ポッカトッカ

 立派だった道は再び砂利道となり細くなりだんだん草が生えてきた。大きな建物はないけれどそれなりに住んでいる人が多そうな町へとたどり着く。

 その町の周りには畑がたくさん広がっている。畑を効率的に世話するため網目状にあぜ道が通っているのが見えた。どうやら人だけではなく馬や牛が引く荷車が通れるくらいには広いらしい。傾斜が凄いのによく作ったもんだ。町に入ってみても大きな農具を抱えている人や、牛や馬が荷車を引いてそこら中を歩いている。

 定食屋等はなくいくつか屋台が並んでいる。お世辞にも衛生状態はあまり良いとは言えないかもしれない。調理をしているすぐそばでハエが集まってきているけど手で追い払うだけで特に何もしていない。


「旅の人? まだ子供じゃないか、まぁ出稼ぎに出るんだったらこれぐらいの歳か」


 屋台で小麦粉を練ったものを焼いていたおばさんが声をかけてきた。


「お腹すいてない? 安くするけど」

「僕お金持ってないから」

「そうなんだ。切れ端でよければあげるよ」

「ありがとう」


 素直に受け取ってお金の代わりに働こうかと言ったけど、今日はお客さんが全然来ないから手伝うことがないみたい。代わりに話し相手になってくれと言われた。


「最近また税が上がってしまって生活が大変なんだよ。ここのところ天気が悪くて成長が遅いし、味が悪いと問屋が買い取ることができないとか言って戻される。農家をやっててもあんまりいいことがないね」

「そんなに大変ならどうして続けてるの」

「あたしらは学校行ってないから学がない。他にできることがないし、大きな都市に行っても競争の毎日だ。もともと住んでる商人たちに勝てるわけがない。結局唯々諾々いいだくたくとやっていくしかないのかね」


 農耕地は稼げないからと過疎化が進んでいるのはよくある話。農家に嫁に行くのは奴隷になりに行くのと同じだ、なんて話も出回っている。

「あなたが屋台をやっているのはどうして?」

「生活資金の足しになるだろう」

「家の足しにしたいのはなんで」

「生活しなきゃいけないじゃないか」

「生活しなきゃいけないのはなんで」

「そんなの生きていくために決まってるでしょ」

「もう一回聞くけど。もっと楽に生きられる方法はあるのに、大変な思いをしてまでこの場所で、農家で必死に生きていこうとしているのはなんで」


 僕の問いかけにおばさんは少し驚いたような顔をした。でもその言葉を噛み砕いているようだ。


「そっか、そうだね。結局私はここが好きなのかもしれない。野菜を作るのも牛や馬の世話をするのも大変だけど。愛着があるし収穫したときの喜びは別格だ」

「どうして別格?」

「同じ苦楽を共にしてきた家族や友達や仲間たちと笑い合うのがこの上なく幸せだからかな。そうか、私は幸せなんだね。ありがとうよ、坊や」


 そう言いながらおばさんは遠くの畑を見る。


「ちょっと遠くて見えづらいけど、あそこにいるのが私の旦那と子供たちだ」


 言われた方には確かに力仕事をしている男性と、せっせと雑草抜いたり水を撒いている子供が五人。ついでに手伝いに来てくれたらしい近所の人が三人、子供に話しかけつつ旦那さんの手伝いをしているようだ。


「あぜ道すごく多いね」

「昔はなかったんだよ。道をたくさん作ると収穫できる野菜の量が減ってしまうだろう。でも私たち馬鹿なりに一生懸命考えて、あの本数の道だったらほんの少し野菜が減る量より、小さな馬を使って収穫したものを回収できる方が効率いいって気がついた。私たちも疲れないし他のことができる。小さな馬は売れるようになったしね」


 分けてもらったパンのようなものを食べ終わった僕は立ち上がる。おばさんにお礼を言ってそのまま北の方向につながっている小さな道へと歩き出した。

 その道を埋め尽くさんばかりのチャリオットが走って行く。通り過ぎた後は、怒号と悲鳴とときの声。あぜ道はきっと、攻め込んできた者達を奥へ奥へ侵入させるための道となってしまっている。

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