第48話 魔法の箒と星空

 少し早めの昼食を済ませた後、予定通りルナのリハーサルメイクを始めた。しかし、泣きすぎて目が腫れてしまってせいで、想像していたような美しさは引き出せなかった。出来栄えとしては60点だ。


「うーん、ざっくりとしたイメージは掴めましたけど、完璧とは言えませんね……」

「申し訳ございません。私がこんな顔で来たのがいけないんですよね……」

「わあああ……謝らないでください。とりあえず結婚式の前日は泣かないようにしましょうね」

「はい、肝に銘じておきます……」


 ルナは申し訳なさそうに肩を落としながらメイクを落とした。ひとまず練習をするという目的は果たせたから、今日のところはよしとしよう。


 依然として元気のないルナを見守る陽葵ひまり。そういえばルナは大荷物を抱えてやって来たから、今日は家には帰らないつもりなのかもしれない。そこで陽葵はある提案をする。


「ルナさん、もしよかったら今日はうちに泊まっていきませんか?」


 その瞬間、ティナから「また勝手に」と言いたげに睨まれたが、気付かないふりをした。


「そんな……ご迷惑では?」

「気にしないでください! 私、ルナさんともっとお話したいと思っていたので、ちょうどいいです」


 歓迎モードの陽葵と不服そうなティナを、ルナが交互に見つめている。陽葵とティナの間で無言の攻防戦が繰り広げられたが、最終的にはティナが折れた。


「はああ……勝手にしろ」

「ありがとー! ティナちゃん」


 お許しをもらえた。魔女さんは勢いで押し切れば、大抵のことは許してもらえるらしい。


 ティナからお許しを貰えても尚戸惑っていたルナだったが、「いいから、いいから~」という陽葵の押しに負けて頷いた。


「では、お言葉に甘えて止まらせていただきます」

「わーい、聖女様とお泊りだぁ」


 聖女様とお泊りできることに陽葵は無邪気にはしゃいでいた。


 それから三人で夕食にビーフシチューを作り、美味しくいただいてから、順番にお風呂に入った。お風呂にバスソルトを加えたところ、ルナにも気に入ってもらえた。


 バスソルトのおかげか、ルナの表情も晴れやかになっていた。気が紛れたようで何よりだ。


~*~*~


 お風呂から上がった陽葵は、夜風に当たろうと2階の窓を開ける。すると夜空に無数の星が輝いていることに気付いた。


「うわぁ、今日は星が綺麗だねぇ」


 東京では見られない満天の星を前にして、陽葵は瞳を輝かせる。斜めに傾いた金色の三日月も紺碧の夜空を照らしていた。


 少し冷たい夜風を受けながら夜空を眺めていると、ティナが隣にやって来る。


「何やってるんだ?」

「んー? 星が綺麗だなーって」

「どれ」


 ティナも窓から夜空を眺める。


「本当だ。今日は一段と綺麗だな」


 アメジストを思わせる紫色の瞳は、真っすぐ夜空を見つめている。窓辺に夜風が吹き込むと、長い黒髪がふわっと揺れた。その姿は釘付けになるほど美しい。


「うん、綺麗だね」


 陽葵は夜空を眺めるティナを見つめながら呟いた。するとティナは、何かを思いついたかのように、にんまり笑う。


「もっと近くで見るとするか」

「え? それってどういう……」

「パラドゥンドロン」


 そう唱えた直後、ティナの手元に箒が現われた。そのまま窓枠に足をかけて、外に飛び降りた。


「ええー! ちょっとティナちゃん?」


 突如飛び降りたティナに驚き、陽葵は窓から身を乗り出して地面を見下ろす。重力に従って落下したティナだったが、地面に落ちる直前にふわっと浮遊した。箒に跨ったティナはそのまま上昇し、二階の窓の高さまで戻ってきた。


 そこで陽葵は思い出す。魔女さんは箒で飛べることを。


「はああ、びっくりしたぁ」


 大事に至らず、ほっと胸を撫でおろす陽葵。その姿を見て、ティナはおかしそうに笑った。


「驚きすぎだ」

「だって急に飛び降りるから」

「箒で飛べることは知ってただろう」

「そうだけどさー」


 そんなやりとりをしていると、ルナも様子を窺うようにやって来た。


「どうされました?」

「あっ、ルナさん、見てくださいアレ」


 陽葵は箒で浮遊するティナを指さす。その姿を見て、ルナも目を丸くしていた。


「魔女様が飛んでいる姿は初めて見ました……」

「あ、ルナさんは初めてなんですね」

「ええ。そもそも魔女様をお目にかかること自体、滅多にないことですからね」


 どうやらこの世界には魔女がゴロゴロいるわけではないらしい。またひとつ、この世界の常識を知った。


 夜空を見上げながら屋根の高さまで浮遊するティナ。箒に跨り夜空を飛び回る姿は幻想的だった。だけど特等席を独り占めしているみたいで、ちょっともやっとする。


「ティナちゃんばっかりずるーい」


 窓から身を乗り出しながら抗議をすると、ティナはクスっと笑いながら陽葵を見下ろした。


「悔しかったら、ここまで飛んでこい」

「できるわけないでしょ?」

「だろうな。ただの人間だもんな」


 なんだか馬鹿にされた気がする。陽葵がむっとしていると、ティナが肩を竦めながら窓辺まで降りてきた。


「そんな顔するな。ほら、こっちに来い」

「え?」


 ティナはこちらに手を差し伸べている。手のひらと顔を交互に見ていると、意外な言葉をかけられた。


「乗せてやる」


 箒の後ろに乗せてくれるということだろうか? それはいい!

 陽葵はティナの手を取ると、窓枠によじ登って身を投げ出した。


「おい、急に飛び降りる奴が……」

「きゃああああ」


 陽葵は重力に従って落ちていく。地面に落ちる寸前でティナに引き上げられた。


「お前はもっと慎重に行動しろ。一歩間違えば大怪我してたぞ」

「あははは、ティナちゃんだったらなんとかしてくれるかなーって」


 一瞬ヒヤッとしたけど、無事に箒に乗れた。そのまま箒は屋根を越え、木々を越え、高く高く上昇する。気付けば遮るものは何もない満点の星の中にいた。まるで宇宙空間に放り出されたような感覚だ。こんな景色はきっと他では見られない。


「魔法ってやっぱり凄い」


 素直に賞賛すると、ティナは驚いたように振り返る。それから素っ気なく前に向き直った。


「喜んでもらえて良かった」


 これは照れている時の反応だ。この数か月間、ずっとティナと暮らしていたから分かる。褒められて照れる魔女さんも、可愛いなぁと思った陽葵だった。

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