第22話 元騎士団副隊長ウォーレン=ミューゼ

創世歴2164年

元ヒューランド王国、第三騎士団副隊長ウォーレン=ミューゼ著、『ヤルクロイ渓谷における“次元の裂け目”調査団回顧録』その1



全く…この騎士団はどうかしている。

この国の存亡に関わる可能性が少しでも有りそうな事案に、騎士団を派遣しないというのだから…。この事案の危険性を正しく理解しているのは宰相のラディック閣下のみである。

閣下と私は動かない騎士団に見切りをつけて、金だけ出させる方向で動いた。その為に私の側近二人とその他は冒険者ギルドに依頼をかけた。相当な金額となった様だで騎士団大隊長から文句を言って来たが、『後は宰相閣下とお話下さい。予算はいくら使っても構わないと言われております』と突っぱねた。その後、宰相閣下に噛み付いたらしいが、理詰めで追い込まれて更に予算を分捕られたらしい。本当に馬…いや、利口では無い御方である。


今回、調査団を組む事になった切っ掛けは王国の南に位置するヤルクロイ渓谷に“次元の裂け目”らしきモノが出来ているとの報告を貰ったからである。過去、“次元の裂け目”は他国で大きなスタンピードを起こしたり、魔族の侵略などの起点になった事のある危険な事象である。その為に一刻も早い対応が必要だと起案したのだが、全ての騎士団から反対を受けたのだ。他国とは言え災厄級の事案だと、騎士団のもっと上の方々まで理解していないのには驚きを通り越して呆れてしまった。そこで一計を案じた宰相閣下が『調査団』の名目で一刻も早く現地に行かせる事を決断して下さったのだ。

私は冒険者ギルドのギルドマスターであるヒューリックに相談して、冒険者を30人ほどリストアップしてもらった。その殆どがシルバーかブロンズだが文句は言ってられない。最悪は命懸けで『結界』を張って増援を待つしか無い。


出発前日に冒険者達との顔合わせをする事になった。集まった冒険者はベテランが多く、今回の任務の危険性も理解してくれてる様で助かった…流石はヒューリックだ。

その中で1人だけ子供の様な冒険者が居た。ベテランの冒険者から小言を言われていたのだが…。


「この任務は危険だぞ!子供が行く様な依頼じゃないんだ!」


「あー、オッチャン、念の為言っておくけど、ボクはこの中の誰よりも歳は上だからねー」


そう言ってフードを取ると、長い耳が見えた。なるほど、エルフならば確かに年齢は遥かに上の可能性が高い。


「そんな軽装で…」


「ボクはマジックボックス持ちだから、多分役立つよー」


それを聞いてあの小さなエルフを面子に入れたヒューリックの意図を察した。彼は荷物持ちとして入れたのだな…と。


…だが、それは良い意味で裏切られる事となる。


翌日、出発の前にあの小さなエルフに補給物資を持ってもらう事となった。驚いた事にマジックボックスの容量がかなり大きいらしく、全ての物資を入れたのに「えー、もう終わりなのー?まだ、全然余裕だよー?」などと言っていた。予備の武具も入れたのでかなりの量だったのだが…。

また、この小さなエルフはヤルクロイ渓谷に行く途中、野営の際も30人丸ごと入る円形のドームを土魔法で作ってしまった。お陰で道中は見張りを立てずに快適に就寝出来た。しかも魔導具を使って風呂まで作ったのには全員が驚いていた。


「野営であろうと快適さは犠牲にしちゃあダメだよねー」


「いやいや、普通は此処までやらねーから…」


「オッチャン、今時そんな野営じゃ、身体壊すよー」


まあ、終始こんな感じである。しかし、彼のお陰で野営も苦にならなかったのは事実であった。


ヤルクロイ渓谷に入る前日は手前の村カラクで宿を取り、報告を上げてくれた地元の冒険者の話を聞いた。


「ありゃあ、マジでヤバいヤツですぜ…恐ろしい鳴き声やら魔素の濃さも異常ですからね…、直ぐに騎士団を派遣しねーととんでもない事になりやすぜ!」


魔素の濃度が分かるほど濃くなってるのは本当にマズい。つまりは“魔界”と繋がっている可能性が高いという事だ。私は直ぐに宰相閣下に手紙を書き、急ぎの便で送って貰った。…まあ、どちらにせよ騎士団の腰も重いし、その上の方々の脳天気具合も甚だしい…対応は間違いなく遅れるだろう。最悪、被害が出るのはこの国だけで済まないかも知れない。カラクの村長には「我々から連絡が6日無かったら直ぐに村を出ろ」と言っておいた。村長は「騎士団が来るまで…」と言っていたので、「いくら待っても君達が生きてる間には絶対来ない。もし来てるなら今この場に居るはずだ」と答えておいた。助言はしたので後の事は私の知る由のない事だ。最悪、私も死んでるだろうから、その時は死後の世界で会えるだろう。

翌日、村を出る際に何人かの村人が我々の逆方向に旅立って行った。少なくともあの者たちは今出ない村人達よりは長生き出来るだろう…。


カラクの村を出るときにあの小さなエルフが


「おー、魔素が濃いなー。こりゃあ祭りになるかもなー」


などと言っていた。魔素の濃度が分かったのだろうか?あの話は聞いていない筈だし、ヤルクロイ渓谷は此処から2日の位置だから離れ過ぎている。流石に気になったので聞いてみる。


「お前は魔素の濃さが此処で解るのか?」


「勿論だよー。ボクらハイエルフは長寿だし、森の魔素を感じながら生活しているからねー。長く生きてればその位は直ぐ解るよー」


この小さなエルフはハイエルフだったらしい。なるほどマジックボックスの量も桁違いな筈だ。だが、魔力感知では然程魔力量が多い感じは全くしなかったので、ハイエルフとは気が付かなかった。普通ならハイエルフの魔力量は膨大なので直ぐに解るのだが…。

そう考えるとこのハイエルフは何かおかしい。アレだけの荷物を載せても大丈夫だったし、毎回ドームを作っていた…30人も入る大きさだ。それを作っても平気な顔をしていた…どう考えても魔力量が合わない。何かしらの隠蔽魔法なのか?いや、それなら余計におかしい。私は“結界魔法”を扱う事から、魔力感知や魔力制御に関しての感度がこの王国一優れている。したがって隠蔽魔法なら感知出来ない筈はない。

私はこの違和感を感じたまま、ヤルクロイ渓谷に向かって行った。

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