第49話 聖女様と勇者様の物語

 陽葵ひまり、ティナ、ルナの三人は、屋根の上に寝そべって星空を眺めていた。こんな風に、ただじっーと星空を眺めたのは初めてかもしれない。


 東京にいた時は空って狭いなぁと感じていたが、ビルや電線に遮られない夜空を見上げると、とてつもなく広いことを思い知らされる。紺碧の夜空はどこまでも続いているような気がした。


 ロマンティックなシチュエーションに置かれていると、素敵な話が聞きたくなる。陽葵は隣で寝そべっているルナに話を振った。


「ねえ、ルナさん。ネロさんとの馴れ初めを聞かせてくださいよ」

「ええ!? 馴れ初めですか!?」


 ルナはワタワタと慌て始める。するとティナも便乗してきた。


「それは私も気になるな。一体あの勇者のどこに魅力を感じたんだ?」


 悪意が見え透いている聞き方だったが、心の中では陽葵も同じことを思っていたから咎めることはできない。聖女様がチャラ勇者の何に惹かれているのか興味があった。


「気になりますか?」

「はいとても」

「どうしても話さないとダメですか?」

「ぜひ」


 陽葵とティナから注目されると、ルナは諦めたように話し始めた。


「少し長くなりますが、聞いてもらえますか?」

「聞きます、聞きます」


 それからルナは、自身の生い立ちから話を始めた。


「私はここより西にある小さな村で生まれました。生まれつき聖女の能力を宿していたのですが、当時使えたのは擦り傷を癒す程度の小さなもの。二つ年下の妹は、私よりも強い力を持つ聖女だったので、私は無能扱いされていました」


 才能ある妹の存在で、霞んでしまう姉。よく聞く話だ。ファンタジー世界だけでなく、もとの世界でも。


「両親からもいらない子だと言われてきました。あの村には私の居場所なんてありませんでした」


 能力がないだけで、いらない子扱いは酷い。当時のルナの心境を想像すると、胸が痛んだ。


「そんな状況から救い出してくれたのが、ネロだったんです。あれは私が15歳の時でした。旅の途中で私の故郷に立ち寄ったネロは、会って早々私にこう言いました。『君のような美しい女性は初めて見た。僕と一緒に旅をしないか』って」


「あははは……あのチャラ勇者なら言いそうですね」


 初対面のルナを口説いているネロの姿は容易に想像できる。あの男なら、間違いなく秒で口説きに行く。


「初めは断りました。見知らぬ人と旅なんてできませんからね」


 そりゃそうだ。相手が胡散臭いチャラ勇者なら尚のこと。


「そんな中、事件が起こりました。妹が大切にしていた水晶のペンダントが紛失したのです。家族からは、私が犯人なんじゃないかと疑われて……」


「ルナさんがそんなことするはずないじゃないですか」


「ええ。もちろん私は盗んでいません。ですが、何故か私の部屋から水晶のペンダントが出てきました。いま考えれば、妹の自作自演だったのでしょうね。私がいくら弁解しても誰も聞き入れてもらえず、盗人扱いされた私は家から追い出されました」


「ひどい……」


 姉を盗人に仕立て上げた妹も酷いが、事実を確認せずにルナを悪者にした両親にも腹が立った。


「行き場を失った私は、再びネロと出会いました。そこで私は、村を出て彼と一緒に旅をすることに決めました」


 家から追い出されたなら、そうする他ないのかもしれない。陽葵が同じ立場だったとしても、似たような選択をすると思う。


「それからです。私の才能が開花したのは」

「才能?」

「ええ。私の回復能力は愛情に比例することが分かったのです。対象者に深い愛情を抱いていれば、大きな力を発揮できることが判明しました」


 なるほど。ネロに愛情を持ったことで、ルナは聖女としての才能を開花させたというわけか。


「それからは勇者パーティーの一員として旅をしました。お二人もご存知の通り、ネロは綺麗な女性を見つけると口説きに行きますが、困っている人を放っておけなかったり、仲間がピンチに晒された時には身を挺して守ったりと、素敵なところもたくさんあるんです」

「ちゃんと勇者をやってたんですね、あの人も」

「ええ。私にとっては尊敬できる勇者です」


 そう話すルナは、恋する乙女そのものだった。美しい聖女様にこんな表情をさせるネロは、やっぱりただのチャラ勇者ではなさそうだ。


「それから先日お話にも上がったコルド山脈のクエストに行きました。当初はドラゴンが目覚める前に再封印をする予定だったのですが、予想していたよりも早く封印が解けてしまって、ドラゴンが復活してしまいました」


「ええっ! それって大変なことなんじゃ」


「大変なことですよ。私たちはなんとかドラゴンを食い止めようと闘いました。ですがドラゴンの力があまりに強大すぎて劣勢に陥りました。そんな状況でも、ネロは諦めずに最前線で闘ったのですが……」


 ルナは不意に言葉に詰まらせる。どうしたのかと様子を窺うと、ルナは視線を落としながら小さく震えていた。


「ネロは不意を突かれて瀕死の状態に陥りました」


 当時の記憶を思い出して震えていた。当然のことだ。目の前で仲間が死にかけたなら。


「私はネロに死んでほしくないという一心で力を送り込みました。私の持てる力をすべて使ってでも、ネロを助けたかったのです」

「力を送り込むってどうやって?」


 ふと疑問に思ったことを口にすると、ルナは視線を泳がせる。それから小さな声で白状した。


「その……口付けで」

「…………わお」


 思いのほか情熱的な蘇生方法で驚いた。当時の状況を想像すると、まったく関係ない陽葵ですら気恥ずかしくなる。当事者であるルナはもっと恥ずかしかったようで、両手で顔を覆いながら悶えていた。


「ネロさんが健在ということは、無事に蘇生できたんですね」

「え……ええ。なんとか。その後、復活したネロとパーティーメンバー、それと応援に駆けつけてくれた隣国の騎士団のおかげでなんとかドラゴンの封印に成功しました」

「それならよかったぁ」


 無事に決着が付いたようで、陽葵は胸を撫でおろした。だけど話はまだ終わりではないようで、ルナは躊躇いがちに話を続ける。


「すべて決着がついた後にネロから言われたんです。『僕と結婚してほしい。この身が朽ち果てるまで君を守ると誓うよ』と。私の瞳の色と同じ、サファイアの指輪を差し出しながら」


 ルナは左手の薬指に嵌められた指輪を夜空にかざす。それはいつぞや陽葵が拾ったものだった。


「ブカブカなんですけどね」


 ルナは茶目っ気のある表情で笑った。ルナの笑顔につられるように、陽葵も微笑む。


「素敵な馴れ初めですね。ネロさんのこと、ちょっとだけ見直しました」

「あら、ちょっとだけなんですね」

「ええ、ちょっとだけ」


 はっきりと言い切ると、ルナはおかしそうに笑った。


 何はともあれ、ルナの話を聞いて二人の間には強固な絆があることが分かった。だからこそ、言えることがある。


「大丈夫です。苦難を乗り越えたお二人なら、簡単に絆が切れたりしませんよ。夫婦になっても、きっと上手くやって行けます」


 陽葵は身体を起こして、ティナに同意を求める。


「ね、ティナちゃん」


 しかしティナからは返事がない。おかしいと眉を顰めていると、ルナは言いにくそうに告げた。


「魔女様は、寝てしまいました」

「ティナちゃーん!」


 陽葵は嘆くように叫ぶ。どうりで話に入って来なかったわけだ。魔女さんは恋愛トークにはあまり興味がないらしい。


「スミマセン、ルナさん」

「いいえ、いいんですよ! 魔女様には退屈な話だったようですね」


 ルナは苦笑いを浮かべながら両手を振った。なんだか申しわけなさで一杯になる。これでは感動が台無しだ。


 陽葵は深々と溜息をつきながら、三日月を見上げた。


 ルナの話を聞いて、陽葵も決意が固まった。当初は心配していたルナの結婚だが、いまは二人の結婚を心から祝福している。二人にはこの先も幸せになってほしい。


 そのためにも、最高の姿で結婚式に送り出そうと胸に誓った陽葵だった。

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