのドラゴンの隣に降り立ったハイエルフは此方に向かって叫んだ。


「オッチャン!ボクたちが“次元の裂け目”を通り抜けたら、そのまま結界魔法で閉じてくれー」


私は力を振り絞って大声で叫ぶ。


「君はどうするんだ?!結界魔法を使ったらこの“次元の裂け目”は塞がってしまうのだぞ!」


するとハイエルフは微笑みながらこう言ったのだ。


「あー、ちょっと魔界を旅してくるよー。飽きたら戻って来るよー。ヒューに宜しく言っておいてねー!アハハ!」


そう言うと巨大な黒い腕が地上から生えて、“次元の裂け目”を殴り付けた。


《パリン!!》


“次元の裂け目”が割れてその中に入って行く、ドラゴンとハイエルフ。私はその場で結界魔法を掛ける。


そして…“次元の裂け目”は綺麗に消え失せた…あのハイエルフとドラゴンと共に…。



その後、私は王宮にて事件を報告し、そのまま騎士団を辞める事にした。宰相閣下からは考え直す様に言われたが、考えを変えるつもりは無かった。


「どうせ死ぬはずの命でしたから、自由に生きてみたくなりました」


そういうと宰相閣下は


「君が羨ましいよ…元気でな…」


と私の我儘を許してくれた。本当に感謝しかない。


私は冒険者ギルドに向かい、ギルドマスターのヒューリックに依頼の結果を報告した。


「…という訳だ。あのハイエルフはドラゴンらしき物と魔界に入ってしまったよ…」


するとヒューリックは笑いながらこう言ったのだ。


「フハハハ!やっぱりザイードは規格外だな!流石は森の守護者だけあるな!」


「森の守護者??それってあの物語の?」


「ああ、あの炎の悪魔ローレライを倒した伝説のハイエルフさ」


「そ、それは本当なのか??」


「ああ、間違い無い。それに君がドラゴンと言っていたのは“樹皇龍タナトス”…つまりエンシェントドラゴンさ」


私は絶句した。あのローレライを倒した伝説の森の守護者が“樹皇龍タナトス”を杖にしていた?そんな話があるのだろうか?


「まあ、簡単には信じられんだろうな…俺も聞いた時は驚いたもんだ。後はあの空飛ぶ魔導具な」


「それも知っていたのか…」


「ああ、ザイードは意外と酒好きでな。ヤツを飲みに誘っては色々な話を聞かせてもらったよ…楽しかったなぁ…まあ、ザイードも魔界ならば暫くは飽きる事も無いだろうさ」


「…魔界だぞ?もう戻って来れないだろう…」


「そいつはどうかな?まあ、俺達が生きてる間には戻って来れないかもだが、うん百年後には戻って来るんじゃ無いかな…『もう飽きた』とか言ってな。フハハハ」


こうして私は王国を離れ、自由気ままな旅を長い事続けた。

今はロザンド皇国の辺境の村でのんびり書物を記しながら暮らしている。



そして…魔界に行ったザイードの噂は、それ以来全く聞く事はなかった。


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