尻尾は嘘をつかない
そのたったひとつの理由。サウザンドには夢がある。見下されている自分、使い捨てとして利用され続ける動物の主人たち。自分自身の姿をそこに重ねいつか絶対に動物の主人を周囲に認めさせる。命は優劣などないということを絶対に証明してみせる。その意思だけで討伐隊になるために努力を続けてきた。
周りからどれだけ笑われても、サウザンドは今とても嬉しいのだ。自分から申請することなく動物の主人をあてがってもらえたのだから。今日は初の顔合わせだ。
動物たちは品種改良とともに精霊の力によって言語の理解をできるようにされている。口の構造がしゃべるようにはできていないので喉に埋め込まれた道具によって会話が可能だ。さらにすぐに死んでしまっては実験の意味がないからと年々寿命が延ばされ、現在では四十年近く生きるらしい。
どんな犬、いやどんな主人なのだろうか。優しい性格だといいな、自分と相性が良いことを願いながらスキップしたい気分で指定された場所に向かっていた。
実験施設場の入り口で受付を済ませると通されたのは殺風景の何もない広い部屋。そこに一匹の犬がいた。それなりに大型犬である。毛は真っ白でやや毛は長め、思わず触ってみたいと思ってしまうようなふかふかのモコモコだ。遠くから見たら大きな毛玉に見えなくもない。
これからはこの犬が自分の主人なのだから犬と思わず上司として見なければいけない。まずなんて声をかけようか、第一印象は挨拶からだ。しっかりと挨拶をして……そんなことを考えていると犬がこちらを向いた。
「よく来たな小僧」
かなりドスの効いた声である。人間で言ったら悪いことをして生計を立てていそうな、一言でいうなら悪人のような。そんな声と雰囲気だった。
「先に言っておく。犬の部下なんて不満でしかないだろうが、決まったことは決まった事だ。お前はこれから俺の手となり足となり俺の命令通りに動いてもらう。俺がワンと鳴け言ったらワンと鳴け、わかったか」
「……」
愛くるしい見た目と違って路地裏に迷いこんだら誰かをボコボコにしていそうな声。そんな声に怯えてしまって何も言えない……というわけではない。サウザンドが気になっているのはたった一つだ。
「あの、すごい勢いで尻尾振ってるんですけど、一応喜んでもらえてるってことでいいですか」
主人の尻尾はそのままちぎれてどこかに飛んでいってしまうのではないかというくらい、ものすごい勢いで左右に振られていた。そう言われて犬はハッと自分の尻尾を見て慌ててそれをどうにかしようとするが、自分の尻尾に届くわけないのでその場でぐるぐると凄まじい勢いで回転する。
「いや、違うんだこれは! お、俺は相手に対して警戒心を抱くとだな、しっぽを振る癖がある!」
全く説得力のない光景ではあるがとりあえずそのままずっと見ていると。
「うげええ、め、目が回った……気持ち悪い、吐きそう」
その場にバタンと倒れこみ、本当に「ウッ」としゃっくりのようなものをあげる。
「僕の目から見ても相当な速さで回っていましたから」
失礼しますと声をかけてから背中をさすっている。
「できれば腹を……」
「あ、はい」
毛並みに沿ってしばらく撫でていると主人はようやくのそりと起き上がる。尻尾は完全に動かなくなっていて、ついでに耳もペタンとなっている。
「クソ、格好悪い。せっかくバシッと決めたのに。さっきよりクラクラしてきた」
「そこまで決まってなかったですけど」
「嘘だろ、かっこよくなかった?」
「控えめに言って三流のチンピラみたいでした」
ガーン、そんな効果音でも聞こえてきそうな位に主人は目に見えて落ち込んでいる。がっくりと首も下がっている。嘘でもいいからかっこいいと言えばよかったんだろうか、いやでもあれ完全にただの悪人で金よこせってたかってくる連中と全く同じだったよな、路地裏とかでよく絡まれたっけ。しょっぱい思い出とともにそんなことを考えていると、扉から一人の女性が入ってきた。
「ごめんなさい、本当は私が立ち会って二人を合わせる予定だったんですけど。少し遅れましたが……何してるんですか」
部下を前にしてショボーンとしている犬に向かって施設の女性が声をかける。その声にはっとした様子で慌てて立ち上がった。
「遅えよ! 初対面で滑ったじゃねえか!」
「私が遅れたことと貴方が滑った事は関係ないでしょう。それよりも音声レベル何勝手に下げてるんですか、声帯にあわないレベルに設定すると喉痛めるって言ってるでしょ」
そう言いながら女性が一歩足を踏み出すと慌てて逃げようとする。それを見逃さなかった女性はサウザンドに声をかけた。
「あ、ちょっとそこの犬捕まえてください。尻尾踏んずけていいので」
「さすがにそれはちょっと」
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