討伐へ
「なんだあ? 犬の散歩かあ? 暇な奴はいいよな」
「ペット飼ったんだ、全然可愛くないけど。餌代稼ごうにも仕事もないしどうするつもりなの?」
魔の森に行くには町の中を通らなければならない。そうするとお約束通り周囲から蔑みや見下した声が投げかけられる。歩みを進めるたびにすれ違う者がクスクスと笑う。その様子にスノウはサウザンドを見上げた。
「お前どんだけ嫌われてるんだ」
「知りませんよ、今初めて見る人たちなので」
つまり知り合いでも何でもなく赤の他人がサウザンドというだけで心ない言葉をかけてくる。特殊能力がない事は討伐隊養成所の頃に周囲に知れ渡りある意味有名人だ。特殊能力がないのは人としての価値がないに等しい。
皆誰もが自分よりも下の存在を罵ることで自分は上にいるのだと、自分の尊厳を見つけようとしている。
「一応聞くが、悔しくねえのか」
「まったく」
「そうか。俺は今この瞬間腹が立ったわ」
そう言うとスノウは陰口を叩いていた者たちに勢いよく走り出すと服に噛み付き思いっきり引きずる。突然のことに油断していた者たちは一瞬驚いて悲鳴を上げたが、そこは討伐隊の一員だ。冷静に反撃をしようとしたがそれを察したスノウはすぐにくわえていた布を離して走り去ってしまう。
服弁償しろ、何を考えてるんだ、これだから獣は嫌なんだ、そんなのに仕えてるお前もゴミ以下だよな、今すぐこの場から消えろよ。そんな言葉が次々と周りから投げかけられる。その言葉に反応したのはやはりスノウで犬の声で思いっきり唸り上げた。道具を伝った声ではなく犬本来の唸りなので低い唸り声、かなり迫力がある。だが犬が凄んでも誰も怯えたりしない。今にも攻撃されそうな雰囲気だったが、そこに現れたのは討伐隊のランキング三位である部隊の主人だった。
「何の騒ぎですか」
どこが冷たさを含む声に騒いでいた者たちは挙動不審になりその場に膝をつく。まるで尋問のようなことが行われ、あの犬が噛み付いてきたと説明をしたが。
「恥ずかしい事を平然と自信満々に言うなど愚かの極み、嘆かわしい。自分と対等の相手に喧嘩売るならまだしも。いつから我が部隊はこんなに質が落ちたのか。人を増やし過ぎましたね、これは私の落ち度ですが」
主人の言葉に顏を青くする者達。必死に弁明が始まり、もう関係ないかなとスノウとサウザンドはその場を離れた。こちらには特に何も言ってこない、おそらく興味がないのだろう。
「冷静に考えても完全に馬鹿にされてたよなあの言葉」
ポツリとスノウがつぶやけばサウザンドはええまあ、と返す。
「だいぶやんわりと言ってましたけど、要約すると犬畜生とその下僕にいきり立って何やってんだお前ら犬以下かよ、って事です」
「クソが」
「事実ですしねえ」
ガルル、と唸るスノウとは正反対にサウザンドは特に気にした様子もない。あんなのは日常茶飯事、東から昇った太陽が西に沈む位に当たり前のことだ。朝起きておはようございます、という言葉と同じくらい常に聞いてきた。
「とりあえずすぐに森に行くわけですけど何か作戦はあるんですか」
「普通だったら部下が戦って大将はどーんと構えてふんぞりかえりながら指示をするんだろうけどな。俺たち獣の主はそれが当てはまらねえ。一言で言えば戦うのは俺だ」
「なるほど。ちょっと買い物していいですか、首輪と紐を買った方がいいような気がしてきました」
「噛み付くぞこの野郎」
そう言うとスノウはタタっと走り出した。いまだに自分たちを見て蔑む空気を出す周囲の人間が鬱陶しいからだ。人が主であれば主を守りながら戦うのが通常のやり方だ。しかし獣の主は動物の本能が故じっとしていたり指示を出したりという事は向いていない。昔から主本人が戦うというのは当たり前に行われてきたことだとか。確かにスノウの性格を考えても作戦を立てて指示を出してなどということが務まるとは思えない。小走りでスノウに追いつくとスノウは走りながらこう言った。
「人間の常識は捨てろ。俺は犬だ、そしてお前の主だ。お前が犬の常識に寄せやがれ」
「犬として生きてきたことがないので、すごく難しいですけど頑張ります。とりあえず」
「なんだ」
「獣の耳が付いたカチューシャ買ってきた方がいいですか」
その言葉にスノウは一瞬無言だったが、渾身の力を込めてサウザンドに体当たりをしたのだった。
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