風見鶏は止まっている

 この辺は行き来している人があまりいないようだ。道というかただの開けた大地のようにも見える。商人が行き来する必要もないくらいとても貧しい地域がそこら中に広がっている。そんな中せっせと一直線に穴を掘っては何かを植えている少女と出会った。


「何をしてるの」


 僕の声に少女は振り返りもせず植えながら答える。


「ここらは植物が何も生えてないって聞いたから花があったらきれいかなと思って」


 ぼさぼさの髪にあちこち穴だらけの服、この少女がとても貧しい生活をしているのは見ればわかる。そして彼女が植えているのは花の種ではなくただの小さな石だ。



――どうです、こいつなんて。目が見えないから好きなことができますよ。

――そうかそうか。そういうのを探していた、前のおもちゃはあっという間に頭がおかしくなって死んでしまったからな。

――お買い上げありがとうございます



「花を植えてどうするの」

「道にするの」

「なんで?」

「私は目が見えないから。何も見えないのは何も怖くないんだけど、目の見える人は道導みちしるべがないと怖いみたい。だから先に進むべき道に花を植えて行けばどこに向かっているかわかるでしょ」


「なるほどねえ、そういうことか」


 見ればそこら中にたくさんの花が咲いている。さっきまではただの荒野だったけれど。


「どおりで歩くたびに時代がしっちゃかめっちゃかなわけだ。君か、ここの三百年の道をバラバラにしたのは」

「え?」

「おかしいと思ったんだよ。タリアーナが噴火で埋もれたあと、その養分で土が活性化して二百年後に農耕地のポッカトッカができた。でも結局商売がうまいものだけが裕福になっていて身分格差が生まれた」


 彼女は俯く。これから何を言われるかわかっているから。それを聞くのが辛くて、聞きたくないんだろうな。


「格差が酷い中、幼くして売られた女の子は平和を訴えて人々の中心となって歩み始めた。まつりあげられる中で身分がない男との間に子供ができたけど。身分の高い者と結婚させて国を動かそうと思っていた権力者たちによって夫とともに殺されてしまった。何勝手なことしてるんだ、ってね」


――最悪だ、謁見までこぎつけていたのに! ガキを六年も隠してやがって!

――ドブネズミの分際で調子に乗りやがって。もう利用価値はない

――民衆どもには素晴らしい死に方を演出しておけ。そうだな、子供を助けようとしてかばって殺されたとか、そんな感じで良いだろう


「子供だけは逃げることに成功していた。その子が身分格差を憎んで戦いを起こした。息子アルフリードはその後死んでしまうのだけど、英雄が死んだことで都市は滅びてまた別の都市ができるはずなのに」


 僕は小さく鼻で笑った。あまりにもバカバカしすぎて。


「どうしてアルフリードを滅ぼしたのがタリアーナになっちゃうのかな、レビスのはずなのに。しかもポッカトッカを滅ぼしたのはアルフリードになってる。過去と未来がグチャグチャだ。どうして歪みが?」


 僕の言葉に彼女はぴたりと手を止めた。そして力の限り地面の砂利や砂を握り締める。爪が割れてその手は血だらけになっていく。


「辛かった」

「へえ、そう」

「親に売られたっていう自覚さえなかった。いきなり知らないところに連れてこられて、一晩中男の相手をさせられた」

「まあ、売られたからね?」

「私はただ道を歩いている人が綺麗だねって笑って欲しくて花を植えようとしていただけなのに」

「うん」


 相槌を打ってもらえたことが嬉しかったのか少女は顔をあげる。


「でもお前は道を乱した」


 冷たい声に彼女はびくりと体を震わせる。


「人々に道を示すのがお前の役割だったはずなのに」

「私は辛かった! 何で私だけこんなに苦しまなきゃいけないの!」

「アルフリードが歪んだ盟主になったのは母の死からだ。道を示す者、風見鶏が本来の役割を果たさないからこんなことになってる」

「好きでその役割になったわけじゃない! 自由に生きて何が悪いの!」

「自由、ねえ。こんなものが?」


 僕らの目の前に見えるのは滅んでいくいつもの町、いくつもの都市、たくさんの国。


戦で逃げ惑う親子

「やめてよ」

戦に負けて彷徨う難民たち、犯される女、売られる子供たち、飢え死にする人々

「やめてよ!」

気に入らなければ殺して遺体を埋めて道にしてきた最愛の息子アルフリード

「見たくない!」


「見えてるくせに、目が見えないフリなんてするからだ。同情誘えば誰かが優しくしてくれるとでも思ったのか」


 僕はパチンと指を鳴らした。そこら中に生えていた花たちはすべて燃えてなくなる。人々の行くべき道を乱していた愚かな「道標えいゆう」たち。彼女によって作り出された哀れな者たちだ。

 アルフリードの存在がその後の帝王学に大きな影響与えて、暴君が数多く生まれた。その先にあるのは滅びの道だ。それを見たくなくて、こいつは道を歪めてしまった。人々が進むべき大切な道を。


「同僚がこんなに残念な頭だったなんて、本当に残念だ」

「うるさいうるさいうるさい!!」

「愚かな風見鶏、少し道筋は変わるけどお前は本来あるべきはずだった“道導“にはちゃんとなってもらうよ」

「え……」



 歪んだ道が弾けて、細くなる。そして時間軸の系統樹となり過去に起きてきた歴史とこれから起きる歴史が事細かく書かれていく。まるで迷路のように複雑に絡み合い、しかし行き着く先は再び一つにまとまっている。砂時計のように。


「今回は、ここか」

「やめてええええ!」


 団子結びになってしまっている「道」を指でぐりぐりとほぐすと、一度バラバラになる。同時に少女は弾け飛んだ。少し悩んでからぼそぼそと言葉を紡いで道を歴史で紡ぎ合わせる。


「こんな感じかな」

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