海底へ

「それにしても卵みたいな形ですよね。魚の形を模した長円が普通なのに。この形でも耐圧問題ないなんて、技術進歩ってすばらしい」


 見た目は本当に大きな卵だ。この形がいかに素晴らしいか設計した数学者の男に長々と説明されたが、全く理解できなかったのでほとんど話を聞いていなかった。どうせただの自慢話だ。


「卵ねえ。割れねえことを祈るばかりだな」

「割れたら困っちゃいますよ。それに魚はみんな卵じゃないですか。地上の卵と違って海洋生物の卵は割れるという事はありません、大丈夫です」


 深海魚に関しては変人だが、海を大切に思う気持ちに嘘偽りない。そんな彼女に惹かれるのは当然だったのかもしれない。


「うまくいくといいですね!」

「うまくいかせるんだよ、俺達が。任せろ」


 うまくいって、彼女の笑顔が見たい。



 最初はたった一つの数値の異常だった。設計した数学者の男は、それは誤差範囲だと言って探査続行を強行した。

 次はAIが複数個所の異常をアラームで知らせてきた。さすがに数が多いので中止して浮上するようにみんなで相談した。


「なんでこんなにアラームが鳴ってる、無人時は問題なかっただろ」


 谷山の声は冷たい。自分の研究の事しか考えず、世界から注目されることを望んでいる男のことを嫌っていた。海を大事にする研究チームの理念に全く相容れない、自分の才能を世界にひけらかすために利用されているだけだった。

 それがわかっていても技術進歩を受け入れるのが次への一歩だという全員の考えにより受け入れたのだが、この男の常に上から目線で話す態度に全員が冷めた感情を抱いていた。


「それは戻ってから調べる」


 不愉快そうに言うその男の態度に谷山は確信する。プライドが傷つき苛立っているようだが、冷や汗をかいているあたり想定外なのだ。もしかしたら、どうにもできないのではないか? そんな嫌な考えがよぎって谷山も苛々してくる。


「画面睨んでねえでさっさと指示よこせ! 潜水艇の動きも安定してねえぞ!」

「黙ってろ! 今数値異常の分析中だ!」

「はあ!? こんな時に何やってんだ! そんなもん後にして人命救助を先に考えろ!」


 殴りかかりそうな勢いの谷山を他のメンバーが止めて急いで遠隔操作で探査艇を浮上させる準備に入る。だが。


「コントロールを受け付けない、信号が届いてないぞ!」

「そんなはずないだろ!?」

「実際届いてないから言ってるんだよ、お前が設計したんだろうが! メンヘラ女みたいに駄々こねてないでなんとかしろ!」


 何かあった時でも対応できるようにコントロールや遠隔操作は何個も他の手段を考えるのが普通だ。しかし男はそんなものは用意していなかった。自分の設計に絶対的な自信があったし、なるべく予算を使いたくなかった。すでに別の研究費に使っていたからだ。そんな事、口が裂けても言えない。


「梶枝! 聞こえてたら返事しろ! コントロール権限こっちにまわせ!」


 考えられるのは、探査艇のコントロール権限がロックされてしまっている事だ。普通ならありえないが、何らかの不具合を感知してAIが自動でロックしてしまったのだろう。だが、こちらからの信号は届かない。梶枝にロックを外してもらうしかない。



 梶枝が異常に気付いたのは早かった。計測器の数値が一か所おかしい時点で異常を連絡したが、何の返事もない。返事がない時点で緊急事態だ、これは探査を中止するしかないと判断していた。何の連絡もないあたり、通信ができない状態なのだろう。自分でどうにかするしかない。

 深呼吸をして必死に考えられるプランを複数個検討する。案の定、コントロール権限がこちら側でロックされている。だが、解除にはパスワードが必要と表示された。そんなこと一言も聞いていない、設計者の男しか知らないのだろう。自分で浮上するしかない。緊急浮上は船体にダメージを与える、ゆっくり旋回しながら浮上しよう、と思った時だった。

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