第25話 リス族の少女が飛び込んできました

「すいませーん。クリームファンデのライトをひとつください」

「こっちにはナチュラルを」

「はーい! ただいまー!」


 コスメ工房のラインナップにクリームファンデーションが追加されたことで、お店はさらに活気づいた。


 クリームを塗るだけで肌が綺麗に見えるという役割だけでも物珍しいが、そこに『王国御用達』という冠がついたことで商品は飛ぶように売れていった。


 ちなみにファンデは肌の色に合わせて選べるように3色で展開している。明るい肌に似合うライト、標準的な肌に似合うナチュラル、小麦色の肌に似合うミディアムの3種類だ。


 この国の女性達は色白な人が多いためライトが売れ筋だが、ナチュラルやミディアムも一定数需要があった。


 正直、色を分けて作るのは生産する上で手間がかかる。ティナからも「一番明るい色だけでいいんじゃないか」と助言された。


 だけど、肌に合ったファンデーションを使ってもらいたいという思いがある以上、1色のみに絞るわけにはいかなかった。むしろ需要があれば、色数を増やすつもりだ。


 陽葵ひまりの野望はそれだけには留まらない。


「ファンデにも手を出したんだから、口紅とかチークとかも作ってみたいなぁ」


 レジスターの前の椅子に腰かけながらぼんやり呟くと、ティナから疑問が飛んでくる。


「なんだそれは?」

「唇とか頬に色を与える化粧品のことだよ。赤とかピンクとかオレンジにするの」

「色を与えるとどうなるんだ?」

「血色が良くなって顔色が明るく見えるんだよ。あと楽しくなる」

「楽しくなるのか?」

「うん、楽しくなる」


 陽葵のざっくりした説明では理解が追い付かなかったのか、「意味が分からん」と両手を仰ぎながらレジスターから離れて行った。


 一人になったところで陽葵は改めて考える。


 口紅やチークはカラーサンドがあれば作ることは可能だ。だけど陽葵の知っている形態で販売をするには、どうしても足りないものがあった。


「金型がないと繰り出し式の口紅は作れないよねー」


 繰り出し式の口紅を作るには、筒状の金型に材料を流し込み、冷やして固める必要がある。ティナのアトリエにはそんな装置は存在しない。


 魔法でどうにかすればいいとも考えたが、基本的にティナの魔法はゼロからイチを生み出すことはできない。これは陽葵も最近知ったことだ。


 ティナが使えるのは物の状態を変化させる魔法がほとんどだ。たとえば、お湯を出すのも、井戸から水を移動させ、瞬間的に温度を上昇させているだけだ。何もないところからお湯を出しているわけではない。


 物を腐らなくさせる魔法も、太陽の光を反射させる魔法も、時間を進める魔法も、どれも物の状態を変化させているだけだ。だから魔法で金型を出してもらうことは不可能だった。


 もっともゼロからイチを生み出す魔法が使えるなら、ティナが貧困生活を陥ることもなかった。魔法で肉でも野菜でも好きに出せばいいんだから。それが叶わないからバケット3枚のひもじい生活をしていたのだろう。


「パラドゥンドロンで何でもサクッと解決……ってわけにはいかないんだよねー」


 陽葵は深々と溜息をついた。そんな中、珍しいお客さんがコスメ工房にやってきた。


「助けてくださああああい!」


 バタンと大きな声で飛び込んできたのは、もふもふとした大きな尻尾を携えたリス族の少女、ロミだ。


「ロミちゃん!?」


 陽葵は急いでロミに駆け寄る。顔面蒼白で飛び込んできた上に、先ほどの「助けてください」発言。のっぴきならない事態が起こっているに違いない。


「どうしたの? 何があったの?」

「ヒマリさん……たす……けて……」


 最後の力を振り絞るような弱々しい声が届く。その言葉を最後に、ロミは床にバタンと倒れこんだ。


「ロミちゃん! どうしちゃったのー?」


 陽葵はロミの頬をペシペシと叩きながら意識を戻そうとする。しかしロミは目を覚ます気配がなかった。


「なんだ急に?」


 お客さんとのやりとりを終えたティナが、何事かとこちらに近寄ってくる。陽葵は助けを求めるように、ティナに縋りついた。


「ティナちゃん大変だよ! ロミちゃんが急に倒れて!」

「どれ、見せてみろ」


 ティナは慌てる素振りも見せずにロミの前でしゃがみ込む。呼吸や心音を確認してから、ひとつの結論を下した。


「寝てるな」

「そんな馬鹿な……」

「ほら」

「くう…………」


 改めて観察すると、ロミは胸を上下させながら寝息を立てている。その表情からは何かから解放されたかのような穏やかな色が浮かんでいた。そこには苦しさは一切滲んでいない。


「寝てるね」

「だから言っただろ」

「どうしよう」

「……とりあえず、二階に運んでおけ」


 ティナの指示に従って、ロミを二階のベッドに運び込んだ。


~*~*~


「はっ! ここはどこですの?」


 店を閉め、すっかり辺りが暗くなった頃、ベッドで眠っていたロミが目を覚ました。テーブルで夕食をとっていたティナと陽葵は、一斉にロミに視線を送る


「やっと起きたか」

「おはよー、ロミちゃん」


 呆れたような顔をするティナと、お気楽に笑いながら手を振る陽葵。そんな二人を交互に見つめながら、ロミは状況を整理した。


「ここは、魔女様のお家? そういえば私、魔女様のお店に行って……」

「びっくりしたよー。お店に来るや否や倒れちゃうんだもん。病気かと思って焦ったよ」

「だんだん思い出してきましたの」


 ロミは昼間の出来事を思い出すように頭を抱えている。だんだん記憶が戻ってきたようだ。


 とりあえず大事にならなくて安心した。陽葵は椅子から立ち上がると、鍋からポトフをよそってロミに渡した。


「お腹空いてるんじゃない? ポトフ食べる? 具沢山で美味しいよー」

「あ、ありがとうございます」


 ロミは遠慮がちに器を受け取ると、スプーンでポトフをすくう。ふーっと何度か冷ましてから口に運ぶと、ふわりと蕩けた表情を浮かべた。


「優しい味です。疲れが吹っ飛びますの」

「気に入ってもらえてよかったぁ」


 陽葵は眉を下げながら安堵の笑みを浮かべた。ロミはもう一度スープを含んでから尋ねる。


「ヒマリさんが作ったのですか?」

「うん。私これでもお料理は得意なんだよー」


 陽葵は一人暮らし歴が長いこともあり、基本的な家庭料理だったらレシピを見ずとも作れる。勝手の違う異世界と言えど、同じような材料を揃えられれば再現できた。


 今日作ったのは陽葵特製の具沢山ポトフだ。大きめにカットしたじゃがいも、にんじん、キャベツ、玉ねぎ、ウインナーをごろっと入れて、コンソメと塩コショウで味を調ととのえていく。鍋でコトコトと煮込めば、野菜の甘みが溶け出した優しいスープの完成だ。


 ロミはポトフを見つめながらしみじみと呟く。


「明るくて優しいうえにお料理まで得意なんて、陽葵さんはいいお母さんになりそうですね」


「えー、そんなの言われたのは初めてだよー。じゃあ、ティナちゃんとロミちゃんのお母さんになろうかなぁ」


 照れ隠しを含めて冗談を口にすると、ティナから冷ややかな視線が飛んでくる。


「私はごめんだぞ。こんな喧しい母親が居て堪るか」

「相変わらずティナちゃんは釣れないなぁ」


 わざとらしく肩を竦めてがっかりしてみせると、ロミはおかしそうに笑った。


「仲が良いんですね。お二人は」

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