第五章 やるべきこと 2.行動 --21年経過--

 それから俺は図書館や学校、博物館を巡って資料を集めた。個人の住宅にも侵入した。頑張って小田原にも遠征した。

 意外なところに意外な資料があるものだ。マニアとか、引退したシニアとか、結構個人で埋蔵している人が多い。


 集めた資料は、基本的な英語と日本語の教材、辞書、CD・DVD・ブルーレイの仕組みと各種データフォーマット、様々な音楽CDと映像DVD・ブルーレイ。そして数学、物理、科学的資料、百科事典、歴史や美術の解説を納めたDVD-ROMなどだ。

 そんな資料集めで純金製のCDを発見した。金のありそうな家のオーディオルームにあったんだ。噂には聞いたことがあった。一般のCDはアルミ製だ。保存状態が悪いと劣化する。だが、金を使えば未来永劫まで保存できるという。一部のアーティストが好んでこれでリリースしているんだとか。

 中身の音楽は俺の趣味じゃないけど、こいつは使える。頂戴した。


 電気店で新品のノートパソコンを調達した。中古パソコンはどれも劣化して使いもにならないが、新品は保管状態が良ければまだまだ使える。湿気の少ない倉庫は宝の山だ。

 ネットが無いから商業OSはアクティベートできない。書店のパソコン雑誌から無料OSが入ったCD-ROMを調達して初期化した。


 集めた資料をまとめて整理した。基本的、かつ重要な情報はタイプしてテキストデータにしたり、スキャナでビットマップ画像にして新しいCD-Rに書き込んだ。予備も作った。

 説明のテキストデータは英語で書いた。俺の英語力は低いから、ごくごく初歩的な表現にした。なるべく簡単な方が良いからちょうど良いんだ。間違っていなければな。

 ワープロは使わない。単純なテキストファイルだ。文字コードもUTF-8じゃなく、ASCIIにする。可能な限り単純にすることが重要だ。


 アプリに依存するデータはテキストや画像などの基本的な形式に変換した。アーキテクチャからアプリの作り方まで解説していられないからな。


 それと、ここまでの半生も簡単にまとめた。何が起きたのか、どんな天変地異が続いたのか、どうやって生き残ったのか、などなど。こっちは図解付きの日本語だ。俺の英語力じゃとても表現できないからな。文字コードはShift-JISだ。


 梱包の実験もした。完全防水とか、空気を抜くとか、窒素封入とか。

 とりあえず、移動のために資料集を梱包した。宅配で言う60サイズぐらいかな。軽くするためにプラケースにした。完全防水仕様でまとめたぞ。




 問題は移動経路だ。国道136号線が使えれば良いんだが、20年放置した山の中の道だ。地震もあったしな。心配だ。今回は荷物も多いからな。とりあえず軽装で行けるところまで様子を見に行ってみた。

 行ってみたらやっぱりダメだった。落石なんてかわいいもんで、崖崩れが多い。3つ乗り越えてみたけど、さらに先で道が完全に崩落しているところがあって諦めた。

 地図には載っていない新しい湖というか、沼というか、崩れた土砂で川が堰き止められて、そんなのもできていた。

 自然って怖いな。


 一旦戻って、大量の荷物を荷車に載せて、道を切り開きながら沼津に向かった。沼津市北部は富士山噴火の被害が大きいが、南部はまだマシなはずだ。

 実際に行ってみると、沼津も沿岸部は津波の被害を受けていた。そして、県道17号沼津土肥線も落石が酷かった。


「こりゃ、陸路は無理だな」


 とは言え、俺は船の操縦はできない。ガソリンもない。

 内浦湾沿岸をいろいろ調査して見つけたのがカヤックだ。ちょっと内陸の倉庫にあった。道具類は結構劣化しているが、カヤック自体とパドルはまだ使える。

 そう言えば以前、暇つぶしでビギナーなのにいきなりカヤックで冒険に出た、っていう紀行文を読んだっけ。やってできないことはない気がするぞ。




 それから1ヶ月。俺はカヤックの練習に打ち込んだ。初めのうちは、溺れて死ぬかと思うこともあった。

 だが、人間やればなんとかなるものだ。そう言えば昔、職場のおっさん達がバイクに乗ったり、山に登ったりして遊んでたな。『ジジイのくせに』なんて思っていたけど、50代なんてまだ若い方なんだな。自分でなってみて納得したよ。

 そしてついに、内浦湾内をある程度自由に移動できるようになった。重りを積んだ他のカヤックを2艘曳航しながらだ。いよいよ出発だ。


 2人乗りのカヤック2艘に資料、食料、工具などの荷物を積んで、蓋をして防水した。曳航ロープは3重だ。バランスを取って傾かないようにした。時間をかけて苦労して収集・編集した資料だし、これ失ったら意味が無いからな。

 沖には出ない。岬から岬に直進すると早そうだが危険だ。むしろ、岬と岬の間に民家などの残骸がある。そこで補給と休息をとることにした。


 実際に行ってみると、伊豆半島西側は東側に比べて津波被害が大きかった。途中で立ち寄った浜はどこも津波でやられていた。川を遡って結構上流まで津波に洗われている。おまけに海から見上げる県道17号線は、崖崩れで埋まっていたり、道路自体が崩落していたり、とても通行できる状態ではなかった。

 それでも、野宿する場所はあるし、ちょっと山側に行けば畑の跡や果物の木があって食料は手に入る。釣りもするし、素潜りで貝を捕ったり、海藻も採る。

 そしてちょっとでも波が高かったり風が強い日は安息日だ。安全第一で移動した。


 そんなこんなで海路1ヶ月かけて到着した。目的地、土肥<とい>だ。


 土肥も津波にやられていた。どうやら川を津波が遡ったようだな。結構奥まで被害が出ている。道路は徒歩でも通行は困難だった。

 波にさらわれない場所に荷物を置いて、歩いて探索だ。

 瓦礫とか倒木とかを乗り越えて、足下に気をつけながら徒歩でゆっくり歩いて行く。紙の地図と、地形と道の形を照らし合わせて位置を確認しながら。

 しばらく行くと開けた場所に出た。学校の校庭だ。瓦礫は少ない。この隣が目的の黄金館だ。


 黄金館にも津波が到達したようだ。壁を見ると高さ1mぐらいのところに水の痕がある。

 床は乾いた泥で覆われていた。倒れたものや流されてきたものがたくさんあった。展示物も倒れたりしていた。酷い有様だった。


 なかなか見つからずに焦ったが、お目当てのものはあった。

 展示ケースが一度水に浮いたみたいだ。だが、中身が重かったからすぐに傾いて倒れたんだろうな。そしてケースの穴から水が入って沈んだ。そんな感じだ。

 中身のお宝も泥で汚れていたし、いろんなものが折り重なっていたから気づくのに時間がかかったんだ。


 来場者がお宝に触れられるように、手が入る穴が空いているんだ。どんなマッチョだって片手では持ち上げられないからね。防犯上は問題ない。

 しかし、その穴から水と泥が入ったんだね。パっと見、ただの泥の塊だった。穴から手を入れて泥を落としたら輝いたよ。


「ウヒョー!」


 もはや金銭的な価値などないのだがな。つい声が上がってしまった。世界最大、ギネスブックにも載った 250kgの金塊だ。

 良かったよ。流されていたらどうしようかと心配だったんだ。


 黄金館の近くに拠点を築いて、魚、貝、海藻を中心に食料を調達。温泉も入れるようにした。そして、瓦礫だらけの街を探索して金属加工の工具を調達した。




 思ったより時間がかかった。土肥に来てもうじき10年だ。もう60歳だよ。計算があっていれば。

 土肥は土地が狭いが、山の陰に少し畑があって、自生した野菜が採取できた。自分でも少し栽培したよ。

 たんぱく質は魚や貝だけじゃ足りなくて、蛇とか蛙も食べた。池に残っていた亀もザリガニも食べた。見事なサバイバルだったな。

 昔、こんなサバイバルに憧れたこともあったっけな。あの頃は若かったよ。


 食料調達に時間を取られる中、金塊を削ったり、溶かしたり、叩いたりして大小の箱を作った。

 幸い、黄金館には金の加工に関する資料や工具があった。とは言え、最初のうちは要領が解らなくて何度もやり直した。諦めようかと思ったことも1度や2度じゃない。

 でも、諦めずに何度もやり直した。そうして箱と延べ板を作ることができた。


 収集した資料を収めて、食品加工業者で見つけた窒素ガスを充填して、蓋と本体を金で溶接した。素人だからな。多少空気が入っちゃったかも知れないけど、そのまま封をするよりマシだろう。箱の表面には簡単な説明を手で彫刻した。

 それで、この重たい箱を黄金館の隣にある金山坑道のそこそこ奥に置いた。あっちこっちに分けて。あんまり奥に置くと発見されない可能性が高くなっちゃうからな。箱と一緒に説明を彫刻した金の延べ板も置いた。

 そして坑道入り口に石を積んで、更に外側をモルタルで塞いだ。こんなんやり方じゃ1,000年も保たないとは思うが、今の俺にできることはこの程度だ。

 後半は結構辛かったな。成果物を納める作業は重労働だった。とにかく重いんだよ。金は。柔らかいから薄くすると歪んじゃうしな。ずっと筋トレ続けていたからなんとかできたけど。


 俺はやりきったよ。生命として本能に従ってあがいて生きた。そして人類の生き残りとして責任を持った行動を取ったと思う。

 金属の加工をしながら、やっぱり機械科に行っておけば良かった、って何度も思った。でも、説明を刻みながら、やっぱ情報科じゃなきゃこの内容は書けないよな、とも思った。

 ま、俺の人生は無駄じゃなかったってことにしよう。この後は余生を過ごそう。


 蛇も蛙も食べ飽きた。食料のことを思うとやっぱり函南が良いな。一番住みやすかった。あそこを終焉の地にしよう。

 そのためには、……またカヤックか。嗚呼

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