竜宮城へ眠る
心臓が止まりそうな勢いの、凄まじいアラームが響く。一個や二個ではない、何個もだ。
「あのおっさん、やっぱ欠陥品作ったじゃん!」
悔し涙で頬を濡らしながら出来る限りの操作はしたが、何も変わらない。それどころか悪化していく。
バギン!
「きゃあ!?」
嫌な音が響いた。AIによる判定は、船体損傷が三か所。船体が水圧に耐えられていない。
ばぎん、がぎん
まるで死刑宣告のような音たちは何個か響き、そして。
すべての操作受付ができなくなり、ゆっくりと沈んでいく。
「うそでしょ、ねえ」
涙が止まらない。今沈んでいるポイントは海底が計測できていない、この探査艇が耐えられる水深を上回ると思われる。
つまり、自分はぺちゃんこになって死ぬのだ。
「いやだ」
海が好きだった、深海魚が好きだった。だが、海で死にたいわけじゃない。
「いやだよお! 誰か!」
誰もいない。そこは海だ。
「なあ、お前さ。好きな奴とかいんの?」
「ふぁ!? ど、どどどどうしました谷山さん! 頭バグりましたか!?」
「耳引き千切るぞ。で?」
「か、片思いの人なら、いますけども……」
「ああそうかよ! さっさとコクってお幸せになボケが!」
「アンタのことじゃああああ! コクったぞオラァ!」
「え」
「ちゅーはまだしませんよ!?」
「しねえよ!」
「しないんですか!?」
「そのうちするんだよ! サボってないで仕事戻れ!」
「理不尽!」
こんな時に思い出すのは、あの人の事だ。家族の事じゃないんだな、と。腰まで浸水した状態でふふっと笑う。亀裂から徐々に水が入ってきた。一瞬の圧死でないのはもはや拷問だ。怖い。死ぬのが怖い。死にたくない。
「あ」
モニターから見えるのは深海魚たち。直接見たかった、夢に見た光景だ。だが、それだけではない。
「え? なに?」
小さな丸い粒がそこら中に浮いている。まるでマリンスノー、いや、もっと似た光景を見たことがある。
これはサンゴの産卵だ。ありえない、こんなところまで卵が届くなんて。恐怖で外を見れなかったが、窓に近寄ってよく見ればそこには……。
深さ二千メートルをこえる深海層なのにサンゴのようなものが大量に漂っている。岩礁に根付くことなくゆらゆらと。お互いが絡み合い、巨大な城のようにそびえて居る。それらが産卵をしているのだ、月の光も届いていないのに。
こんな事があるなんて、誰も予想していなかった。世界中の誰も。幻想的な光景に恐怖など吹き飛んで笑顔がこぼれる。
あの人と行った水族館のプロジェクションマッピングを思い出す。竜宮城へご招待、というテーマで見た美しい景色。普段口が悪いのに、きれいだな、と笑ったあの顔をもっと見たくて惹かれた。
バキン、と音がして目の前の窓に無数のヒビが入る。
「あ、はは。深海にもサンゴがあったんだ。大発見だ、竜宮城かな? ねえ、谷山さ……」
ばりん、という音とともに窓が割れる。一気に海水が流れ込み、深海探査艇「イースター」はぐしゃぐしゃに潰れた。
地上のモニターには、「Easter lost」の文字とともに信号が消える。谷山は、数学者の男の胸ぐらを掴んで壁に叩きつけた。
密着取材をしていたテレビ局によって大々的にニュースとして取り上げた。数学者の数多くの設計ミスと悪質なコストカットなどを報じ、炎上騒ぎとなった。もともと他の学者から嫌われていた男は、他の学者からここぞとばかりに叩かれた。知り合いでも何でもない学者らが連日テレビに出演しては、彼の非人道的さを熱く語っている。
探査チームも若い女性を乗せたことで多少の非難はあったものの、男への批判が強すぎてあっという間におさまった。梶枝の両親も特に彼らを咎めていない、数学者の男に対して訴訟を起こしている。
「おかえり兄ちゃん」
しばらく活動延期となったのでチームメンバーはそれぞれの本職に戻る事となった。次の目途を考える前にお前は実家に戻れ、と責任者から言われた。梶枝と両想いだったのは皆が気づいていたからだ。思いは告げあったが、付き合うのは探査が終わってからと二人で決めていた。
「あー、えっと。風呂、わいてるよ」
妹の言葉に大げさにため息をついた。
「慣れねえ気遣いすんな、いつもどおりでいい。お前が先に入れ馬鹿。一番風呂は私の特権だっていつも言ってたろ」
「あ、うん。はい……」
「こういう時は素直に風呂入るんだよ、あんぽんたん。妹の気遣い無下にする兄貴が一番馬鹿だよ」
母親の言葉にへいへい、と返して谷山は着替えを取りに自室に向かおうとしたが母親が声をかけた。
「卵焼き、何味にする?」
谷山は卵焼きが大好物だ。だが、振り返りもせずボソッと言った。
「……。悪い。卵嫌いになったからいらねえ」
「……そっか。んじゃあカレーにするわ」
「ああ」
何がイースターだ。ふざけるな。海雪を生き返らせてくれるのか。そんな気持ちで自室に戻った。
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