第39話 バスソルトを作りましょう

「で、バスソルトはどうやって作るんだ?」


 アトリエに移動した陽葵ひまりが棚から材料を取り出していると、ティナが尋ねてきた。その質問に陽葵は即答する。


「材料を混ぜるだけだよ」

「それだけか?」

「それだけ」


 バスソルトの作り方は、化粧水と同じくらいシンプルだ。天然塩にオイルを混ぜ合わせるだけで完成する。


 とはいえ材料を選ぶのには少し悩む。どんな塩を使うのか、どんな精油を使うのかなど、選ぶ材料で完成するバスソルトは変わってくるからだ。


「ちなみにアトリエにはどんな天然塩があるの?」

「そうだなー……コルド山脈から採れる岩塩とユーロ塩湖から採れる海塩があるな」


 もとの世界で言うと、ヒマラヤ岩塩と死海の塩みたいなものだろうか? いずれにしてもバスソルトに使えそうだ。


「そしたら今日は岩塩を使おうか。デトックス作用や保湿作用が期待できるよ」

「じゃあ、そうするか」


 ティナは大きな瓶に入った岩塩を棚から取り出す。淡いピンク色の岩塩は細かく砕かれていた。これならすぐに使えそうだ。


 天然塩の種類が決まったところで、今度は精油を選んでいく。アトリエには、ラベンダーもといラバンダのほか、ゼラニウム、ペパーミント、ローズ、ネロリなど、もとの世界にも存在するような精油が数多くストックされていた。


「せっかくだし、いくつかの精油をブレンドしてみようか」


 精油は単体でもバスソルトとしての役割は果たすが、複数加えると香りに深みが生まれる。せっかくなら自分だけのオリジナルの香りを楽しみたい。


「ティナちゃんはどんな香りにしたい?」

「そうだなぁ。爽やかな香りでリラックスできるものがいいな」

「なるほどー」


 いくつかの精油から適した瓶を選んでいく。それぞれの香りを手で仰いで確かめつつ、厳選していった。


 最終的に選んだのは、グレープフルーツとラベンダー、ペパーミントだ。柑橘系の爽やかな香りをベースとし、そこにラベンダーの上品な香りと、スッとしたペパーミントの香りをブレンドしていく。きっと素敵なバスソルトができるに違いない。


「岩塩と精油も選べたことだし、さっそくバスソルトを作ってみよう!」


 まずはビーカーにホホバオイルを入れる。その中に精油を順番に加えていった。グレープフルーツを5滴、ラベンダーを2滴、ペパーミントを1滴。それらをよく混ぜ合わせた。


 アトリエ内は、あっという間にグレープフルーツを基調とした爽やかな香りで包まれる。


「いい香りだねー」

「ああ、これだけでも癒される」


 心地よい香りに、二人してうっとりしていた。

 精油とホホバオイルを混ぜ合わせていると、ティナから疑問が飛んできた。


「なんで精油を植物油で混ぜているんだ? そのまま岩塩に香り付けをするんじゃだめなのか?」


「いい質問だねぇ。精油の原液は直接肌に触れると肌トラブルを起こす可能性があるの。だからこうして植物油で薄めているんだよ」


「風呂のお湯で薄めるのじゃダメなのか?」


「精油は油だから、お風呂のお湯に混ぜても分離しちゃうの。だから油に溶かして薄めるんだけど……」


 そこまで説明してハッと気付く。ティナの魔法があれば、水と油を混ぜることだってできるから、お風呂のお湯に精油を溶け込ませるのも可能だろう。余計な工程を挟んでしまった。


「まあでも、商品化するときは植物油に混ぜるっていう工程は外せないか。一家に一台ティナちゃんがいるわけじゃないし」

「一家に一台って、物みたいに言うな」

「あはは、ごめんごめん」


 精油を植物油で薄めたら、岩塩と混ぜ合わせていく。岩塩を大匙ですくってサラサラとビーカーに加えた。


 香りが均一になるように、匙でよくかき混ぜる。これで岩塩への香り付けは完了だ。


「混ぜ合わせたら完成なんだけど、岩塩に香りを馴染ませるために半日ほど寝かせたいところだなー」

「そんなに待てない。時間を進める」

「ティナちゃんはせっかちだなぁ。じゃあ、お願いします」


 いつも通り「パラドゥンドロン」で時間を進めてもらう。これでバスソルトは完成だ。


「できた!」

「本当にすぐにできるんだな」


 ティナは感心したように目を丸くしていた。


「じゃあ、さっそくお風呂に入れよう!」


~*~*~


 バスソルトが完成したところで、二人はバスルームに移動する。


「ではティナちゃん、お湯をお願いします」

「はいはい」


 再び「パラドゥンドロン」と唱えると、あっという間にバスタブにお湯が溜まった。指先で触れてみると、ちょうどよい温度だ。


「じゃあ、バスソルトを入れていくね」


 お湯の中にサラサラとバスソルトを入れていく。バスルームにもグレープフルーツの爽やかな香りが広がった。


「これは癒されるー」

「ああ、最高だな」


 二人はバスルームの中で深呼吸をした。


「ティナちゃん流だと、ここに飲み物を持ち込むんだよね?」

「ああ、今日はレモンウォーターを持ち込もうと思う。蜂蜜をひと匙加えて」

「いいですねぇ」


 爽やかでほんのり甘い蜂蜜レモンを片手にお風呂に入る。想像しただけでも最高だ。


「私、飲み物を取ってくるね。ティナちゃんは先に入ってていいよ。私も後から行くから」

「ああ、ありがとう」


 飲み物の準備を引き受けたところで、陽葵は二階のキッチンに向かおうとする。陽葵の背中を見送っていたティナだったが、先ほどの言葉に引っかかるところがあったようで、


「おい待て。『先に入ってて』『私も後から行くから』ってなんだ?」


 呼び止められた。不審がるティナに、陽葵は何食わぬ顔で告げた。


「せっかくだから一緒に入ろうよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る