後篇

 あれからどれくらいの月日が経っただろう。


 私はフルダイブMMORPG〝パストラル・テイルズ〟を完成させた。


 だが、無理が祟って入院する羽目になってしまった。


 電脳空間のプログラムは、キーボードは使わない。


 脳を直接量子コンピュータに繋いで、イメージでプログラミングする。


 そのため、手でキーボードを入力するより何千倍も早くプログラムを組む事ができる。


 しかしその代わり、脳の負担はかなりのものになる。


 電脳プログラミングは、通常ではあり得ない高負荷を脳にかけ続ける事になる。


 脳は、時速200キロのボールをずっと投げ続けた時の肩のような、ぼろぼろの状態になっていた。


 私は疲労でぶっ倒れ、医者に運び込まれた挙句、培養液の入ったシリンダーの中に全身浸かる羽目になった。


 意識が戻った時、目の前には秘書がいた。


 秘書は私に、当面の間、電脳プログラミングは禁止だと言った。


 私が作ったゲーム、パストラル・テイルズはその後、私が眠っている間にAIの弟子たちによって更なる改良を施され、新作ゲーム〝パストラル・クエスト〟としてリニューアルしていた。


 そう、いつの間にか、私がいなくてもすでにゲームは開発できる位になっていた。


 AIの弟子達は成長していた。


 私はすでに、ナヴィスOSの開発と、パストラル・テイルズの開発で、充分な報酬を得ていたので、無理に働く必要はない。


 秘書に言われた。


 せっかくの休養なのだから、自ら作ったパストラルワールドに入ってゲームに興じてみては如何ですか?


 なるほど、それも悪くない。


 どの道、私の身体は、暫くの間この医療用シリンダーから出る事は出来ないのだ。


 だったら、治療が終わるまでフルダイブ仮想空間に行って過ごすのも悪く無いかもしれない。


 秘書にとっては、これ以上私が脳を酷使しないように気を使ってくれているのだ。


 フルダイブ空間に入るという行為は、余計に脳を使うのでは無いかと思う人もいるかもしれない。


 だが、それは違う。


 私達が仮想空間に行っている間、本体である身体には、常に副交感神経が作用するよう、コンピュータから脳に信号が送られている。


 副交感神経が作用すると、心拍数と血圧が下がり、呼吸が深くなる。


 リラックスした状態が保たれるのだ。


 つまり、ずっと起きているより、はるかに健康的な状態という事だ。


 精神は仮想空間にいて、激しい冒険をしているのに、本体の身体の方は交感神経ではなく副交感神経の方が活発になっているというのは、一見矛盾している様に感じるかもしれない。


 だが、これこそが量子コンピュータが作り出した量子力学的プログラムなのだ。


 観測されない本体には、交感神経もまた観測されない。


 量子力学で動く量子コンピュータだからこそ可能な、ゆらぎの状態を作り出しているのだ。


 おかげで私は、脳の治療をしながらも、精神は仮想空間のゲーム世界にいる事が出来ている。


 AIの私の弟子たちは、全て実体のないAIプログラムだ。


 だが、皆それぞれに個性があり、そして優秀な弟子達だ。


 弟子達が作ったこの世界、パストラル・クエストの世界は、私の作り出したパストラル・テイルズと世界観を共有する同じパストラル・ワールドでありながらも、全くの新作ゲームとして開発されているらしい。


 ここは、私にとっても未知の世界だ。


 弟子達の作り出したこの世界が、どんなゲームに仕上がっているのか、私はわくわくしている。


 今こそ冒険者になって、旅立とう。


 さあ、何処へ行こうか……ゲームの世界は広大だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

電脳譚詩 海猫ほたる @ykohyama

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ