顔合わせ
そう言いながらも一応体を抱え込むと放せと暴れ始める。その隙に女性は犬の首に埋め込まれている道具に棒のようなものを当てて少し何かの操作をした。
「今何をしたんですか」
「言語を伝えるためのこの道具、生き物によって音域設定が決まっているんです。今だいぶ低い声でしたが、犬の設定レベルはもっと高いんですよ。犬が吠える時こんなイケボじゃないでしょ?」
「まあ確かに」
つまり先程のドスの効いた声を設定したのは、初対面をバッチリ決めたかったから格好つけたということだろう。別にそんなところに変な力を注がなくてもいいのにと思っていると、設定を変えられた主人は口を閉ざしてしまう。どうやら本来の声の高さで喋りたくないようだ。
「改めてこの施設の職員であり、お二人の担当であるリズ・メーカーと申します、よろしくお願いします」
軽く会釈をしてきたのでサウザンドもこちらこそよろしくと頭を下げる。
「ところでどこまで自己紹介が終わっていますか」
「思い返すと何もしていない気がします」
そういえばお互い名前も名乗っていないな、とそんな風に言えばリズはため息をついた。
「お互い名前を名乗って今日からよろしく、もできないんですか貴方は。さっさと名前を名乗ってください」
犬に向かってそう言うと何もしゃべらない。しかしこのままでは埒が明かないと思ったのか観念したようにぼそぼそと小さな声が聞こえた。
「……スノ……」
「スノコ?」
「スノウだよ、アホォ!」
聞こえなかったから聞き返しただけなのだが、どうやら声のことをからかわれたと思ったらしく思いっきり叫ばれた。聞こえてきた声は先程のドスの効いた声ではなく、大体五歳位の女の子みたいな声だった。大型の犬なのでもう少し低い声かと思ったが意外にもものすごく高い。
「僕はサウザンドといいます、よろしくお願いします」
頭を下げてそんなふうに言えば、スノウは何も言わずにぱちぱち瞬きをしている。どうしたのだろうと首をかしげると、ぼそぼそとこれまた小さな声で喋る。
「お前、俺の声のこと馬鹿にしないのか」
「逆にお聞きしたいんですけど、何か馬鹿にする要素と理由ありますか」
「そう言われると身もふたもないんだが。いやほら見た目の割にめちゃくちゃ声高いから、アホみたいだとか、お前メスなのかとか……」
「今話した内容は少なくとも僕の中で馬鹿にする理由じゃないです。高い声は広い場所でも遠くまでよく聞こえるでしょうし、戦闘の時連携が取りやすいのでは」
その言葉にスノウはもちろんリズも少し目を丸くした。そしてリズは穏やかに微笑む。
「やはりあなたを選んで正解でしたね。討伐隊試験の点数は低かったですが、適性診断の能力値は他の人とは違ってある一箇所がほぼ満点だったのでスノウと組むことを私が決めたのです」
「なんだよそれ、初めて聞いたぞ。こいつの何がそんなに優秀なんだ」
「体力、知力など一般的に必要とされるものは確かに平均より少し下でしたが。物事を多角的に見る"客観視"が長けていました」
物事を主観で見るのは人であれば当たり前だ。しかし窮地に陥った時ほど思い込みを捨てて冷静に考える能力が必要となる。この能力はあまり一般的には注目されていないが、主人の性格がリーダーシップの強い者ほど客観視の高い部下が相性は良いとされている。リーダーシップが強い者は良くも悪くも突き進み続けるタイプが多い。それを冷静に見つめブレーキの役割となる者が必要となるのだ。
「歴史を見ても強い国というのは、強い英雄の傍らに必ず冷静な参謀がいます。彼はスノウにぴったりだと思って私が推薦しました」
その言葉に改めてスノウとサウザンドはお互いを見つめる。スノウからしてみたら動物の主が一般的に嫌われ見下されているのは百も承知だ。役立たずの烙印を押された者は動物の主人が気に食わず組むことを拒否して討伐隊の入隊自体を諦める者も多い。とりあえず試しに組んでみても結局動物にこき使われるのなんかごめんだと長続きしない者がほとんどだ。
どれだけ綺麗事を並べても英雄にもなれないうえ付加価値も生まれないものに命と忠誠を誓う者など誰もいない。それは覚悟していた。実はスノウは人間を紹介されるのが今回で四回目だ、前の三回はすべて辞退された。
だからこそ卑下するわけでもなく威張るわけでもない、当たり前のように自己紹介をして己をまっすぐ見つめてくるサウザンドにスノウは少しだけ戸惑った。
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