第4話 錯綜する記憶

 坂本が聞き出したヤマダの「約束をした」という記憶は、山本と林にとって想定以上の結果だった。やはり記憶の回復と並行する必要があると山本は確信した。


 ヤマダと約束をしていた人物が付近にいる可能性がある。その事実は聞き込みの大きな指針となった。そうして少しずつではあるがヤマダの行動が判明してきた。


「では整理していきましょう」

「頼む」


 ボードに貼ったメモを指差しながら林は説明を始める。


「事件発生前、ヤマダの足取りの証言は午前中に集中していました。最初に見つけた防犯カメラの映像のヤマダは、喫茶店に向かう途中でした」

「ヤマダは店に入った。そして店員にある事を告げる」

「はい。後から人が来るかもしれないとヤマダは店員に言ったそうです。その人物を仮にAとします」


 人間の絵にAと書き込まれたメモがボードに貼られた。そしてヤマダと接触の予定ありとも書き込まれる。


「その後ヤマダはコーヒーと、その店の目玉である旬のフルーツを使った巨大プレミアパフェを頼みます。そして…」

「待った待った。そこ重要か?」


 山本の指摘に林は声を荒らげた。


「重要ですよ!あの店のパフェに使われているフルーツは選びぬかれた名産の物を使っていて、生クリームやアイス、その他の材料もその時期その時期のフルーツと合うように…」

「もしかしてお前、行きつけか?」

「ええプライベートで!」


 林のプライベートにまで口を出すつもりはなかったが、話が逸れるので山本は林を窘めた。


「その話はまた後で聞くとするよ。続きだ、その後1時間程滞在したが、ヤマダの元にAは現れなかった」

「はい。どうやらギリギリまで待ったようです。ヤマダは店員に何度も待っても大丈夫かと確認をしていました」


 ボードの喫茶店の横にAとバツマークが書き込まれた。長時間粘って待ったということはヤマダの言う大切な約束という証言にも信憑性がありそうだと山本は考えた。


「約束していたAが現れなかったので、ヤマダは諦めて店を出たようです。その後周辺をウロウロと歩く姿が監視カメラの映像に映っているので、待ち合わせ場所はこの近辺で間違いなさそうですね」

「ヤマダは約束をすっぽかされたという事になるな」

「それを裏付けるような証言もあります」


 林がまたボードに目撃証言のメモを貼り付ける、電話をしている姿を目撃されたヤマダについての証言だった。


「ヤマダはその後歩きながら何者かに連絡を取っていたようです。その際ヤマダが声を荒らげていたという所を目撃した人がいました」

「口論していたから印象に残ったんだな」

「流石に会話の内容までは覚えていませんでしたが、電話の相手がAである可能性は高いですよね」

「まあそれが自然な流れだな」


 待ち合わせ場所で1時間待ちぼうけ、迷惑にならないように店の外へ出る。まだAが来る可能性がある事を考え周辺で待機し、連絡が取れたのでヤマダが文句を言って口論になった。


 流れとしては自然でしっくり来ると山本と林は同じように考えていた。


「その後もヤマダはその周辺をぐるぐる行ったり来たりを繰り返した。その後は近くの公園に移動したらしく、ベンチに座って頭を抱えていた姿が目撃されているな」

「長時間滞在していたようで不審者情報の通報がありました。情報からもヤマダで間違いないようですが、座っているだけで通報されるなんてちょっと気の毒ですね」


 山本もそれには同意した。話を聞く限りではヤマダの行動に誰かを害する意図のあるものはなかった。思い悩んでいたようではあったが、ただ座っているだけであった。


「まあこのご時世だからな、少し周りと違う行動をしていただけでも怪しく見えるんだろう」

「気の毒ではありますが、そのお陰でヤマダの足取りを追えるたのも事実です。ただ…」


 言いよどむ林に山本は頷いた。


「この後からヤマダの目撃証言はぱったりと消える。映像にも残っていない、どれだけ調べてもな」

「掴めたのはここまででしたね」

「しかしどうにも分からない。どうしてここからぱったりと消えた?誰もその姿を見ず、映像にも残らない。そんな事ありえるのか?」


 それまでのヤマダの行動は、目立たない人となりの割りには印象に残る行動を取っていた。防犯カメラを気にするような様子もなく、顔もハッキリと映していた。この突然の変化に山本は説明がつけれらずにいた。


「ここで止める訳にはいかない。ヤマダはカメラの映像から記憶を取り戻したんだ、ここまでの情報からまた何か思い出せるかもしれない。俺達はAを追おう。何か情報を握っているとしたらAだ」

「ですね。ここは一旦坂本先生に任せましょう」


 山本と林は顔を見合わせると頷いた。記憶の中にまた手がかりがある、それを信じた。




「ここまでの話を聞いてどうですか?」

「ううん。まだどうにも自分の事とは思えません…」


 ヤマダの記憶を辿る作業は難航していた。しかし坂本はそれもやむなしと考えていた。


 数日で記憶が戻る事もあれば、長期間に渡って記憶が戻らない事もある。記憶とはとても難しく繊細なもので、それでいて思いもよらぬ切っ掛けであっさりと取り戻せる事もある。


 渦中の人物であるが故に治療に専念しなければならないが、本来もっとストレスのない環境でゆっくりと治療するべきなのだ。坂本はそれを思うともどかしかった。ヤマダが置かれている状況に理解があるが故の悩みだった。


「約束してたのに、その相手は来なかったんですよね?」

「え?あっ、ああ、そうみたいですね」

「何故来なかったんでしょう。相手は誰だったのかな」

「そればかりは記憶の中ですね。でも決して焦ってはいけませんよ」


 坂本がそう言うとヤマダは頷いた。過呼吸が起こる事もなく、落ち着きを取り戻した様子で坂本は一安心した。


「そう言えば僕の持ち物ってまだ何も見つかってないんですか?」

「具体的には?」

「スマホとか、僕は連絡を取れるものを持っていたんですよね?何で起きた時は持っていなかったんでしょうか」

「ああ、それも一応捜索はしているんですが、中々見つからないようですね。落としたのか、それとも…」


 ハッとして坂本は言葉を止めた。捨てたのかと言いかけたのだ。それはヤマダが証拠隠滅を図ったというようなものだった。


「もしくは僕がどこかで捨てたのですかね?」

「…それはどうしてですか?」

「え?それは多分何か理由があって…、でもあれ?何で僕はそんな事を?」


 ヤマダは落ち着いてはいるものの困ったような表情を浮かべていた。坂本はそれを見て、嫌な汗が額を伝って頬へ落ちた。


 証拠隠滅を図ったという記憶を思い出したのか、それとも作り出してしまったのか、どちらにせよあまりよくない傾向だった。失った記憶のせめぎ合いは、難航する捜査と同様に前途多難であった。

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