空の塔 The Outer World

YachT

第1話 Outer World

 地球では心を落ち着かせてくれる雨音、宇宙ではどこよりも静かな静寂、火星ではここでだけ見られる青い夕日。地球と火星を行ったり来たりする生活は忙しいが、それぞれの魅力に直接触れる事の出来る人生はなかなか少ない。


父さんから連絡が入った。


 「やっぱ砂か?」


 「あぁ。サブコンプレッサーにほんの少し入ってた。」


 「全くニートス製のコントローラーは繊細でこまるよ。優秀なのはいいんだけどさぁ。マークスにしとけよ。安いんだし。」


父さんが文句を言っている。この手の文句は一週間に3度ほど聞く事になる。今日は愚痴が出るかと自分の中で賭けをして、当たった日には昼飯を少し贅沢をしている。父さんが愚痴をしやすい性格なのに加えて、ニートスの家電は火星で普及率が高いので、このような事態がよく発生する。改善しろと顧客が物申すほどでない故障発生率は、企業を怠慢にする。「いうほどね、そんなめんどくさくないし」という風潮は、対処を先延ばしにする。ちなみに今日は、今週5度目の愚痴で、3度目の当たりだ。出費が多いので贅沢できない。自分が作ったルールが自分を締め付けるとは思っていなかった。


 「えっと、ラビニアのチキンソテーを。ライス大盛で。」


 「ロイお前、贅沢するとき毎回それじゃないか?」


 「いいんすよ。マジでうまいんで。」


文字通り「ラビニア」の「ラビニアのチキンソテー」はかなりうまい。ニンニクとオリーブオイル、玉ねぎを使ったソースがかかったチキンソテー。皮はパリパリになるまで揚げ焼きされており、身の柔らかさとの対比が素晴らしい。最初の一口は少し多めに切り取り、ライスはなし。二口目以降は、最後に大きな目な一塊を食べられるように調整しながらライスと共に食べていく。ちなみにライスを合わせるのはサキから教わった。


 「米はいいぞ」


にやけながら言う顔が頭に浮かぶ。日系の彼女の家庭では主食に米を使用する事が多いそうだ。高校の頃にみんなとレストランに行った時にライスを頼まされた。和食や中華に合わせるために用意されていたライスを頼むと店員は少し不思議そうな顔をしたものだ。俺もライスにするようにサキに言われたので、味方を求めてサキの親友に目を向けるが


 「箸ならすぐ慣れるよ。スプーンでも食べられるしね。」


と言われた。そういう事じゃねぇよと言い出しかけたが、食堂のスタッフが注文を待ってめんどくさそうにしているのをみて焦って承諾した。それ以来、ライスは案外お気に入りだ。挑戦しすぎて吐き出した事もあったが・・・


 「うまいっす!!マスター!!」


 「そりゃあ良かった!!」

 「あとこれ。おまけだ。」


店主がおまけとしてデザートを差し出してきた。


 「クリームブリュレってんだ。ウチらしくキチンと手作りだぜ。ばぁさんから習ったんだ。」


俺はこのデザートを初めて知った。調べる限りでは、古くからある物のようだが、この発展した社会では埋もれてしまっていた。昔の人にとっては予想のつかない物が生み出され、今の人にとっては忘れられた物が残っている。人間が人生で知る事の出来る事の量は有限で、それは時代を経ても変わらない。よって、知る内容は変わっていく。俺が知る事が出来る事を他の人は知られないかもしれないし、他の人が知る事を俺は…。人間は繋がらなくては生きていけないのはこれが原因だなと常に思う。


 「もう寝ていいぞ!あとはオートだ!」


 「わかった父さん!!」


 明日は珍しく火星公転軌道上衛星のメンテナンスなので移動は夜通しだ。ウチの会社で買える船だと転移を使ってもこんなもんだ。外付けのをレンタルをすれば二回ほどの転移で行けるのだが、高い、という事でケチって時間を掛けている。俺は寝室に向かうと、PCを起動しゲームを起こす。サキたちとマルチをする予定だったのだが少し遅れてしまった。サキに怒鳴られながら数時間ほどプレイする。


 「―ってなわけで、クリームブリュレってのくったのよ」


 「マジで?!それ私の好きな奴なんだけど!!火星に遊びに行く事あったら行くわ。なんて店?」


 「ラビニアってとこ。ってか火星に何しにくんだよ。」


 「バギーで爆走するの。楽しいわよ。」


 「あの私課題があるので落ちていいかい?」


 「バギーって、そんなのあんのか」


 「火星で働いてるのに知らないの?!」


 「あの、課題が」


一人が課題を解くためにこっそりボイスチャットから落ちた後、サキにさんざんバギーの映像を見せられた。アウトドアレースのような類のスポーツで、安価な払下げの車両を使って行うらしい。屋外は低重力、という環境を使って斜面でジャンプをしたりと、荒々しいアクションを行うらしい。アウトドアが好きなのは知っていたがここまでアグレッシブな事をしているとまでは思っていなかった。学生らしいと言えば学生らしい。


 「こんどやる時は俺も呼べよ。予定合えばだけど。」


 「テキトーに走る時は空いてるから平日。大会は休日に行ってる。あんたもう働いてるから休日しか行けなくない?」


 「いや、ウチ普通のビジネスじゃねぇから平日の空きあるぜ。」


 「そ。じゃぁ空きの日チャット送っといて。」


 「わかった。」


 「あぁそうちなみに、プロドライバー私だけじゃないから。」


 「うそだろ、あいつも?」


 「さっき先に落ちた腑抜けもよ。私の次には速いわよ。課題におわれてるから出現頻度低いけど。」


高校で出会って友達になってからこいつらとの会話は変わらない。いきおいと流れでその時その時に違う話題を話すというのは、良くみしった友人同士でないと正立しない。そうこうしていると、睡眠時間が短くなってしまう事に対して焦り、無理矢理に話を切り上げた。明日からやる衛星のメンテナンス作業が終われば、しばらく休みになる。さっき教えてもらったバギーレースにでも行ってみようかと思いながらベッドで眠りについた。



ポートタイムズ 2102/11/27

冥王星のエイリアン施設ついに復活 予定通り明日は起動するか

2082年に発見されて以来、研究と修理を重ねて来たこの施設はついに復活を遂げたと言えよう。研究者の話によれば、エウロパの施設とは異なり、エイリアン文明へ直接繋がるゲートだとの事だ。人類が太陽系から出るよりも早く、人類の夢であった地球外生命との接触を果たせるのか。当日は起動の様子が各局で生中継される予定。平日であるため、この偉業を見るために有給を取って人すらいる。明日は人類の大きな一歩となるだろう。

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