第6話 記憶喪失
何と言っても、タバコを吸っている場面を見た瞬間の衝撃で、頭の中では、
「極悪人だ」
というレッテルが貼られてしまった。
今の時代、タバコを吸ったというだけで、犯罪者扱いされる時代だということを証明しているかのようではないか。
「タバコって、そんなにいいものなのか?」
と思ったが、実際には、今ほとんどの喫煙者が、
「タバコをやめなければいけないが、いまさら辞められない」
と思っている。
これまでに辞めようと思えばやめられる機会はいくらでもあったはずだ。
副流煙を叫ばれた時、禁煙が盛んになり、嫌煙権が問題になった時、。
これらは、昭和の昔なので、今とは時代が違うが、どんどん吸える場所がなくなっていき、喫煙所もどんどん減ってくることで、それまであった椅子が撤廃されて、少しでも、
「詰め込める」
という風になったのだ、
まるで、猛獣を押し込めている檻のようではないか。
特に、例の、
「世界的なパンデミック」
があってから、喫煙所は、
「三密になる」
ということで、人数制限をするようになった。
今までは、十数人が入って、煙で靄がかかったかのようになっていたものが、今では、最大定員が5人とかである。
タバコを吸わない人間からすれば、どうなっているのか分からないが、きっと時間も制限されていることだろう。
だからこそ、喫煙所の前では、数十人が表で待っている。
「そんな思いをしてまで、タバコを吸いたい」
と思うのだろうか?
と感じるのだった。
今の世の中それだけのひどいものなのであった。
通報者は、そんな思いを抱きながら、警察の尋問に答えていた。
三浦刑事は、どちらかというと、
「勧善懲悪」
なところがあるので、通報者の気持ちは分かる気がした。
「勧善懲悪の気持ちを持っていると、えてして、自分がいつも貧乏くじを引いてしまう」
ということを感じてしまうだろうということが分かっているのだった。
被害者である男が意識を取り戻したのは、それから2日後であった。医者からは、
「命には別条はないが、意識が完全に戻るまでには、数日はかかるかも知れない」
ということであった。
確かに、目撃者、つまりは通報者の話でも、話を聴いているだけでも、
「何かの薬物でもやっているのではないか?」
というような素振りだったという。
毒を普通に盛られたのであれば、もっと苦しそうにするものだろうが、意識が朦朧としたままフラフラしているというのは、また違う。
そういう意味でいくと、
「本当に毒を盛られたのだろうか?」
ということであった、
あの男が薬の常習者であり、
「自分がその調合を間違えたことで、中毒症状を起こしたのかも知れない」
ともいえるだろう。
しかし、医者から、
「明らかに毒を摂取した」
ということを聞かされたことで、
「薬物患者の発作」
という線はなくなった。
しかし、薬物常用者が殺されないという理屈はない。むしろ、
「裏を知っていた」
「あるいは、仲間割れ」
「あるいは、薬の売買によるトラブル」
ということも考えられなくもない。
それを思うと、
「自殺未遂」
「殺人未遂」
の両方からの捜査が必要であるといえるだろう。
まずは、彼の身元からであった。
身元を示すものは、何も持っていなかった。財布もなければ、カード入れもない。カバンも持っておらずの手ぶらだった。
ただ、そうなるとおかしいではないか。
というのは、通報者が映したという写真の中で、男はポシェットのようなものを持っていた。
なぜなら、タバコを吸ったわけだから、少なくともタバコとライターを入れるものくらいはあってしかるべきである。
確かに、ポシェットを持っていたのは間違いない。通報者からもらった証拠写真を見るかぎり、左わきに抱えるようにして、持っているのが見えたのだ。
「じゃあ、ポシェットはどうしたんだ?」
ということになった。
その日に限って手ぶらで出てきたというのだろうか?
いや、やつは、ヘビースモーカーだという意識が三浦にはあった。
「城のような重要文化財のところで吸うほとであるから、すぐに禁断症状に陥るのではないだろうか?」
と感じていた。
タバコを吸っているということは、
「それだけ自分を蝕んでいるのだ」
ということに気づいていないのは、可愛そうなことではあるが、
「もう人に同情などするようなことはしない」
と、通報者が感じているなどということを、三浦刑事に分かるわけもなかったのであった。
そもそも、通報者も、
「自分もそんなに聖人君子ではないですが、あんなところでタバコを吸うなどというのは、100人が100人、許さないでしょうね」
という。
それは、
「勧善懲悪主義」
である、三浦刑事にも分かることで、ただこれが、
「自粛警察」
を地で行っているということになるのだと、分かっているのだろうか。
今回の、いわゆる、
「世界的なパンデミック」
というのは、以前見た特撮映画を思い起こさせたが、あの話で、結局、風船の怪物に、
「攻撃をしかけなければ、相手も攻撃を仕掛けてこない。しかし、このままの膠着状態であれば、お互いに自滅を待つだけのことだ」
と言えるだろう。
そうなった場合、一番の勝ち組はいなくなるわけだが、実際には勝ち組がいるのだ。
それは、
「風船の化け物を送り込んできた、宇宙人」
ということになる。
宇宙人は、
「一体何が目的なのか?」
ということである。
つまり、宇宙怪物を地球に送り込んで、普通に考えると、
「地球人が動けば負け」
というような戦法になってきている。
そういえば、以前、将棋をした時、将棋の先生のような人が言っていた言葉が印象的だった。
「将棋において、一番隙のない戦法というのは、どういう戦法なのか分かりますか?」
と聞かれたことがあった。
分からずに黙っていると、
「それは、最初に並べた形なんだよ。将棋というのは、一手打つごとに、そこに隙が生まれるというようなゲームなんですよ。言い方を変えれば、減算法と言えばいいのかな?」
ということであった。
先生がいう、
「減算法」
というのは、
「テストなどで、百点を最初から与えられているとして、間違えるごとに点数が減っていき、最終的に合格点に達していれば、合格というもの。つまりは、どの問題を捨てるか? ということが問題になる」
といっている。
さらに、加算法は0点から、徐々に正しければ加算していき、これも、合格点を超えると合格ということ、こちらも、
「結果的に、どの問題を捨てるか?」
ということで同じことなんだけど、出発点が違うのに、同じ考え方をするということは、最終的に交わるということだ。
という風に考えると、もう一つ減算法も加算法も、同じところがある、
「それが、最初に並べた形だ」
ということである。
だから、減算法であっても、加算法であっても、最初と最後が同じであれば、おのずと、途中の過程は、
「どの方法を取るか?」
ということで決まってくる。
そう考えると、あの宇宙生物の化け物も、
「どの方法を取ったとしても、帰ってくる場所は同じではないか?」
ということになるのではないだろうか?
そう考えると、
「宇宙からきた生物は、宇宙に帰してやる」
というのが、正解ではないか。
きっと宇宙人もそれくらいのことは簡単に分かっているのだろう。そして、
「どうせ地球人なんかに、我々のような文明の進んだものの考えることなど、分かるはずもない」
と思っているに違いないと思ったのだろう。
だから、地球人が、
「宇宙空間に、人口太陽を作り、怪物がそれに向かって飛んでいく」
という発想などありえないと思ったに違いない。
しかし、人間をそれをやり切った、それによって、宇宙からの侵略は収まったということになったのだ。
ストーリー的には、実によくできた作品であった。
これは、減算法という考え方が近いかも知れない。一種の三段論法ともいえるだろう。
「A=Bであり、B=Cであれば、A=Cである」
という三段論法である。
この場合は、必ず答えは決まっているわけであり、元々が、将棋でいうところの、
「最初に並べた形」
としての、
「鉄板だ」
と言えるのではないだろうか?
数学には、絶対に答えは一つでなければならないということはない。二次方程式になると、絶対値が答えになったりしているではないか? もちろん、だからと言って、
「加算法」
だというわけではないが、数学は基本的に減算法、たくさん考えられるものから求めていくことを基本にしているように思う。だから、
「答えは必ず一つだ」
という発想になってしまうのだろう。
特撮番組も、
「見ている方と、作っている方ではまったく正反対の感情を持っているのかも知れない」
と思う。
作っている方は、基本的には、
「何もないところから、新しい話を作り上げる」
という感覚で作っていると思っている人が多いだろう。
実際に、クリエイターも自分の作品を一つでも造り上げるまではそう思っているに違いない。
小説を書く人だって、
「売れる本を書き上げえる」
というわけではなく、どんなに駄作でもいいから、必ず最初に造り上げた作品というのがあるもので、その作品を作る時、最初は、
「俺は、無から有を生み出そうとしているんだ」
と思って作っていたはずである。
最初の作品を書くのに、プロットを作ったのかどうかは、その人の性格によるものだろうが、基本的には、
「思ったことを思ったままに、書きなぐる」
という印象が深いのかも知れない。
小説と言えるかどうか分からないものでも、自分で最初に書き上げると、もちろん、書き上げた達成感と満足感に包まれることだろう。
しかし、そんな中で、
「何かが違う」
と思っているかも知れない。
それは、きっと、
「加算法と減算法の解釈の違いだ」
と言えるのではないだろうか?
作家として、確かに、
「加算法であってほしい」
と思っているのだろうが、実際には、
「減算法」
なのだ。
小説を書いていると、
「いくつものパターンが頭の中に浮かんできて、それを取捨選択して組み立てていくのが、小説というものであり、そうなると、減算法だということになるだろう」
と言えるのだろうが、本人が、減算法というものを最初から考えていないからか、
「すべてを自分で作っている」
という自己催眠のようなものに罹ってしまうだろう。
ただ、実際には違うのだから、
「何かが違うと感じ、その矛盾であったり、ギャップに悩まされる」
ということになるのだろう。
そこが分かっていないので、作品を作り上げて、満足感はあるのだが、どこかに矛盾を感じ、いわゆる、
「賢者モード」
に陥ってしまうのであろう。
病院に運ばれた男は、解毒の作用と、医者から、
「しばらくの絶対安静が必要だ」
ということで、聞き取りができるようになるまでには、しばらくかかりそうであった。
警察では、もちろん平行して、男の身元を探っていた。
最初は、
「自殺か殺人か、五分五分のところだ」
と思われていたが、冷静に考えてみると、自殺の可能性は低いように思えたのだ。
その一番の理由は、
「この男が、身元を示すものを何も持っていなかった」
ということだ。
もちろん、遺書がなかったり、街中をフラフラ歩いていたりと、行動が不自然であることもその要因であるが、自殺のように、他の人が誰も関わっていないというようには、どうしても見えなかった。それを思うと、
「この男は被害者なんだろうな?」
ということになったのだ。
捜査方法としては、今のところ2つがあった。
一つは、もちろん、被害者が見つかった城址公園付近での聞き込みであった。身元を示すものが何もない以上、倒れたあの場所から、捜査範囲を広げていくしかない。それを思うと、
「あの時間にあのあたりにいるのが、やつのルーティンだ」
と考えるのも無理はなかった。とりあえず、まずは、近所の店舗に聞き込みを掛けることにしたのだった。
時間が昼過ぎだったということもあり、
「あのあたりで昼食を食べたという可能性もあるからな」
ということで、喫茶店や、食事処を、とりあえず調べてみたが、なかなか進展のある証言を得ることはできないでいた。
もう一つの捜査としては、彼が服用した毒物の特定からの、入手法皇などであった。
毒薬なるものは、なかなか入手できるものではない。そこから攻めるという方法だ。
さらにもう一つ考えられることとして、
「この男が、自殺でないとすれば、自ら毒を呑んだという意識がないだろうから、怪しまれずに、どうやって被害者に毒を呑ませることができたのだろうか?」
というところの解明も、一つの、事件解明への手掛かりになるのではないだろうか?
それらの考えをまとめることで、
「これが殺人だ」
ということへの確認にもなるのだった。
まことに不謹慎ではあるが、
「被害者の命が助かったというのは、不幸中の幸いであるが、そのおかげで、捜査とすればやりにくくなる。というのは、死んでいるとすれば、司法解剖ができて、そこから謎の部分の解明がハッキリするからだ」
ということである。
今の状態であれば、本人が生きている以上、解剖などできるはずもない。
となると、本人の回復を待って、事情聴取するしかないのだろうが、今のところの絶対安静。しかも、まったくのこん睡状態で、意識もないのだという。
くれぐれも医者に確認したが、
「命には別条はない」
ということなので、そこだけが安心だった。
今の間は、
「できる捜査をするしかない」
ということで、聞き込みと、医者から、毒物の特定をしてもらうしかないのだった。
「それにしても、医者からの連絡がないのは気になるな」
と、事件が発生して、丸二日が経ってから、三浦刑事が感じたことだった。
「桜井警部補、ちょっと連絡が遅くはないですかね?」
と、三浦刑事は直属の上司である、桜井警部補に聴いてみた。
「うん、確かにそうだな。しかし、被害者の命が最優先の医者に、スピードを求めるのは酷というものだろう。警察の鑑識のように、殺人事件を遺体を専門に扱っているような部隊ではないのだから、時間がかかるのは仕方のないことではないんじゃないか?」
というのだった。
しかし、さすがに桜井警部補も、三浦刑事に言われて、
「よし、わかった。私が少し聴いてみよう」
と言ってくれたので、
「ありがとうございます」
と礼を言って。
「これで、少しは捜査が先に進む」
と、三浦刑事は喜んだ。
そもそも、事件というものは、長くやっていれば、どこかで膠着状態になるものだが、最初からまったく進まないというのは、結構珍しかった。それを思うと、三浦刑事が、苛立ちを抱くのも分からなくもない。
「こんなところで膠着していては、事件解決にどれほどの時間がかかるというのか?」
ということであった。
それよりも、
「長引けば長引くほど、時間が経つということなので、薬物が検出されなかったり、証拠になるものが劣化していく可能性がある」
ということを危惧しているのであった。
もし、犯人が特定されて、いろいろ裏付け捜査を行う際に、証拠能力となるものが、ほとんどなかったら、
「証拠不十分」
ということで、犯人は分かっていても、釈放しなければならないという、消化不良の状態になると、ストレスが身体を蝕むくらいになるのではないだろうか。
そんなことを考えていると、三浦刑事は胃が痛くなるのを感じた。
たまに胃が痛くなることがあるので、時々胃腸科に通っていたが、
「職業病の一種でしょうね」
ということで、胃薬を処方してもらって飲んでいた。
なるべく上司に気づかれないようにしてはいたが、桜井警部補には、それくらいのことは分かっていたようだ。
「私だって、若い頃には、胃が痛くなるようなこともあった」
と言っていたが、それが、医者のいう、
「職業病」
というものであろう。
今日も、医者からもらった胃薬を持って給湯室に行って、コップに水を注ぎ、薬を飲んだ。
その時、ふと、被害者が飲んだと思われる毒のことを想像してみた。
「あの被害者も、こうやって、毒を呑んだのかな?」
と思ったが、となると、
「即効性のないカプセルのようなものでなければいけないんだろうな」
と感じた。
何しろ、煽った毒が、即効で身体に一気に回るとすれば、捜査をしているもっと早い段階で、あの男がいた場所が分かるというものだ。
ということを考えた。
すると、もう一つ浮かんできた発想として、
「そういえば、第一発見者の男が、近くの橋でタバコに火をつけているところを見たといっていたっけ」
ということを思い出すことで、場所的なことも考えて、
「タバコに毒を仕込んでいたんじゃないだろうか?」
と考えた。
そこで、彼はさっそく、被害者が担ぎ込まれた病院に行ってみることにした。被害者が意識不明でも、医者に話が聞けるのではないかと思ったからだ。
「先生、毒に関してですが、何か分かりましたか?」
と言われた先生は、
「そうですね、毒薬の特定に関してですが、今いろいろやってみているんですが、まだ特定とまではいかないんです。いろいろな見地から検査をしているのですが、これといって確証となるものは出てきません。そこが不思議なところなんですけどね。ただ、服用経路ですが、どうも胃からではなく、肺ではないかと思うんです」
というので、興奮気味に、
「やはりタバコでしょうか?」
と三浦刑事がいうと、
「そうですね、そう考えるのが自然だと思います。この人はどうも、かなりのヘビースモーカーのようですね。それも、禁断症状を示すくらいのね」
というではないか。
「そうですか、じゃあ、引き続き、毒薬の特定を急いでいただくことを我々としては、願うばかりです」
と三浦刑事がいうと、
「ええ、分かりました。我々も医者としての意地がありますからね」
と医者は言った。
「ところで、被害者の様子はいかがですか? まだ意識不明の状態ですか?」
と言われた医者は、少し暗い顔になって、少しうつむいたまま。
「それなんですが、患者さんは、意識はある程度までは取り戻したようです、目が覚めると意識がハッキリするまで、それほど時間はかかりませんでしたからね」
といって少し間を置いた。
「それで?」
と促すように三浦刑事がいうと、
「患者は、どうも記憶喪失になっているようなんですよ。それも、まだ夢の中にいるような状態ですね。一見して記憶喪失だということが分かる雰囲気なんですが、この様子をいかに考えればいいか? それは、あくまでも、医者としての範疇を今のところ超えているんですよね」
という、どこか曖昧な言い方を医者はしたのだった。
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