動物のモンスター化
「じっとこっち見つめてきて目があうのがイヤなんだよ!」
「気のせいですよ。見つめてくるわけないじゃないですか、死んでるんですよ」
ぐりぐり鍋をかき混ぜていると、カチン、と音がした。カチン? 何の音? と思い二人で辺りを見渡すと、だらりと半開きだった兎の目がカッと見開き、高速で口を動かしている。どうやらカチンというのは兎の歯が鳴った音らしい。
カチン、カチン、カチカチカチカチカチ!
ギョロっと目玉がサウザンドたちを睨みつける。あ、本当に目があった、と思っていると一気にモンスターの気配へと変わる。頭がボコっと一回り大きくなると切断面から骨が伸び、肉も巻き付いて来る。
「ぎゃあああ!?」
「まずい、体を作ってる!」
ビビリ散らかすスノウ、一気に飛び出したサウザンド。手に持っていた錆びた包丁を頭頂部に突き刺すとそのまま貫通させて床に刺して固定した。スノウが半分以上完成していた兎の体に思い切り噛みつくとあっという間に体の再生が止まり、作り切れなかった内臓が周囲に垂れ流れる。どうやってとどめを刺そうかとナイフを取り出したサウザンドだったが、見れば兎はすでに動かなくなっていた。
「どうやら今回は身体を作ってる最中だったから主の攻撃がとどめになったようですね、良かった」
スノウはと言えば、ゆっくり口を離してヨロヨロとその場から移動すると伏せの状態となった。
「……トラウマになりそう」
「倒したんですからいいじゃないですか。そういえば体調はどうです?」
「……。今回は何もねえな、たぶんモンスターになりかけてただけで完全体じゃないから影響が少なかったんだろ……トラウマになりそう。俺もう真正面から兎を見て可愛いなって思うことできねえよ」
「やっぱり生きたまま首切り落としたから恨まれちゃったんですかね?」
平然と言ってのけるサウザンドにスノウは犬の声でガルガル唸ってから怒鳴った。
「シメてからにしてやれよせめて! あと首だけ置いて死後辱めたからブチ切れたんじゃねえの!?」
「なるほど確かに。ごめんなさい兎さん」
「ちょっとマジで今日医者行くか!? 頭の!」
サウザンドが行っていることや考え方は養成所で習う事だ。討伐に出れば野宿は当たり前で、いつ敵が来てもおかしくない状況の中いかに早く調理できるかを学ぶ。そして路銀が尽きることを想定し動物の皮や骨を加工して装飾品作りの方法や、内臓や肉の長期保存可能な加工技術も学ぶのだ。それをいちいち動物可哀想、と思いながらやる者はいない。皆粛々と作業をこなすだけだ。
確かに一般人から見れば異様な光景と考え方かもしれないが、彼らからしてみればごく普通の事なのである。プライドが高い者はいちいちそんな一般人の言葉を気にしたりせず、むしろ平和ボケした奴らの言う事なんて反吐が出る、と見下す傾向がある。
しかしサウザンドはスノウの反応に「そういえば普通はこういう反応だよな」と自分を見つめ直す機会となっていた。サウザンドの客観視が長けているのは、こういう考え方ができるが故だ。
「まあ処遇は大いに反省しますので。それより、これで動物がモンスター化されたのは証明されましたね。ま、言うつもりないですけど」
実際に今目の前で起きた事は説明したとしてもそれを証明することができない。できる事といえば地面に突き刺され体が半分しかない兎を提出することだが、何せ見た目が兎とちょっと離れているので兎になんとなく似たモンスターを倒しただけだろうと言われるのがオチだ。
それにもし提出などしようものなら、余計なものを見聞きしたとおかしな釘を刺されたり行動に制限をかけられるかもしれない。知らないふりでいい、今はまだ。
「てっきり生きた動物がモンスターになるのかと思ったが、死んだ動物でもなるのか。しかも体の大部分がなかったのに体の作成までしやがる」
「まだ情報が少ないですからあまり決めつけずに多角的に見ていきましょう。僕らが見たのは死体からモンスターができたという事ですが、もしかしたらそれだけではない何かもあるかもしれません」
いずれにせよ目の前にモンスターがいてそれを倒すというだけではなくなった。動物の死体などがあったら気をつけなければならない。首都の方に行けば町が綺麗で動物の死体などもちろん転がっていないが、中心部から外側に行けば行くほど治安が悪くなり町は廃れてくる。道端に犬猫の死骸が転がっているのはもはや日常の風景でもある。
「独り言なので聞き流して欲しいんですけど」
「なんだよ」
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