【SFショートストーリー】千年紀の子供

藍埜佑(あいのたすく)

【SFショートストーリー】千年紀の子供

 私の名前はエヴァ。

 母星が地球から2000光年離れたブリーダ星であることを除けばごく普通の女だ。

 しかし、私の人生は特に女性らしく、自分が母であることもまるで意識しないものだった。

 ブリーダ星での私と子供の関係は"ブリーダーサイクル"と呼ばれ、地球の一般の女性が母親になるようなものではない。我々は子供を生まない。代りに、周りの素材(水や鉱物)を集めて光の力で「子供」を生み出す。あるいは情報と情報をかけ合わせて「子供」を生み出すこともある。

 だが、初めて地球を訪問した際に、私は新たな感情に目覚めた。私は地球人の母親とその子供の愛情溢れる関係に触れ、その瞬間、何かが自分の心に欠けていることに気付いてしまった。

 私は素材と光を使ってブリーダサイクルをやり遂げることと、地球の母親のように子を育てる事には根本的な違いあると感じ戸惑った。

 それから私は、人間的な情感に憧れ、試行錯誤を重ねた。自分を突き動かす衝動がなにかもわからないままに。

 私は古い地球の知識から、地球の母親が子供に施す愛情や肉体的な結びつき、感情的な繋がりが、ただ「産む」だけでなく、自分の肉体を経て「生み」「育てる」ことが「母親であること」を形作ると理解し始めた。

 母星に戻ることを選んだ私は、自分の次の子供を肉体的に「産む」と決定した。我々の肉体に生む機能はまだ残っていたが、それを実際に使用した者はここ千年いなかった。

 それは困難なことだったが、私は成し遂げた。引き寄せた素材と光だけでなく、感情と愛も注ぎ込んで。私の分身を。

 そして、初めて生まれた「子供」はやはり予想とは違う存在であった。物質と光で形成される通常のブリーダの子供とは違い、新たに生まれた子供は私……すなわちエヴァの愛と情緒を丸ごと具現化した存在だった。それは、大事にされ、愛されることでより生かされ、成長した。「母親」であることだけで、「子供」に与えられるものがあることを私自身が理解した瞬間だった。

 感情や愛は具体的な形状やマテリアルを持たないけれど、それを受け取る者にとっては絶対的に伝わるものがある、と実感した。素材と光だけでなく愛と感情を注ぎ込むことで、ブリーダの新しい伝統が開始され、それがブリーダ星での母親となった女性達に広がり始めた。 

 この私らしくない結末は、母星と地球の出会いが生み出した新たな進化だった。そしてこの新しい「子供」は、地球とブリーダ星の未来に決定的な変化を生み出すことになるのだが、それはまた別のお話。

 私は、今、ただただ私の「子供」が愛おしいだけ。


(了)

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【SFショートストーリー】千年紀の子供 藍埜佑(あいのたすく) @shirosagi_kurousagi

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