アルフリード

 ゴツゴツとした砂利道から急に整えられた立派な道となってきた。このまま進めばアルフリードという巨大都市にたどり着く。都市と言うより、もはや小さな国と言っていいくらいだ。この国の経済の三分の一を担っていると途中で会った旅人に聞いた。

 中心部に行くには通行許可証がいるそうなので入れるのは都市の外周である露店街まで。お土産屋とか宿屋が多く並んでいる。安いよ買っていって、一晩泊まっていくならうちをどうぞ、そんな声がそこら中から聞こえる。

 しかし視線をやや下に落としてみると見えるのは貧困の格差だ。お腹がすいて動けない子供が路地裏に座っているのを何度も見た。旅人を狙ったスリやひったくりもほとんどが子供みたいだ。今僕のポケットから財布をすろうとしているのもとても幼い子供だ。


「その中にお金は入っていないよ、僕はお金を持っていないから」


 まさか自分の行動がばれていると思っていなかったらしい子供はびくりと体を震わせてそのまま走り去っていった。財布をするのは諦めたらしい。


「そこの坊や、うちの自慢の料理食べていかない?」

「今のやりとり見てたんでしょ。僕はお金がないんだ」

「そうなんだ、会話まで聞こえなかったから」


 都市部の外側に賑やかな露店街を置いているのはこの都市の戦略だろう。賑やかさを見せることで活気があるのだと旅人に印象づけて、ついでにお金を落としてもらう目的だ。だから商売人は貧乏人にとても厳しい。今声をかけてきた男もあっさりと僕に興味がなくなったらしい。


「もうここを出るんだけど、正門から出るとどこにたどり着くのかな」

「レビスだろ、そんなことも知らないのか」

「ついでにもう一つ教えて」

「忙しいんだよこっちは」


 嫌そうな顔を隠そうともしないその態度は逆に好感が持てる。


「ここの都市の名前ってアルフリードでしょ。凄い英雄で戦争では大活躍だったとか。自ら軍を動かす立場に立って、四十年前この都市の実権を握って町を発展させてきた」

「そうだよ。っていうかそれは知ってるのか? レビスは知らなかったのに」

「この都市をここまで発展させるために、犠牲になった人は五百人以上いるわけだけど、その人たちは一体どこに放置されてるのか知ってる?」

「……は? 何言ってんだお前。もういい加減邪魔だからどっか行きな」

「ありがとう」


 薄気味悪いものを見るような目で彼は僕をチラリと見たけど、すぐに明るい様子で商売の続きを始めた。僕の言葉の反応まで数秒あった。旅人や他の都市の人は知らないだろうけど、ここに住んでいる人はみんな知っているんだ。

 アルフリードが権力を握るために、それまでこの都市を発展させようと頑張っていた人たちを皆殺しにして自分が頂点に立ったこと。それを非難する人たちも全部殺して、自分を英雄のように伝えることだけを指示していたこと。

 商売人は商売人としか結婚しない、つまり露店の人たちはここに住んで子孫を残し続けている人たちだ。その辺の事情をよく知っている。だから僕はお礼を言ったんだ、確信させてくれてありがとうって。


 大きな門をくぐると来た時よりもさらに整備された奇麗な道が広がっている。


――アルフリード様、死体の処理をする場所が足りません。砂利や岩盤が多くて大きな穴を掘ることが困難です

――ふむ。ならば、今作っている道の下に全て埋めろ

――それは……

――上は人間や馬、車輪が踏み固めてくれる。ちょうど良いではないか


 ここを通る人たちは犠牲になった人たちを踏み潰して歩いているわけだ。なんとも罪深い立派な道だ。

 太陽は東から昇って西に沈む。でも死者は西から東に向かって歩いていくと言う。ここは巨大な死者の道が出来上がっている。



『どうして子供がこんなに産まれにくいのだ。このままでは人口が減ってしまう、旅人を呼び込んで定住させることを最優先にする。


 死者は生者に嫉妬する、子供を産ませないようにしていた。 

 体に気をつかっていたアルフリード。でも最後は原因不明の病にかかっていたとか。彼の住まいがあったのは東門の真横だった。太陽の光を一番に浴びるのは自分こそがふさわしいと大きな家を建てて暮らしていた。

 そこは死者の通り道。殺された恨みを抱えた者たちはそこに寄り道してしまうだろう、憎い相手が目の前にいるのだから。彼の晩年は妄想に取り付かれたように意味不明なことを叫ぶようになり、三階から身を投げて死んだと言う。


「そして立派なお墓も東門のすぐ近くに作られたわけだね。よりにもよってそんなところに作られてしまうなんて。あなたはずっと自分が殺した者たちと共に、永遠にそこに彷徨い続ける」


 独り言をつぶやいた僕はそのまま歩き出した。憐れな者たちを出来る限り踏まないようにおかしな動きをしながら通っているので指を差されて笑われているけれど。

後ろから、声が聞こえた気がした。



――俺の声が聞こえているのなら、助けてくれ!


 気のせい気のせい、たぶんね

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る