第24話 王室御用達の称号を頂きました

「どうでしょう。アリア様」


 ファンデーションを塗り終わった後、アリアの目の前に鏡を差し出す。その瞬間、アリアは驚いたように目を輝かせた。


「嘘……これが私? いつもより肌が綺麗に見えるわ」


 アリアは鏡の中の自分をまじまじと観察している。ファンデを塗る前との変化に驚いているようだ。


「ファンデで色むらやくすみをカバーしてみました。それだけでも顔色が明るく見えるんですよ」


 アリアの肌は極端に白くなったわけではない。ファンデーションを塗ったいまも、もとの肌と同じナチュラルベージュだ。


 それでもどんよりくすんだ肌をカバーしたことで、陶器のような滑らかさと明るさを演出していた。もとの素材を活かしつつ、美しく見せるという作戦は成功だ。


「アリア様の肌は、ドパーズのようなイエローの瞳とマッチしていて、とても素敵です。まるで春に咲く花のような華やかさがありますね」


 お世辞で言っているわけではない。黄色みがかった肌には色白の人にはない温かさや華やかさがある。アリアにもその魅力に気付いてほしかった。


 陽葵ひまりの願いは、ちゃんとアリアに伝わっていた。


「これならお姉さまにも引けを取らないわ。自分の肌がこんなに輝くなんて思いもしなかった」

「お気に召していただけましたか?」


 にっこり微笑みながら陽葵が尋ねると、アリアは鏡を見入りながら頷く。


「ええ、気に入ったわ。こんなに綺麗になるなんて……まるで魔法じゃない」


 いつぞやのティナとまったく同じ反応をされて、陽葵は思わず微笑む。


 ティナだけではない。初めて陽葵がメイクをした時も、彼女達とまったく同じ反応をしていた。あの頃の自分と、異世界で生きる彼女たちの姿が重なって、胸の奥がじんわりと温かくなった。


「そうですね。メイクは女性を輝かせる魔法なのかもしれませんね」

 

~*~*~


「アリア様、社交界上手くいったかな?」


 陽葵はレジスターの前の椅子に腰かけながら呟いた。


 アリアにファンデーションを渡した日から1週間近く経過したが、その後音沙汰はない。王女様だからそう簡単にはコスメ工房には来られないことも分かっているが、ずっと気にはなっていた。


 するとお客さんを見送ったティナが話に入ってくる。


「音沙汰がないってことは上手くいった証拠だろう。何か問題が起こっていたら、今頃私達の首が飛んでいるだろうからな」


「首!? それってリアルな方じゃ……」


「当たり前だろ。相手は王女様だぞ。肌荒れなんか起こしたら大問題になる」


「いやあああああ! 知らぬ間にとんでもないリスクを背負っていたなんてーー!」


 陽葵は頭を抱えながら悶絶する。よくよく考えると、自分がいかに無謀なことをしていたのか気付かされた。なんてったって王女様を開発したばかりの化粧品の実験体にしたのだから。


 一応、パッチテストを済ませて、その後も安定性試験を実施して安全性は確認できたが、何もないという保証はない。何か問題が起きていたらと考えると戦慄した。


 陽葵がガタガタ震えていると、入り口の扉がチリンチリンと音を立てる。現れたのはセラだった。凛々しい顔とスラリとした身体に見惚れていたのも束の間、腰に携えた剣が視界に入った。


「首ちょんぱ!」

「はい?」


 陽葵が叫ぶと、セラは怪訝そうに眉を顰めた。それから折り目正しくお辞儀をする。


「先日はアリア様のために素敵なものを頂いてありがとうございます」

「ああ、いえ! その後はいかがでしたか? その……肌荒れとかは……」

「特に問題はないようです。アリア様も喜んでおられました」

「それならよかったぁ」


 何事もなかったようで、陽葵はほっと安堵の溜息をつく。首ちょんぱは免れたらしい。


「それで、今日はどうした?」


 ティナはセラに用件を尋ねる。するとセラは、片手に持っていたアタッシュケースのような箱をティナに差し出した。


「こちら、アリア様からお渡しするようにと」

「なんだこれは?」

「コスメ工房様への研究開発費です」

「は……」


 唐突な言葉にティナは目を点にする。陽葵も何事かと思い、ティナのもとに駆け寄った。


「開けてもいいのか?」

「どうぞ」


 セラから許可されると、ティナは恐る恐るアタッシュケースを開く。その瞬間、煌びやかな光に晒されて思わず目を細めた。


「こ、これは……」

「金貨100枚です」

「はいいい?」


 しれっと中身を告げるセラ。その言葉を聞いたティナはふらっと気絶しそうになっていた。


 この国の通貨価値がピンとこない陽葵は、商品の値段を頼りに価値を割り出した。


「えーっと、化粧水が銀貨3枚でおおよそ3000円くらいの価値なんだよね。それで、金貨が銀貨の30倍の価値があるから1枚3万円くらいとして、3万×100ってことは……300万円!?」


 目の前には300万円相当の金貨がある。その事実を把握すると、ティナが放心状態になるのも頷けた。


 セラは表情一つ変えず淡々と説明する。


「国としてもお二人の開発する化粧品には大きな可能性を感じています。さらなる発展のため、国から投資をしようという結論に至りました。この先も成果を上げれば、研究開発費はさらに増額します」


 まさか化粧品開発が国から認められるとは思わなかった。さらには研究開発費まで投資されるなんて……。あまりの事態に理解が追い付かない。


 放心状態から抜け出せずにいると、急にお店の外が騒がしくなった。


「ヒーーーーン」


 馬の鳴き声が聞こえる。その瞬間、セラはサッと顔を強張らせた。


「まさか……」


 そのまま慌てたように店から飛び出した。陽葵とティナもその後に続く。


 店の外に出ると、白い馬が一頭。その背中には、黒いローブを身にまとった人物が跨っていた。


「もしかしてあれって……」


 背中に乗っていた人物は軽い身のこなしで馬から飛び降りると、わさっとローブを脱ぎ捨てた。


「久しぶりね。ヒマリ」

「アリア様!」


 アリアはピンク色の髪を靡かせながら、陽葵の目の前にやって来た。その肌には、ファンデーションが塗られていることにも気付く。


 アリアの姿を見たセラは、がっくりしたように頭を抱えた。


「アリア様……お城で待機しててくださいとお伝えしましたよね?」

「セラだけ抜け駆けなんてずるいわ! 私だってヒマリに直接お礼を伝えたかったんだから」

「お礼、ですか?」


 陽葵が首を傾げると、アリアはドパーズのような黄色い瞳でこちらを見据えた。それから堂々とした口調で語る。


「あのファンデーションのおかげで、自信を持って社交界に臨めたわ。お姉さまよりも美しさで劣っているなんて、もう思わなくなったの。中には肌の色をとやかくいう貴族もいたわ。でも、そんな人達にはこう言ってやったの」


 アリアは自信に満ちた瞳のまま、にっこりと微笑んだ。


「私は王様譲りの肌の色に誇りを持っています。私の肌の色を侮辱するということは、王様を侮辱しているのと同義ですよって」


 アリアは当時を思い出すように、フフっと小さく笑った。


「そうしたら貴族たちはそそくさと逃げていったわ。それ以降、肌の色をとやかく言われることはなくなったの」


 アリアの話を聞いて、陽葵まで嬉しくなった。


「アリア様、自信を取り戻したんですね!」

「ええ、ヒマリのおかげよ。ありがとう」


 輝くような笑顔を向けられながら感謝をされると、胸の奥が温かいもので満たされていく。嬉しさのあまり、陽葵はアリアの手を握って上下に振り回した。


「良かったです、アリア様! こちらこそ嬉しい言葉をありがとうございます!」

「ちょっと、ヒマリ! 興奮しすぎっ」


 されるがままに手を振り回されるアリアは、困ったようにセラに視線を向ける。するとセラがトンと陽葵の肩を叩いた。


「ヒマリ様、その辺で」

「そうだぞ、ヒマリー。王女様の肩を外したら、それこそ首ちょんぱだぞー」

「首ちょんぱやだ!」


 ティナから注意をされると、陽葵は慌てて両手を離した。そのまま三歩下がって九十度に頭を下げる。


「調子に乗ってスイマセン! 首ちょんぱは勘弁してください」

「しないわよっ! そんなこと」


 断罪を免れてホッとしていると、アリアは何かを思い出したかのように斜め掛けのポシェットを漁った。


「そうだわ。今日はこれも渡したくて来たの」

「なんでしょう?」


 何を渡されるのか首を傾げながら待っていると、アリアから一枚の紙を手渡された。


「これをあげるわ。この紙があれば、お店ももっと繁盛するはずだから」

「んん?」


 アリアの差し出した紙を覗き込む陽葵。そこには思いがけない内容が記されていた。


『王室御用達 ティナとヒマリのコスメ工房』


 お城のイラストと共に、宣伝文句が書かれた紙。これはもとの世界で言う広告だ。


「この紙をお店に貼り出したらどう? ここ以外にも、中央広場やレストランなんかにも貼り出してもらうように交渉したから」

「アリア様、お店の宣伝をしてくれたんですか?」

「ええ、私もあなた達の役に立ちたかったからね」


 王女様の宣伝とあれば効果は絶大だろう。『王室御用達』という冠も町の女性達を惹きつける要因になる。


「ですが、王室御用達なんて称号を貰ってもいいんですか?」

「構わないわよ。事実なんだから。このお店の化粧水と乳液は、お母さまもお姉さまも使っているのよ。もちろんセラだってね」

「はい。アリア様にいただいてから、毎日使わせていただいております」

「そうだったんですね!」


 まさか王室の方々にも愛用されているとは思わなかった。それならば、堂々と王室御用達の称号が背負える。陽葵は有り難く差し出された広告を受け取った。


「ありがとうございます! 王室御用達の名に恥じないように、これからも素敵な化粧品を世にお届けしますね」

「ええ、期待してるわ」


 アリアは陽葵に激励を送りながら、嬉しそうに微笑んだ。



 国から研究開発費を投資され、第三王女のアリアからは『王室御用達』との称号を貰ったことで、コスメ工房はさらなる発展の兆しを見せたのであった。


◇◇◇


ここまでお読みいただきありがとうございます。

「続きが気になる」「アリア様、最高!」と思っていただけたら、★で応援いただけると嬉しいです!

次回はリス族のロミが登場します。お楽しみに!


作品URL

https://kakuyomu.jp/works/16817330668383101409

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