エピローグ

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 とある研究室をメディアの取材が訪れた。

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「先生、今回発表された先史文明の遺産についてご説明をお願いします」


「はい。これまで地球では多くの生物が繁栄し、滅んでいきました。時には多くの種類の生物が一斉に滅んだこともあります。近いところでは300万年前と7,000万年前に大量絶滅がありました。

 7,000万年前には数多くの大型生物が生息していたようですが、何らかの原因により急激に気候の変動が起こり、対応できなかった種が絶滅したと考えられています。気候変動の原因はまだわかっていません。

 そして、300万年前にはもっと多くの生物が絶滅しています。原因は全くわかっていません。この時代の化石は多くの遺物と供に発見されていて、その遺物は高度な文明が作ったと考えられています。

 遺物の中には生活に使っていた道具と思われるものが数多くありますが、中にはまったく意味不明のものが多数ありました。この丸い円盤状のものなどがその代表です。

 ところが、20年前に有名な、あの黄金板と黄金の箱が標高1,000mの洞窟で発掘されました。洞窟は自然にできたものではなく、明らかに先史文明が掘ったもので、その目的は金の採掘だと考えられています。

 そして、発見された黄金板には不思議な文様が刻まれていたことは皆さんもよくご存じだと思います」


「その文様の意味が解読できたのですか?」


「はい。黄金板にはこの円盤状のものが何であるか、どうやって使うか、ということが説明されていたのです。さらに、彼らの言葉がわからない我々のために、解読のヒントとなるものが多数刻まれていたのです」


「ということは、その黄金板は、先史文明で利用するためではなく、我々に向けてのメッセージだと言うことですか?」


「おそらくそうです。

 我々は、300万年前の絶滅はごく短い時間に起こったと考えていますが、そのとき、生き残った個体がいたのでしょう。その個体--彼--は自分たちが滅びることを認識し、次に現れる知的生命--結果的に我々ですが--我々に対して彼らの文化文明を伝えようと考えたようです。

 この円盤状のものは彼らの情報記録媒体のようです。彼は、その扱い方の説明を腐食に強い黄金板に刻印したのです。さらに、我々と彼らとでは言語がまったく違うであろうことも考慮して、彼らの言語を解読できるヒントも刻印してくれていたのです。

 黄金板は10枚が1セットになっており、同じ内容のものが丁寧にも洞窟内の別の場所に合わせて3セットも置かれていました。少々の損傷が生じても、3セット付き合わせることで正しく読み取れるようにとの配慮でしょう。

 更に、そのとき既にあったと思われる円盤状の記録媒体が黄金の箱に多数保管されていました。その保管方法は秀逸で、300万年という時間を経過しても、まだ輝いています」


「それで、黄金板に書かれていたことが解明されたのですか?」


「完全ではありませんが、大部分が解ったというのが先日の発表です」


「具体的に内容の説明をお願いします」


「はい。今日はそのつもりで準備をしてありますよ。

 まず、この絵をご覧下さい。黄金板に刻まれていた有名な絵です。ご覧になったことがあるでしょう。ところで、これを見てどう思いますか?」


「ええ、それが、何と言うか…… 下手ですね。高度な文明を持っていたとは思えません」


「ええ、そうなんです。高度な文明を持っていた彼らにしてはとても稚拙な絵です。それに、そもそもこの黄金板の形がイビツで厚みも均一ではありません。加工の途中で不純物が混ざったようで、一部には腐食も見られます。

 どうやら大半の個体が死に絶えて、精密加工ができなくなった後に、初歩的な技術だけを使って作ったようです」


「なるほど。そう言われれば、精一杯何かを伝えようという熱意を感じるような…… 気がします」


「その通りです。私もそう思います。

 この絵のこの部分ですが、彼らの姿を現していると考えられます。発掘された化石から復元した彼らの姿にもよく似ています。実は、数年前からこの絵を参考に復元模型や想像図を変更しています。

 例えば体毛ですが、以前は全身体毛で覆われている説と、体毛が無い説の2つがありましたが、この図では一部にだけたくさん生えています。これは化石だけでは解らなかったですね」


「我々や、現在の地上の動物とは大分姿が違いますね」


「ええ、そうです。ですから、この姿を見て気味が悪いと感じる人もいるようですが、私は長年この黄金板に接しているので、むしろ愛着を感じます。

 それはさておき、こちらの表を見てください。これも黄金板に刻印されていたものです。

 左の列には10種類の記号、中の列には2種類の記号、そして右の列には16種類の記号が書かれています。これは数を表しています。10進数、2進数、16進数の対応表です。ここから彼らの数字が解りました」


「済みません。なんとか進数というのは何でしょうか?」


「数の表し方で、桁上がりを起こす数値の違いを示しています。2進数は0,1の次、2になると桁が増えて10<イチゼロ>になるのです。同じように10進数は10になると桁上がりが、16進数は16になると桁上がりが起きる表し方です」


「その表現ですと、私たちは8進数を使っていますが、彼らはそんな妙な数を、複数種類使っていたのですか?」


「はい。彼らの姿を見てください。我々の手の指は4本ですが、彼らの前肢には5本の指がついています。両手で10本です。このため、10進数を基本にしていたと考えています」


「なるほど。では、2進数と16進数は?」


「記録に使っていたようです。彼らはあらゆる事柄を数で表し、この円盤に数だけを記録したようです。円盤から数を読み取って、彼らが使っていた規則の通りに解釈すれば、彼らが記録した情報を取り出せる、と私は考えています。

 数を記録するとき、2進数を用いると桁数は増えますが、わずか2つの記号だけで表せるので加工が楽です。例えば、この円盤は凹凸を並べて2進数を表現しているようです。

 ですが、2進数は桁数が多すぎて扱いづらいので、円盤に書き込む前と円盤から読み取った後は4桁を一まとめにして16進数で表していたようです。2進数の4桁と16進数の1桁がきれいに対応するからですね。

 そういう意味では、彼らが基本にしていた10進数は不便だったでしょう。逆に、我々が利用すると、2進数3桁と8進数1桁がきれいに対応するので、彼らの2進数を用いた記録方法は我々の方が有効に使えると考えています。

 ああ、ちょっと話が脱線しましたね。済みません」


「なるほど。それで読み取りは可能なのですか?」


「可能だと考えていますが、実際に読み取るにはまだ数十年かかりそうです」


「それはなぜですか?」


「この円盤はキラキラ輝いていますが、通常の黄金とは異なる輝き方です。異なる理由は、円盤の表面に、先ほど説明した0と1に対応する凹凸が刻まれているからです。その刻み方が非常に微細なのです。

 こちらの絵も黄金板に記されているものですが、どうやら円盤に光を当てて反射光から刻み込まれた数値を1つずつ読み取れという意味の模式図のようです。しかしながら、我々は現在、そのような微細な光を作ることができません。まず、その技術を開発しなければなりません」


「つまり、彼らの光を扱う技術は我々より優れていると?」


「光の技術だけではありませんね。円盤の加工や、情報を数に置き換える方法など、我々よりも相当進んだ文明です。

 というのも、別の黄金板には数学と思われる規則が記されています。この記号は足し算を表しています。こちらは引き算。他にもたくさん記号があります。

 これらを組み合わせていろいろな計算ができるのですが、最終的に表されている内容は、情報を記録するための置き換え法のようです」


「置き換えとは、何ですか?」


「はい。私たちも手紙などを書きますが、古い手紙は文字がにじんだり、薄くなったりして読み取れなくなることがありますね。この円盤に記録した情報も風化や酸化、傷などによって読み取れなくなることが予想されます。

 彼らは、少々読み取れなくなっても、本来の情報が読み出せるように記録方法を工夫しているようです。この数式に従って、読み出した内容を置き換えると正しい情報が取り出せるようです。少々の読み取り間違いがあっても問題なく」


「それは凄いですね。では、読み取りが成功すれば我々の文明はもっと発展するのでしょうか?」


「はい、何が書かれているのか読み取ってみなければ解りませんが…… 期待はできます。

 私はこの黄金板を作った彼らの生き残りを深く尊敬します。彼らの英知を我々の種族に知らしめることが私の使命だと感じています」


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 それから10年後。レーザー光線の開発に成功した『後継者』は、実際に円盤の読み取りを行なった。黄金板とともに保管されていた円盤は複数あったが、『彼』によって読み取る順番が指定されていた。


 最初に読み取られた円盤は『彼』が作ったCD-Rだった。金ではなく、アルミニュームで作られたCD-Rは劣化していたが、『彼』は丁寧にも同じ内容のCD-Rを3枚ずつ保管していた。しかも、それぞれ坑道内の異なる場所に保管していた。この3枚のCD-Rに記録されていた内容を相互に補完することで内容をあらかた読み取ることができたのだ。

 そこにはビットマップ画像が多数収録されていた。その画像とは、子供向けの英語の絵本であった。その画像を研究することで、『後継者』は基本的な英語を解釈できるようになった。

 このようなCD-Rが10セットもあり、『後継者』は少しずつ英語の読解力を高めていった。


 次に読み取られたCD-Rには、またしてもビットマップ画像が収められていた。それは英語で書かれた先史文明人の数学のテキストであった。内容は代数学、すなわちデジタル技術の基礎であった。また、初歩的な解析学なども収録されていた。

 そして、数学編の最後には、様々な符号とデータフォーマットと、その復号方法が記されていた。これにより、音声、大きくて鮮明な画像、動画などの再生方法が明らかになった。


 解読開始から50年後。『後継者』は音声データを電磁的に再生する技術の開発に成功した。

 そして、ついにゴールデンCDが再生された。黄金板によると、最初に聞くべき音楽が収録されているらしい。

 多くの期待の中、全く劣化していない純金の円盤からは、この世のモノとは思えない不快な音が飛び出した。その音楽はロックだった。

 あまりのけたたましさに、最初は再生方法が間違っているのではないかと何度も検証が行われた。結局、再生方法は正しかった。その後、別の円盤には心地よい音色が収録されていることが解ったことから、先史文明は不快な音も含めて様々な音を楽しんだ種族なのだと解釈された。

 ただ、なぜ『彼』はけたたましい音を最初に指定したのか、それだけが謎として残った。


 やがて、『彼』が造ったものとは異なる、収集されたと思われる英語版CD-ROMが読み取られ、その内容が明らかになった。また、世界中から発掘された同じような円盤のうち、極めて状態の良いものは部分的に読み取ることが可能になった。

 中でも、辞書と辞典は『後継者』が先史文明を理解するための重要な手がかりとして、大いに役に立った。

 やがて先史文明人の暮らしや街の様子などが明らかになった。超高層ビル、超高速鉄道、大型航空機、大型船舶など、その規模と発達ぶりに『後継者』達は驚愕した。

 宇宙や深海にも進出していたことを知った。様々な科学データも手に入った。300万年の時間差により、生物、地形、気候、星の位置などに変化が生じていることが解ったが、物理化学の法則や定数が手に入ったことで、『後継者』文明の発展を大きく加速した。


 解読開始から60年後。ついに動画を電磁的に再生する技術が完成した。これにより、収録物の中に多数あった映像の再生が可能になった。だが、それによって恐れが生じた。

 映像記録には戦争に関するものが多かったのだ。先史文明人同士の戦い、機械との戦い、超巨大生命体との戦い、挙げ句の果てには異星人とも壮大な戦いを繰り広げていた。

 このため、『300万年前の大量絶滅は宇宙戦争が原因である』という説が登場した。そして、万一に備え、『後継者』達は異星人からの侵略への対策のため、宇宙開発を優先することとなった。


 また、動画再生によって新たな疑問も生じた。再生される動画の中には、なぜか動く絵が多いのである。これだけの映像記録技術を持っていながら、なぜ実写ではなく手で書いたような絵が多いのか? 映像から流れる音声や、時々表示される文字が英語ではないため、内容も意味不明だった。




 現在、『後継者』達の研究テーマは Japanese である。『彼』が主として使っていた言語は英語ではなかった。英語は『後継者』達が解読しやすい言語として選ばれたようだ。

 そして、『彼』が主として使っていた言語は Japanese であり、『彼』が収集した円盤も Japanese で書かれたり、話されているものが大変に多かった。おそらく、前述の手で描いたような絵の動画音声も Japanese なのであろう。


 英語で書かれた Japanese 入門書は既に解読されていた。辞書もある。解明は時間の問題と考えられている。

 現在の研究テーマとは、『彼』が収集した Japanese DVDの内容解析である。そして、『彼』自身が Japanese で記述したと思われる文章を解読することが最も注目されていた。

 何しろ、他の円盤とは違い、先史文明人の多くが死に絶えた後、残った『彼』によって記述されたと考えられるからだ。

 果たして、そこには先史文明終末の経緯が書かれているのだろうか? 彼らを攻撃した宇宙人はどこからやってきて、どのような兵器を使ったのか? 『後継者』達は生き残るために必死で研究を続けた。




 『彼』は人類最後の1人として、みごとに自分の役目を果たした。彼の趣味によって少々偏った情報が伝わったようである。また誤解も生じたようである。だが、それは想定の範囲内だ。大きな問題ではない。

 人類の影響を受けた『後継者』達はその後どうなったのか? …… それはまた別の話。『彼』の知ったことではない。

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=完=

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