第26話 肌が荒れるとテンション下がるよね
夕食を終えてから、
今日のハーブは、リリーから貰ったカーミル。りんごのような甘くて優しい香りが特徴的で、緊張や不安を鎮めてリラックスできる作用がある。おやすみ前の一杯としても最適だ。
ほんのひと匙の蜂蜜を加えるのが陽葵流のアレンジ。甘さが引き立ってより美味しくなる。
三人でまったりお茶を飲んでいると、ティナが何かを思い出したかのように話を切り出した。
「そういえばお前、何しに来たんだ?」
ハーブティーを飲んでいたロミは、ハッとした表情を浮かべる。ティナの言葉で、陽葵も昼間の出来事を思い出した。
「お店に来た時、助けてって言ってたよね? あれってどういうこと?」
こくりと首を傾げながら尋ねると、ロミはすべてを思い出したかのように勢いよく椅子から立ち上がった。
「すっかり忘れていましたの! 私、お二人に相談したいことがあるのです!」
「相談したいこと?」
「はいっ! これを見てください!」
鼻息を荒くしながらそう告げると、ロミはぱつんと切り揃えた赤茶色の前髪をぺろんと上げた。
小さな額が露わになると、ある異変に気付く。前髪を下ろしている時は気付かなかったが、髪の生え際にポツポツと肌荒れが出来ていた。
「徹夜で発明をしていたら、おでこにポツポツが出来てしまったのです。魔女様、ヒマリさん、どうにかできませんか?」
陽葵はまじまじとロミの肌を観察する。
「あちゃー……荒れちゃってるねー。ロミちゃんの年頃だと思春期ニキビかなぁー。やだよね、肌荒れがあると一気にテンション下がるよね」
「はい。一日も早くもとに戻したいです。こんな肌じゃ、鏡を見るたびに憂鬱な気分になります」
「その気持ち分かるよ!」
落ち込むロミの肩を抱いて、陽葵は共感の姿勢を見せた。
「肌のポツポツを治す化粧水はないんですか?」
ロミから尋ねられると、陽葵は悩まし気に腕を組む。
「うーん、ニキビ予防の医薬部外品の化粧水を作れないこともないけど、開発に時間がかかるからなぁ」
もとの世界では、ニキビ予防の化粧水は医薬部外品に分類される。医薬部外品とは厚生労働省に認められた有効成分が規定量以上配合されているもので、簡単に言えば化粧品と医薬品の中間のようなものだ。
医薬部外品に準じた化粧水を作るというのもアリだけど……それよりも前にやるべきことがある。解決策を見出すため、陽葵は普段のお手入れについて聞いてみた。
「ロミちゃん、毎日の洗顔ってどんな風にしてるの?」
ロミは目をぱちぱちとさせながら答える。
「お水でパシャパシャと洗ってますの」
「あー、やっぱりね」
陽葵の予想していた通りだった。まずは基本的なケアから見直す必要がある。
「ニキビを予防するにはね、洗顔料で余分な皮脂を落とす必要があるの」
「皮脂って何ですか?」
「皮脂っていうのはね、毛穴の奥から分泌される油のことだよ。皮脂には肌を外界から守る働きがあるんだけど、過剰に分泌されるとニキビができやすくなっちゃうの。だから毎日のスキンケアではしっかり落とすケアを心がける必要はあるんだ」
「皮脂を落とすために、しっかりお顔を洗わないといけないってことですの?」
「そういうこと!」
ひとまずは落とすケアが重要であることは理解してもらえたようだ。あとはどうやって落とすのかがポイントだ。
「ロミちゃんは水だけで顔を洗っているみたいだけど、皮脂の分泌が多いと水だけでは落としきれないことがあるの」
「水だけじゃダメなんですか? それじゃあどうすれば……」
ロミの話を聞いて、次の商品アイディアが思い浮かんだ。
「洗顔石鹸を作ろう!」
~*~*~
翌朝。陽葵は朝食のバケットをカットしながら溜息をついた。
「洗顔石鹸を作ろうって意気込んだはいいけど、イチから石鹸を作るのって結構手間なんだよなぁ……」
固形石鹸は自宅でも作れるが、簡単に作れるとは言い難い。
作り方としては、苛性ソーダと精製水を混ぜて、そこにオイルを注いでかき混ぜ、マヨネーズ状の固さになったら保存容器に移して1日寝かせて、固まった石鹸を型から外してカットさせて、風通しのいい場所で1ヶ月ほど乾かして……といった具合だ。
それに材料として使う苛性ソーダは劇物だから、扱いには十分に注意する必要がある。とにかく手間がかかるし、時間もかかるものだから、イチから手作りするのはあまり気が進まなかった。
「グリセリンソープがあれば、簡単に作れるんだけどー……」
グリセリンソープとは、電子レンジや湯せんで溶かして固めるだけで手作り石鹸を作れる材料のことだ。グリセリンソープさえ手に入れば、植物エキスやクレイを混ぜたオリジナル石鹸が簡単に作れる。
もとの世界で石鹸を作る時には、毎度お世話になっていた。だけど、そんなものが異世界にあるとは思えない。諦めかけていた時、昨晩ティナの家に泊ったロミから意外な事実が告げられた。
「石鹸作りでお悩みなら、ジュエルソープ店のカリンさんに相談してみてはいかがでしょう?」
「ジュエルソープ店?」
「はい! 宝石みたいなカラフルな石鹸を売っているお店があるんです。使うのがもったいないくらい綺麗なんですから!」
宝石みたいな石鹸と聞いてピンときた。恐らくロミが言っているのは石鹸アートのことだろう。透明なグリセリンソープにカラーチップを混ぜて、色付きの石鹸を作ることだ。
「まさかこの世界にも石鹸アートがあったなんて……」
化粧品の概念がない世界で石鹸アートが存在するのは意外だった。この世界の石鹸アートがどんなものなのか興味がある。
それに、石鹸アートができるということは、グリセリンソープに近しいものがあるということだ。その辺りも詳しく調査したい。
「ティナちゃん!」
陽葵は庭の植物の水やりを終えて部屋に戻ってきたティナを捕まえる。
「おわっ……なんだ急に!」
「お願いティナちゃん! 今日だけお店をお休みさせて!」
「は? なんで?」
「町のジュエルソープ店に行ってみたいの。もしかしたら洗顔石鹸を作る材料が見つかるかもしれないから。お願いします、この通り!」
陽葵は両手を合わせながら、なんとかお休みを貰えるよう交渉する。ティナは眉間にしわを寄せながら考える。しばらく悩んだ末、お許しを貰えた。
「分かった、行ってこい。今日はリリーも来る日だから、店もなんとか回せるはずだ」
「ありがとう! ティナちゃん」
お許しを貰えたことで陽葵は歓喜する。その勢いのまま、ロミのもとへ飛んでいった。
「ロミちゃん! 私を町のジュエルソープ店に案内してくれないかな?」
「構いませんよ。私もカリンさんのお店は大好きなので、一緒に行きましょう」
「ありがとー。助かるよー!」
こうして陽葵はロミの案内のもと、町のジュエルソープ店に向かうことになった。
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