Una Limosna por el Amor de Dios

Una Limosna por神様のお慈悲に el Amor de Dios免じてお恵みを


仙台あおば公園/仙台市青葉区/南東北州/日本国

平成47年2月16日 午前2時15分


 発端は、東北地方に数多くいた移民介護士たちの、待遇改善を求める動きだった。


 移民たちも一枚岩ではなかった。人としての尊厳が我々にもあることを、デモによって表明することは、当然の権利だとする主流派。示威行動すらも厭う穏健派。そして、抗議デモすらも生ぬるいとする過激派。


 デモに先駆けての各派閥間調整の場で、穏健派のひとりが過激派の態度をとがめたことが、彼らの間に遺恨を残した。ある日、穏健派のひとりが、集団暴行リンチを受けた。過激派はこれを差別主義者によるものと断定し、本来の待遇改善のための運動という名目すらかなぐり捨てた暴動を起こした。


 それが12年前、ここ、仙台あおば公園で行われたことだ。


 結局、暴徒は発足したばかりの仙台市警察により排除されたものの、移民・一般市民・仙台市警察いずれからも多数の重傷者を出す流血の惨事となった。公園は再開発によって暴動の痕跡は消し去られたが、敷地の隅にある小さな碑が、過去をひっそりと伝えていた。こうした経緯もあり、日没後ともなれば、この公園に足を踏み入れる住民はほとんどいない。


 ――しかし、2月の草木も凍り付く夜更けに、2人の男が白い息を吐いていた。


 ベンチに1人が座り、もう1人がベンチのそばに立つ。座っている男はコートを羽織ったスーツ姿で、小さなアタッシェケースを膝にのせていた。立っている男は軍用ジャンパーと作業服に身を包み、しきりに腕時計を見ていらだちを隠せずにいる。


彼らは遅れているようだなイーリ・シャイーナス・エスーティ・マルフルーエ、アラガキ?」

 スーツの男が言った。

「マエムラ、日本人は時間に正確なはずですがヤパーナ・デーヴァス・エスティ・アクラータイ

 アラガキと呼ばれた作業服の男が、若干の皮肉を込めて言うと、スーツの男――マエムラは声をあげて笑った。アラガキは顔をしかめて再び時計に目をやるが、氷を踏む足音に気付き、公園入り口を見た。

 

 そこには、コートを羽織ったスーツ姿の中年男と、パーカーとジーンズにダウンジャケット姿の若い男が立っていた。若い男は肩にギターケースをかけ、ニヤニヤとした笑みを浮かべている。中年男のスーツの襟元には、仙台を根拠地としている暴力団「出把瑠馬でぱるま組」のバッジがのぞいており、若い男もその舎弟のチンピラであることは見て取れた。


「なぜ、遅れた?」

 アラガキが、怒気をはらんだ押し殺した声で尋ねた。

「すいませんねぇ、ちょっとテメエの方で手間取りまして、へへ。はるばる南米のバルベルデ共和国から来ていただいたそうで、もてなしの用意をしてたんですけどねぇ」

 スーツのヤクザはふてぶてしく笑いながら、悪びれる素振りもなく答える。アラガキはマエムラに何事か耳打ちした。

「ドント・ウォーリー」

 マエムラは笑顔で右手を差し出し、スーツのヤクザと握手をした。若い男のチンピラはニヤニヤ笑いを浮かべたままで、アラガキはしかめっ面を崩さない。

「では、約束のものを渡せ」

 アラガキが言うも、若い男は動かない。ヤクザはマエムラとの握手を離し、アラガキを指差した。

「おっと、カネが先だ」

 アラガキは、再びマエムラに耳打ちする。

カネだけ獲るつもりではクン・ラ・インテーンコ・ヌー・ステーラス・ソノリーロ?」

大丈夫だエースタス・ボーネ持たせてやれセクヴィンベローイ・エーム

 マエムラは、にこやかにヤクザにアタッシェケースを渡した。ヤクザは、受け取るなりケースを開け、金勘定を始める。

 

 ケチな移民の跳ね返り風情が、とでも言いたげに鼻で笑いながら、クシャクシャの五万円札と十万円札を数え終えると、ヤクザはケースを閉じた。

「はいよ、確かに。これで私たちの縁はおしまいってわけだ。おい、渡してやれ」

 チンピラはギターケースをマエムラに渡す。マエムラがケースを地面に置いて開くと、中には大量の銃器と弾薬が収められていた。

「ご注文のブツ、自動小銃M-16短機関銃ウージーステンレス自動拳銃スタームルガーK P - 9 5、コルト1911ガバメント、おまけに大口径自動拳銃デザートイーグル

 しゃがんで銃器を品定めしているマエムラを、まるで見下すように、上からヤクザが言った。マエムラは左手をケースの中に入れたまま、満足げにほほ笑みながら話した。

「リアリー・グッド・ガンズ。サンキュー。ゼアフォア、ウィ・ハブ・サム・ギフト・トゥー・ユー」

 マエムラのバルベルデ訛りの英語を、アラガキが訳す。

「我々も少しの贈り物がある」

 ヤクザとチンピラは、思わず顔を見合わせる。

「ヘヘ、一体なんですかね」

 チンピラは下卑た笑いを浮かべながら、2人のバルベルデ人を見比べる。


 マエムラは、ギターケースから左手を出し、立ち上がった。

 ――その手には、銀色に光る大口径拳銃があった。


 マエムラは横撃ちで1発、2発と発砲した。ヤクザは驚いて、横にいるチンピラの顔を見ようとした。そこに顔は――頭はなかった。マエムラの大口径拳銃は、チンピラの頭と胴体の真ん中を捉え、大口径弾薬の威力を存分に発揮して、吹き飛ばした。首の断面と、胴体の大穴から鮮血を吹き出しながら、チンピラだったものは背中から倒れた。


「何をしやがる!」

 咄嗟にヤクザは懐から銀色の密輸拳銃トカレフを抜き、マエムラに向けようとした。それよりも早く、誰かが銃を構えた音を聞き、音の出所に目をやった。アラガキが自動小銃を構えていた。左腕を大きく前へ伸ばす独特な構え。合衆国のインストラクターが有名にした、ソードグリップと呼ばれる近距離戦闘特化のもの。

 マエムラはいとおしげに拳銃を撫でる。

小鳥よバーデートよく帰ってきてくれたエスタス・ボーネ・ケ・ヴィ・レヴェニース

「一体何のつもりだ! 説明しろ!」

 薄笑いを浮かべながら、マエムラも拳銃をヤクザに向ける。

「おい、早く訳せ!」

 アラガキとマエムラに対して交互に銃を向けながら、恐慌気味にヤクザがアラガキに促す。少しの間のあと、マエムラは高笑いする。

「ハハハ、日本語などという忌々しい言葉をまた話すことになるとは」

「お前……日本語話せたのか!」

 引き金を引くことも忘れ、ヤクザはマエムラに問い返す。


「ああそうだ、我らの祖父たちは70年前に日本という国から棄てられた者たちだ。我々は、甘い言葉で祖父たちを移民に誘い出し、挙句の果てに見捨てた日本という国も、我々から金を巻き上げ、日系人をしいたげ続けてきたバルベルデも、“大破壊”を機に寄生虫のようにバルベルデに押し寄せて、国中を好き放題に荒らしまわった日本人たちも許さない」

 マエムラにとって、日本もバルベルデも、倒すべき敵に変わりは無かった。「落日旅団」として、蜂起したあの日から。

「だからといって、なぜ俺達もなんだ!?」

 ヤクザは言った。この2人のために組は入国管理局に鼻薬わいろを渡して入国を許し、普通のシノギであれば歯牙にもかけないような依頼額で銃器をかき集めたのだ。恩を鉛玉で返される覚えはないはずだ。

「運が悪かったな。だが、お前たちも我々バルベルデ人から金を巻き上げようとする者に変わりはない」

 アラガキが銃の安全装置セレクターを「連発」に切り替える。ヤクザは必死に、マエムラとアラガキの2人交互に銃を向ける。

「おい……やめろ……やめろ!!」


「死に際のハイクを詠め、日本人」

 銃声が再び轟いた。


 遠くからサイレンが聞こえ始める。マエムラとアラガキは、何ごともなかったかのような足取りで、公園から歩き去っていった。

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