第50話 ブライダルメイクをしましょう

 結婚式当日。陽葵ひまりとティナはメイク道具一式を持参して町の教会にやってきた。


「いよいよルナさんの結婚式だね! なんだか私までソワソワしちゃうよ」

「落ち着け。私たちはあくまで裏方だぞ」

「そうだよね。平常心、平常心」


 大きく深呼吸をしながら教会の扉を開いた。


 控室に向かうと、ルナとネロ、そしてヘアセット担当のセラが到着していた。陽葵とティナの姿を見ると、ルナはふわっと表情を緩める。


「お二人ともお待ちしておりました。今日はよろしくお願いします」


 今日のルナは、先日のように悲しそうな顔はしていない。目も腫らしていなかった。そのことにまずは一安心。


「今日は素敵な日にしましょうね」

「はい!」


 陽葵が手を差し出すと、ルナは晴れやかな表情で手を握った。


「じゃあ、さっそく準備を始めましょうか」

「そうですね」

「というわけだから、お前は出てけ」


 ティナは控室からネロを追い出そうとする。ぐいぐいと背中を押されると、ネロは慌てたように抗議した。


「ちょっと魔女様! 別に追い出さなくたっていいじゃないですか」


 この場に居座ろうとするネロに、陽葵は子供に言い聞かせるように忠告する。


「ここからは男子禁制です。終わったらちゃんとお呼びするので、大人しく待っててくださいね」

「そ、そんなぁ」

「ほら、出てけ出てけ。その間にお前も着替えてろ」


 渋る勇者をティナがポイっと追い出す。ここでネロの同席を許可するわけにはいかない。新郎にお披露目するのは全部仕度が終わってからだ。


 控室が女性陣だけになったところで、陽葵は元気よく拳を突き上げる。


「よーし! ルナさんを素敵な花嫁さんに変身させましょう」

「よろしくお願いします!」


 こうしてルナのお仕度がスタートした。


~*~*~


「うわぁ! ルナさん、ドレスがとってもお似合いですね」

「ありがとうございます」


 まずはウエディングドレスに着替えてもらったのだが、これが想像を遥かに上回るほどに似合っていた。


 純白のロールカラードレスは、ルナの上品さを見事に引き出している。開いた襟ぐりからは、肩やデコルテが露出していて大人の色気も醸し出していた。透き通るような肌の白さにも目を奪われる。


 ヘアメイクを施さなくても十分魅力的だ。ここからさらに磨きをかけていくと考えると腕が鳴る。


「先にヘアセットから始めていきましょうか」

「かしこまりました。ルナ様、先ほどの打ち合わせ通りシニオンでよろしいですね」

「はい。よろしくお願いします」


 セラはルナの後ろにまわると、銀色の髪を丁寧に櫛で梳かす。それから手際よくまとめていった。


 華やかさが増すように編み込みも交えて結っていく。王女様のヘアセットを担当しているだけのことはあり、見事な手捌きだった。


 真剣に髪を結うセラの横顔は、見惚れてしまうほどカッコいい。視線に気付いたセラは居心地の悪そうにちらっとこちらを一瞥した。


「あの、何か?」

「いえ、お気になさらず」


 陽葵はニマニマしながら眺めていた。しばらくするとヘアセットが完了する。


「こちらでいかがでしょうか?」

「まあ、素敵です!」


 低い位置でまとめられた編み込みシニオンは、可愛らしさと上品さを併せ持った仕上がりだった。ルナの雰囲気にも良く似合っている。キラキラと輝くティアラも華やかさをアップさせていた。


「よくお似合いですよ、ルナさん」

「ありがとうございます!」


 やはりヘアセットはセラに任せて良かった。陽葵だったらここまで華やかには仕上げられない。


 ヘアセットが済んだら、陽葵の出番だ。ドレスに着替える前にファンデーションは済ませてもらったから、ここからは新しく開発したマルチフェイスカラーパレットを使っていく。


「お次はメイクを始めていきますね」

「お願いします」


 ルナは緊張した面持ちで陽葵と向き合った。


 あらためてルナの肌を見ると、肌荒れひとつなく滑らかに整っている。きっと陽葵の教えたスキンケア方法を実践してくれたのだろう。


 完璧に整った顔にメイクを施すのは緊張する。陽葵は「よし」と気合を入れてからブラシを手に取った。


 ちなみにメイクブラシ一式も今日のためにロミに開発してもらった。山羊の毛を加工して作ったものだ。


 余談だが、もとの世界ではリスの毛もブラシの素材になるのだけれど……さすがにそれは伝えられなかった。


「ルナさん、目を閉じてもらってもいいですか?」

「はい」


 ルナに軽く目を閉じてもらってから、アイメイクを始める。


 パレットからベージュのアイシャドウを取り、アイホールに全体に馴染ませていく。今回のアイメイクはラベンダーが主役だけど、ベージュを仕込むことで発色や深みが引き出す効果がある。


 ベージュを乗せた後は、二重瞼に淡いラベンダーカラーを乗せていく。派手になり過ぎない絶妙な色合いのアイシャドウは、女性らしい柔らかな雰囲気を演出できた。


「目を開けてください」


 ゆっくり瞼を上げると、ラベンダーカラーが二重ラインで淡く発色していた。目を開けている状態ではそこまで主張は強くないが、目を伏せた途端にラベンダーカラーが際立つ。


 その時の色気といったらもうっ……。あまりの美しさに見ているだけでうっとりしてしまう。これならチャラ勇者も落とせる自信がある。


「アイメイクはこれで完了です」


 本来であればアイラインやマスカラで目元を際立たせるのだが、流石にそこまでは準備できなかった。それにルナは素の状態でも目が大きく、まつ毛もくるんとカールしていたから、そのままでも十分華があった。


 アイメイクを終えると、次はリップに移る。ピンクベージュの口紅を小さなブラシに含ませてから、丁寧に塗っていく。すると色素の薄い唇が、柔らかなピンクベージュに染まっていった。


 今回のメイクは目元に重点を置いているため、リップはあえて控えめなカラーを選んだ。そのおかげで派手になりすぎず上品な印象に仕上がった。


 リップを塗り終えると、大きなブラシに持ち代えてチークを塗っていく。チークの色は青みのあるローズピンク。内側からふんわり色付いたような優しいカラーだ。


「うんうん。花嫁さんの幸せオーラが出ているね」

「そうでしょうか?」

「はい、ばっちりですよ!」


 陽葵はグッと親指を立てた。


 最後にパールを含んだハイライトを、額と鼻筋に乗せていく。周りの肌よりもワントーン明るくすることで、立体感を表現した。


 ルナはもともと目鼻立ちが整っているが、ハイライトを仕込んだことでさらにメリハリが生まれた。


 目元、口元、頬に色を添え、ハイライトで立体感を出したらメイクは完了だ。


「ルナさん、終わりましたよ」

「はいっ」

「待っててくださいね。いま鏡でお見せします」


 陽葵は持参した鏡をルナに差し出す。


「いかがでしょう?」


 ルナは緊張した面持ちで鏡を覗く。その瞬間、驚いたように息を飲んだ。


「凄い。いつもよりずっと華やかになっています……」


 ルナは鏡の中の自分に目を奪われていた。


 全体的に色素の薄いルナに、メイクで色を添えたことで一気に華やかさが増した。花嫁らしい幸せオーラも表現できている。我ながらなかなかの仕上がりだった。


「ご満足いただけましたか?」

「ええ。大満足です。ヒマリさんに頼んで良かった」


 ふわりと笑顔が零れる。その表情を見ただけで、心が満たされていった。

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